繁殖において不思議な習性を持つペンギンがいる。総合研究大学院大学統合進化科学研究センター教授の渡辺佑基さんは「マカロニペンギン属のメスは2個の卵を産み、2個目の卵だけを温める。
1個目の卵を自ら巣の外に放逐するメスもいる」という――。
※本稿は、渡辺佑基『鳥は飛びながら眠る』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■卵を無駄死にさせるペンギン
「産む、育てる」となれば、のっけに私の頭に浮かぶのは直立してひょこひょこと歩く鳥、ペンギンである。せっかく産んだ卵を、あろうことか無駄死にさせる不思議な習性の話。
世界に19種いるペンギンの大方は、繁殖期が来るとメスが2個の卵を産む。大きな卵を1個だけ産むエンペラーペンギンとキングペンギン(体の大きい近縁種)だけが例外である。2個の卵は当然ながら同じ大きさで、孵る2羽の雛にも体軀の差はなく、親鳥の愛を平等に受ける――と思いきや、奇怪な事実がある。
マカロニペンギンやイワトビペンギンを含むマカロニペンギン属、すなわち頭部を彩る黄色の飾り羽と赤い大きなくちばしが特徴の1属8種においては、3~5日の間隔をあけてメスが産む2個の卵のうち、1個目が顕著に小さくて2個目の6割ほどの目方しかない。鳥の世界広しといえど、1羽のメスの産む複数の卵に明瞭な大小があるのはマカロニペンギン属だけだ。
■1個目の卵をメス自ら巣の外に放逐
あまつさえ、これらのペンギンのメスは厳しい自然の中でやっと産んだはずの1個目の卵――ちゃんとした受精卵である――に関心を示さない。温めも守りもしないので、2個目が産み落とされる前に大抵、トウゾクカモメなどの獰猛(どうもう)な海鳥に食べられてしまう。メスが手ずから1個目の卵を「よいしょ」と巣の外に放逐することすらある。
鬼か。
そのくせ2個目の大きな卵は愛情深く温め、外敵から守り、雛が孵ると熱心に世話をする。
1個目と2個目の卵に注ぐ愛情が、それぞれゼロと100なのだ。いきおい、立派に育って巣立つ可能性があるのは第2子だけだ。
面妖である。本書の読者ならおわかりの通り、進化生物学では、生物が生物として生きる唯一にして最大の目的を、できるだけ多くの遺伝子を後世に残すことだと考える。ならば受精卵の1個をあえて打ち捨てる行為は、明らかに理屈に反する。
マカロニペンギン属による卵の放逐にはどんな意味があるのか。それが見出せなければ、進化生物学の前提ががらがらと崩れ落ちる。いわばダーウィンから現代の生物学者に向けて、挑戦状が突き付けられているのだ。これまで侃侃諤諤の議論があった。いわく、無駄に見える1個目の卵にも何か隠された役割があるはずだ。
いわく、否、これらのペンギンは進化の途上にいるのであり、遠からず無駄を排して卵を1個だけ産むようになるだろう。云々(うんぬん)。
■産卵の直前まで海にいるマカロニペンギン属
幸いにしてこの謎は、最近の研究により、完全にとはいわずとも大部分が解明された。研究者らが着目したのは、マカロニペンギン属の回遊パターンである。
え、回遊と産卵が関係あるのかって? 実は大いに関係がある。限りある時間とエネルギーをどんな活動にどう割り振るべきかが、生きとし生ける者にとって常に大きな課題だからだ。
マカロニペンギン属は、南極大陸をぐるりとめぐる広大な海に点在する大小の島々で繁殖する。四方八方、海しかないという環境だ。親鳥は毎年、子育ての重労働から解放されると海に出て、マグロのごとき回遊生活に入る。何カ月間も上陸せず、海面で休息や睡眠をとりながら、魚やオキアミなどの獲物を求めて幾千キロも泳ぎ回る。そして翌年の春に島に戻り、配偶者を探して交尾をし、メスは卵を産む。
ペンギン類の年間の生活サイクルを網羅的に調べると、マカロニペンギン属だけが産卵の直前まで海にいて、上陸するや否や相当慌てて交尾、産卵をこなすことがわかった。
上陸から1個目の産卵までの期間が、他のペンギン類では15~30日なのに対し、マカロニペンギン属では10~15日しかなかった。
■1個目の卵を打ち捨て、2個目に全力を注ぐ
これは繁殖生理を考えると面白い。メスの卵巣内で卵黄の形成が始まり、受精の準備が整うまでに、ペンギン類では15日間程度かかる。なのにマカロニペンギン属に限り、これより短い期間で上陸から産卵に至る。ということは、他のペンギン類が上陸してからじっくりと1個目の卵黄形成を始めるのに対し、マカロニペンギン属は大海原をせっせと泳ぐ最中にそれを始めていることになる。
激しい遊泳運動中に形成された1個目の卵は、十分なエネルギー供給を受けられず、サイズが小さくなる。実際、マカロニペンギン属において、上陸から産卵までの期間が短かったメスほど(遊泳中に卵黄形成を進めたメスほど)、1個目に産む卵が小さいことが知られる。
そして小さな1個目の卵は、よしんば無事に孵ったにせよ、生まれる雛が虚弱で巣立ちまで成長できる見込みが薄い。そのためマカロニペンギン属のメスは、1個目の卵を非情にも打ち捨て、2個目の卵に愛情と労力のすべてを注ぐのである。
■ぎりぎりのラインを「攻め」ている
なるほど、と納得しかけて、いやいや、と首を振りたくなる。それならさっさと回遊を切り上げて上陸し、腰を据えて2個の健康な卵を産むのが道理ではないか。
実のところ、それは難しいバランスの問題である。
海でしか食べ物にありつけぬペンギン類は、一旦上陸して繁殖の準備に入れば、あとはじっと空腹を忍ぶしかない。できれば海に長く逗留(とうりゅう)して上陸期間を切り詰めたいのだが、度を過ぎれば体内で育つ卵が虚弱になるという葛藤の中にいる。そのぎりぎりラインを「攻め」て、こと1個目の卵に関してことごとく失敗しているのがマカロニペンギン属なのだ。
ならばせめて失敗を反省し、翌年の戒めにせよと苦言を呈したくなる。けれども、そうした生き方はあらかた遺伝的に決まっているので、個々のペンギンに反省を促しても詮がない。
回遊など夢にも不可能な狭い水槽で暮らし、餌を毎日もらう水族館のマカロニペンギン属でも、1個目の卵が小さいのがその確たる証拠である。
■1個目の卵は「失敗の結果」
というわけで、知れ切った往生を遂げるマカロニペンギン属の1個目の卵に、何か隠された役割があるのではない。謎の1個目の卵は、海で腹を満たし陸で産卵する生態と、時間とエネルギーの無駄をぎりぎりまで削ろうとする努力がもたらした失敗の結果なのである。なぜ失敗のパターンが修正されず、遺伝情報に組み込まれて現在まで連綿と続いているのかは未解明の問題だ。もしかしたら、現在の海洋環境では1個目の卵が不首尾に終わるものの、かつては2羽の雛がともに育っていた黄金時代があったのかもしれない。だとすれば今は過渡期であり、いずれ卵を1個だけ産むように進化する可能性も否定できない。
毎年せっせと無駄な卵を産み続けるマカロニペンギン属のメスたち。
彼らは野生動物というものが、厳しい自然環境を生き抜くための「最適解」を必ずしも体現しないことを私たちに教えてくれる。

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渡辺 佑基(わたなべ・ゆうき)

総合研究大学院大学統合進化科学研究センター教授

1978年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修。国立極地研究所准教授を経て現職。野生動物に小型の記録計を取り付けるバイオロギングという手法で魚類、海鳥、海生哺乳類の生態を調べている。東京大学総長賞、山崎賞受賞。『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』で第68回毎日出版文化賞受賞。他の著書に『進化の法則は北極のサメが知っていた』(河出新書)など。

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(総合研究大学院大学統合進化科学研究センター教授 渡辺 佑基)
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