■捨松は「看護師になって」と誘っていない
NHK朝の連続テレビ小説「風、薫る」。第4週目は炊き出しの手伝いをきっかけに、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が捨松(多部未華子)の屋敷に呼ばれて「トレインドナースになりませんか?」という展開に。二人は迷いながらも決意を固めて、ようやくナースとしての物語が始まることになる。
このドラマを通じて、初めて知った人も多いかもしれない「トレインドナース」。西洋式の看護学を学んだ看護師のことを指す用語である。この用語、新聞紙上で登場するのはドラマの情報リリースが始まった2025年から。国会図書館の蔵書でも、この用語が登場する書籍・雑誌記事は僅かに48件。当時は当然「看護婦」と呼んでいたわけだが、放送コードにひっかからないためのギリギリの判断ということか。
いずれにしても、りんと直美のモチーフである大関和と鈴木雅は実在の人物だが、捨松とは赤の他人である。捨松が二人に看護師になれといったのは、まったくのフィクションである。
作劇の手法として実在人物を用いたフィクションもまったく問題だとは思わない。
それでも違和感があるのは、捨松の主導で行われた炊き出しである。訪れたスラムでは偶然にも吉江(原田泰造)たちも炊き出しをしている風景が描かれた。いうまでもなく、この炊き出しは、フィクションである。
■バザーは事実、炊き出しはフィクション
すでに、いくつもの媒体で記されている通り、捨松が鹿鳴館でバザーを開催し、その収益によって日本で初めての看護婦養成所ができたのは事実である。その、1884年6月12日から3日間にわたって開催されたバザーは次のようなものだった。
(前略)共立東京病院へ寄付の為め、特に手製品を蒐集して、本月十二十三十四の三日間山下町鹿鳴館に於て、会員出場売繁せんとす、依て、内外紳士及び貴婦人の来館を希望す、但し来館者は、本会会員(捨松の組織した婦人慈善会のこと)の紹介に依り、来観券を購得したる者に限る(石井研堂『明治事物起原』上卷 改訂増補版、1944年)。
つまり、入場にも金がかかる。援助を受けるべき対象とはめちゃくちゃ壁があるというわけだ。まあ、出展している女性たちが、皇族にはじまり伊藤博文夫人やら西郷従道夫人、歴史に名前が残る人々の家族たちだから、当然といえば当然である。
ようは捨松らの慈善というのは「資金も援助しましょう、法律もつくらせましょう。で、あとは下々の者でやってね、オホホ」というスタイルなのである。自分たちは決して泥臭く手を汚すことはしない。
つまり、この炊き出し風景のすべてがフィクションとはいえ、考証無視のめちゃくちゃな演出。ドレスで炊き出しする捨松たちも奇妙だが、それ以前の問題なのだ。
■「ドレス姿でスラム」はあり得ない
だいたい、リアルにこの時代に捨松のような上流階級の婦人たちがドレス姿でスラムに「おにぎりですよ~」とやってきたらどうなるか? ……少なくとも身ぐるみはがされてしまうことは避けられない。
別に無茶を書いているわけではない。この頃時代の変化の中で社会からはじき出された人々は、都市に集住し東京のあちこちにはスラムが形成されるようになっていた。「国民新聞」の記者だった松原岩五郎は、身分を隠してスラムを探訪し新聞紙上で発表、1893年にこれをまとめた『最暗黒之東京』が出版されている。
松原はスラムの住人が「残飯屋」から食事を調達している実態も記録している。残飯屋とは、料亭や軍隊の残り物を買い集めて、それを売る商売である。衛生状態は推して知るべしだが、それでも需要はあった。
■史実の捨松に“失礼”、諭したのは牧師の植村正久
そんな『最暗黒之東京』には、こんな一文もある。
彼の貧民救助を唱えて音楽を鳴らす処の人、亦は慈恵を名目として幟を樹つる所の尊き人々等の常に道徳を語り又慈善を為す事の其れらが必ずしも道徳、慈善であらぬかを見るであろう(松原岩五郎『最暗黒之東京』民友社、1893年)。
(貧民救済を叫びながら鳴り物で人を集める者や、慈悲を名目にして旗を振り回すような『お立派な』方々。彼らが口にする道徳や行っている慈善が、実は偽善や売名に過ぎないのではないかという真実を、あなたたちは思い知ることになるだろう)
こうしてみると、捨松はまだマシだった。現場には来ないが、カネはちゃんと出す。スラムの人々をいらだたせるようなパフォーマンスもしない。前述の松原が批判した「鳴り物で人を集める」連中とは一線を画している。つまり、ドラマが捨松にやらせていることは、史実の捨松にだいぶ失礼ということだろう。
さて、ドラマでは、そんな捨松に諭されてトレインドナースになる決意をした、りんと直美。実際に、りんのモチーフである大関和に「お前は看護婦になれ‼」といったのは、吉江のモチーフである牧師……史実では炊き出しなどしていない植村正久である。
■大関和「看護婦になる=屈辱」と思っていた
ここで、重要なのは和が看護婦になった理由は、病人を救いたいわけでも貧しい人を助けたいわけでもなかったことだ。
和は、自分が看護婦になった経緯を、キリスト教に感銘を受け植村の内弟子になったことから語り始めている。そして、看護婦になれといいだしたのは、植村であるとはっきり語っている。
牧師は私に向ひ、桜井女学校内に看護婦学校が新設さるるから、それに入って看護婦になっては何うだと申されます。私は寝耳に水のこの勧めに仰天して、如何に落魄たればとれ看護婦になれとはなさけないではありませんか。第一祖先の家名に対しても済まぬといって……(大関和子「献身の覚悟で看護婦となる」『婦人之友』7巻11号)
大関和は、看護婦になることを最初、屈辱だと思っていた。没落したとはいえ武士の娘が、なぜ病人の世話などしなければならないのか。「祖先の家名に対しても済まぬ」これが偽らざる第一反応だった。
それを植村は説得した。しかし、それは別に病気に苦しむ人や貧しい人、はたまたナイチンゲールの感動的な話をしたわけでもない。植村の説得はこうだった。
牧師はそれはいけない、名誉を望むのは一の罪悪であって、我々信者は唯神の前に善をなすと云ふのが第一の勤めである。
■「病人を介抱するは、即ち十字架上のキリストを介抱するのである」
ようは植村は和に向かって「お前は最初からダメだ、全部罪に汚染されている。だから神の前にひれ伏せ、ひれ伏して看護婦にならないと救われないぞ」と言ってるのである。いくら牧師と内弟子との会話だとしても、めちゃくちゃハードコアである。
困った和は築地六番神学校の神学生だった従弟に相談。すると従弟も植村のすすめは「神のみこころ」のように思うというので和も「神の命じ給ふ所ならばなんでもやろう」「不幸な病人を介抱するは、即ち十字架上のキリストを介抱するのである」と腹をくくったと回想している。
ようは別に貧しい人や病に苦しむ人を見て……というわけではない。それでも、まあ宗教色があるとはいえ美しい話にみえる。でも、実態はまったくそんなことはない。
そもそも、別段看護婦になれと勧めている植村をしても、病人や貧しい人の手を取って助けようなんて、意識は希薄だ。
植村正久という人物は、明治のプロテスタント界の巨人である。その植村の信仰は、キリスト教の中でもアメリカのオランダ改革派教会である。これはキリスト教の歴史の中でもかなり特殊な教義である。
その特徴は、救済の主眼を個人ではなく社会におくところ。キリスト教でも、カトリックは「善行を積んで天国へ」、正教会は「神秘に与って魂を救え」、ルター派は「信仰のみで赦される」など、どれも基本的に個人の話である。
■真の目的は「社会を救うこと」
ところが改革派だけは違う。「社会が罪に満ちているなら、社会を変えろ」というのである。学校をつくり、孤児院をつくる。しかしその目的は「社会を救うこと」であって、貧しい人や弱者と「一緒にいること」ではない。ようは、正しい側のエリートが、正しい設計図に基づいて、間違った社会を造り変える。後の時代に和も関わった廃娼運動、禁酒運動、婦人参政権のベースはすべてこれである。
明治時代になって、アメリカから本格的に上陸したこの宣教は、日本で一大ブームとなった。なぜなら、新しい時代から弾かれた人間にとって、これほど都合のいい思想はなかったからだ。
社会の変化についていけずくすぶっている旧支配層――彼らの怒りと屈辱の行き場が、改革派プロテスタントにはあった。
「社会が悪い」
「社会を変えなければならない」
これは、社会的に敗者側となった人間が「自分のせいではなく、社会の構造が間違っているからだ」と言い換えられる神学である。しかも欧米という「正しい側」のお墨付きつきで。
■大関和にあった「救う側」「導く側」の視点
大関和も鈴木雅も、時代の波にのまれ没落した武士階級の娘である。二人ともシングルマザーになってプロテスタントに出会った。個人の「くっそー」が、舶来の正義のフレームワークに乗った瞬間、社会運動になった。
和なんかは典型例である。和の心中を想像するなら「世が世なら家老のお姫様の私が‼ 意に沿わぬ男と結婚させられ、離縁させられ、子供も抱えて苦労してる‼ 世の中がおかしいからだ、このやろう‼」という怨念が渦巻いている。
現代ならば、X(旧Twitter)で社会批判を書き連ねるところだったが、和は植村と出会ったことで「なに? 社会が悪い? そうか、この教えで無知蒙昧なヤツらを導くのが私の使命だったのだ」と上流階級の承認欲求を満たす道を見つけたのである。
それが、和が看護婦になったすべてであろう。後世の評価で語られるフェミニズム的な解釈は、この点をまったくスルーしている。
和の「自分は救う側、導く側、上流階級」という士族特有の意識を示すエピソードは記録にも残っている。それは和も設立に貢献した廃娼運動、禁酒運動を行う「婦人矯風会」が設立された時のことである。
この時、矯風会では歌舞伎座を借りて役者に芝居をやって貰い、資金を集める話がまとまっていた。ところが、いざ切符を売る段階になって和が待ったをかけた。和は「矯風会ともあろうものが役者などを使っては面目を潰す」というのである。この時、和は現代では決して看過できない差別用語を使って俳優を見下し、そのようなものを矯風会に関わらせてはいけないと反対したことが記されている(『サンデー』128号、サンデー社)。
■原動力は「世間への怨念」と「信仰」
結局、和を看護婦の道に進めさせたのは、世間への怨念が渦巻く中で出会った信仰であった。和は信仰を通じて承認欲求を満たそうとして、なぜかしら看護婦として大成したのである。
ドラマのイメージから見える「使命感に燃えるナースの感動物語」は、史実には存在しない。
そして、和の発想の系譜は今も生きている。トランプ政権を支える改革派プロテスタントから派生した福音派の一部は、イスラエルに第三神殿が建設されればハルマゲドンが到来し、キリストが再臨すると本気で信じて政権を動かしている。
和もトランプも、イエス・キリストが「いや、俺、そんな教えしてないんだけど」という点では同列である。和もトランプも「新たなるイェルサレムは心の内にある」ことは、都合よく忘れた。イエスが最も激しく批判したのは、まさにそういう人たちだった。
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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