人生最期の瞬間をどのように迎えるのが理想なのか。80歳の医師・菅沼安嬉子さんは「人生の最後の迎え方は“ピンピンコロリ”が理想という人は多いが、私はそう思わない。
本人は楽かもしれないが、まわりの人に『さよなら』をいうことができず、まわりの人にも悔いが残る可能性がある」という――。
※本稿は、菅沼安嬉子『80歳、これからが人生本番』(世界文化社)の一部を再編集したものです。
■“別れ”をどう受け入れるか
ある時うちの診療所に、下痢が止まらないという70代の女性が来ました。他のクリニックに行ったけれど、下痢止めの薬を出してくれただけで、ちょっとよくなったと思ったらまた悪くなるというのです。そこで検査したところ、慢性膵炎であることがわかりました。
慢性膵炎の原因のひとつが飲酒です。そこでいろいろお話を伺っているうちに、お母様を亡くしたのをきっかけにお酒を大量に飲むようになったと打ち明けてくれました。「このことを他人に話すのは初めてなんです」というので、「私でよかったらなんでもお話ししてね」と促したところ、もう6年経つのに死を受け入れられないと、ぽつぽつ話し始めました。そして、お酒に逃げてしまう自分を責め、自己嫌悪に陥っているとも――。
話したことで少しは気が楽になったのか、「アルコールは禁止。脂ものも一切ダメ。心が揺れたらまたお話しにいらっしゃいね」といったら、ピタリとお酒と脂ものをやめてくれました。

しばらくすると下痢も治り、体調も改善されたそう。すると、気持ちも徐々に上向きになっていったようです。定期健診の際、友だちと出かけるなど、楽しいことを探すようにしていると報告してくれました。
■「やるべきことがあなたを救う」
別れを受け入れるのには、時間がかかるかもしれません。その間、話を聞いてくれる人、悲しみを吐き出せる相手がいることが、多少なりとも救いになるはずです。人に甘えることを、自分に許してもいいのです。心を閉じず、少しでも人と接するようにしたほうがいいと思います。
もうひとつ心に留めておいていただきたいのが、「やるべきことがあなたを救う」、ということです。私は夫と二人三脚で診療所を続けてきたので、家でも職場でもいつも一緒。まるで双子のようにして生きてきました。ですから夫の病気がわかった時、夫がいなくなったら生きている意味がない、とすら思っていました。でも、慶應連合三田会会長(※)をはじめ、いろいろな役職をさせていただくなかで人との交わりが増え、環境問題に取り組むという今後の目標が生まれたことで、立ち直ることができたのです。

※慶應義塾大学の卒業生(塾員)による同窓会組織のトップ
どんなに落ち込んでいても、目の前にやるべきことがあったら、体と心、頭を働かせないわけにはいきません。時には、なんでこんな時にこんなことをしなくてはいけないんだろうと、つらい気持ちになったり、溜息が出るかもしれません。それでも自分を叱咤激励してなんとか動いているうちに、少しずつ別れを受け入れられるようになるはずです。特に効果があるのが、「人の役に立つ」ことです。
不思議なことに、人の役に立つことをやっているうちに、徐々に心が癒され、前向きになれるのです。人生の後半は、親や配偶者、友人などとの別れが増えていきます。なかにはペットロスから心の安定を失ってしまう人もいるでしょう。それでも命ある限り、私たちは生きていかなくてはいけないのです。そしてどうせ生きるなら、少しでも楽しく、イキイキとしていたいもの。あなたがいつまでもくよくよしていると、一足先にあの世に行った大切な人も、悲しむと思いますよ。
■テロメアの時計
みなさんは、テロメアという言葉をご存じでしょうか。テロメアとは染色体の末端部にあり、染色体の末端を保護するための構造です。
1930年代に細胞遺伝学の研究から発見され、DNAについて解明が進むにつれ、徐々に詳しいことがわかってきました。
テロメアは細胞が分裂するたびに短くなっていきます。そしてある程度短くなると細胞老化の状態になり、細胞はそれ以上、分裂ができなくなります。つまり、「細胞死」の状態になるのです。そのためテロメアを「分裂時計」と呼ぶこともあります。
高齢者の細胞では、一般的にテロメアが短くなっているといわれています。そのため細胞分裂が難しくなり、組織や臓器の機能が低下したり、コラーゲン生成能力が下がるためしわやたるみなど、老化につながる可能性があるとされているのです。また、がんや心血管疾患、糖尿病などが引き起こされる可能性も指摘されています。
ただし、テロメアの短縮には、私たちにとっていい働きもあるようです。細胞の寿命を制限・抑制するため、どうやらがんなどによる細胞の異常な増殖を止める役割も果たしているようなのです。テロメアについてはまだまだ研究途上ですが、老化のメカニズムになにかしら関係していることは確かなようです。
私たちは、いずれ老いて、死んでいく。
その事実からは、誰も逃れられません。近年、人間は本来120歳くらいまで生きることができるはずだともいわれていますが、150歳まで生きられるようなテロメアはありません。ですから限られた時間をどう有意義に過ごすのか。80代になったら真剣に考えたほうがいいかもしれません。
■「ピンピンコロリ」は理想ではない
また、多くの人は「ピンピンコロリ」が理想だと言いますが、私はそうは思いません。日本人の死因の第1位はがん、次に多いのが心疾患で、以下、老衰、脳血管疾患、肺炎と続きます。心疾患や脳血管疾患の場合、突然、命がなくなることもあるでしょう。
本人は楽かもしれませんが、それではまわりの人に「さよなら」をいうことができませんし、まわりの人にも悔いが残る可能性があります。がんの専門医は、よく「がんで死ぬのが一番いい」といいます。家族や知人にさよならをいい、ありがとうと伝える時間的余裕があるからです。
最後の数年、認知症を患う人もいるでしょう。認知症は、まわりは大変ですが、本人はいろいろなことを忘れられるから意外とハッピーだともいわれています。

また、老衰は痛みや苦しみを感じなくなるため、いわゆる大往生を遂げることができ、まわりの人も満足感が残るようです。さて、あなたはどんな最期が理想でしょうか。
私の夫はレビー小体型認知症でしたが、4年半、老人病院で穏やかに過ごしました。私としては最初はなかなか病気を受け入れられませんでしたが、徐々に受け入れられるようになり、4年半、よい思い出を残してくれました。今となっては、突然の別れではなかったことをありがたく思っています。

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菅沼 安嬉子(すがぬま・あきこ)

内科医

1943年、東京都生まれ。1968年、慶應義塾大学医学部卒業。現在、菅沼三田診療所副院長。地域医療に貢献するとともに、長年、産業医としても働く人の健康を支えてきた。1985~2000年までの15年間、母校の慶應義塾女子高等学校で保健授業の講師を務めた。2001~2008年、慶應義塾大学看護医療学部講師(臨床栄養学)。2020年、女性で初めて慶應連合三田会会長に就任。


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(内科医 菅沼 安嬉子)
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