アップルが15年ぶりにCEOを交代する。9月1日付でティム・クック氏がCEOを退き、ハードウェア部門トップのジョン・ターナス氏が後任に就く。
日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「利益最高・株価最高・組織最強の絶頂期にあえてものづくり畑の人材を指名したことには大きな意味がある。『iPhone時代を自ら終わらせ、真の競合に勝つ』という、アップル最大の課題に向き合う時が来ているのだ」という――。
■電車で誰も窓の外を見なくなった
電車に乗ったとき、車内を見渡してほしい。座っている乗客も、立っている乗客も、ほとんどが下を向き、手のひらの中の小さな長方形を凝視している。窓の外の景色も、向かい合って座る人の顔も、誰も見ていない。
日本ではすでにガラケーとiモードの時代に「親指族」が満員電車で下を向いており、欧米ではBlackBerryのビジネスマンが同じ姿勢でメールを打っていた。だがiPhoneは、それを世界規模・全世代へと一気に拡張した。2007年6月29日にサンフランシスコの壇上でジョブズが取り出した一枚のガラス板から18年、地球上の数十億の人間が、食卓でもベッドでも子どもと話しながらでも下を向き続けている。夕焼けより画面を見る時間が長い世代として、いまの子供たちは育っている。
そしてこの「下を向く文明」が、これから終わろうとしているのかもしれない。
■史上最強の企業がなぜ「終わりの始まり」なのか
奇妙なニュースが流れた。アップルでCEOが交代する。
9月1日付でティム・クックが退任し、ジョン・ターナスが昇格する。普通の業界人事に見えて、よく見るとこれは普通ではない。クック時代のアップルは、人類史上もっとも稼いだ企業の一つになった。売上4000億ドル超、時価総額4兆ドル超、世界中の数十億の人間が毎朝毎時間その製品を手に取り、利益は出続け、株価は史上最高値を更新し続けている。それなのにシリコンバレーの一部では、「アップルは終わりの始まりにいる」という声が囁かれ始めている。
外から侵略されたわけでも、新興企業に追い越されたわけでもない。経済も技術も組織も、依然として世界最強である。それでも内側から何かが崩れ始めている――そう感じている人々が、確実にいる。
本稿が問うのは、その「何か」の正体である。そしてその「何か」は、最終的に、Appleという一企業の話を超えていく。これは「人類の姿勢」が変わる話であり、「人類の知覚」が変わる話であり、私たちが何を「見て」生きるかが書き換わる話なのである。
■AIは数カ月で進化する。
iPhoneは何年止まっている?
ある異常な事実から始めたい。この3年間、生成AIは爆発的に進化した。OpenAIのGPT、AnthropicのClaude、GoogleのGemini――主要モデルは「3年で世代交代」どころではなく、数カ月ごとに能力が更新され続けている。文章生成もコード生成も、画像・動画・音声の生成も、半年前には不可能だったことがいまは当たり前になっている。半導体基盤を支えるNVIDIAの売上は急拡大し、Metaのオープンソース戦略も加わって、AI開発の総力戦は止まる気配がない。
ではiPhoneは、何年変わっていないか。初代iPhone発売は2007年6月29日であり、それから18年がたった今も、ガラスの板を指で触り画面を見るというiPhoneの基本構造はまったく変わっていない。もちろん高性能化は進んだ。カメラは美しくなり、チップは速くなった。だが体験そのものの骨格は、18年前と同じである。私たちはいまも、下を向いている。
このギャップに、まず驚いてほしい。
脳であるAIが数カ月単位でアップデートを続けているのに、その脳を載せる器であるiPhoneは18年同型のまま――人類の脳が爆発的に進化したのに、それを載せる身体が止まっているという異常事態が、いま静かに進行している。そしてこれは、単なる製品問題ではない。
■ジョブズが発明したのは「視覚中心文明の完成形」
iPhoneとは何だったか、改めて考えてほしい。2007年、ジョブズはiPhoneを「電話、iPod、インターネット通信機の3つを一つにした」と紹介した。発表直後の業界反応は割れていた。3G非対応やサードパーティアプリ未対応を理由に懐疑的な見方も多かったが、アプリ経済が立ち上がるにつれ、これが人類の情報接続のインターフェースそのものを書き換える発明であることが明らかになった。それまでパソコンの中にあったインターネットを、iPhoneは人間の身体の延長へと移植したのである。私たちは常時ネットにつながり、常時クラウドにつながり、常時SNSにつながる存在へと変わった。生活のあらゆる場面で画面を見続ける生き物に変わったと言ってもよい。
文明史の射程で言えば、iPhoneとは何か。それはグーテンベルクの活版印刷以来、人類最大の「視覚中心文明」の完成形であった。文字を読み、画像を見て、世界を理解する――この知覚様式の極致が、手のひらに収まったのである。
そして人類は、画面を通して世界を知覚する種に変わった。
ところがここに、生成AIという新しい力が現れた。生成AIの本質は「検索」ではなく「常時伴走」である。従来のスマホは、人間が能動的に取り出し、開き、触り、見るという前提で設計された道具だった。しかしAIは違う。人間の文脈を理解し、感情を読み、状況を推測し、先回りして支援する方向へ進化している。AIが本当に力を発揮するのは、人間が画面を見ていないとき――歩いているとき、話しているとき、考えているとき――なのである。
■画面文明とAIはなぜ相性が悪いのか
ここで深刻な矛盾が発生する。画面文明は、AIと相性が悪い。iPhoneという器は、AIという水を本当には注げない。18年前に設計された器のままでは、AIの本当の力は引き出せないのである。これがシリコンバレーで囁かれている「終わりの始まり」の正体であり、外から壊されるのではなく、内側からハードの基本前提が古びてしまったというのが、いまアップルが直面している事態の本質である。

そして人類の側から見れば、これはもっと根源的な問題を含んでいる。下を向き続けた18年は、人類の知覚史の中で、何だったのか。私たちが画面を見ている間、世界は私たちの周りで動き続けていた。空の色は変わり、人の表情は揺れ、季節は移ろっていた。それを私たちは見ていなかった。AI時代の到来は、ある意味で、人類が再び顔を上げる時代の始まりなのかもしれない。
■アップルの真の競合はもうサムスンではない
別の異常事態を見てほしい。数年前まで、アップルの競合といえばサムスン、ファーウェイ、シャオミであり、戦いの中身はスマホの性能、カメラの画質、価格であった。ところが今、テクノロジーの世界で言えば、アップルが本当に警戒している企業のリストは、まったく別物になっている。
脳に直接チップを埋め込み思考でデバイスを操作する技術を開発するNeuralink、眼鏡型のARグラスで画面を持たないコンピューティング装置を開発するMeta(Project Orion)、かつてiPhoneをデザインしたジョナサン・アイブがAIネイティブの新デバイスを設計しているOpenAI+Jony Ive――これらはいずれもスマホ会社ではない。脳科学の会社であり、空間コンピューティングの会社であり、感覚器を直接拡張する会社である。
なぜ競合のリストがこれほど変わったのか。
競争軸が「性能」から「身体接続度」へ移ったからである。AIが「常時伴走」するなら、AIは人間の身体に近ければ近いほどよい。身体に近い場所を押さえた者がAI時代を制するというのが、新しい戦場の構造である。これは性能の戦いではなく、人間の感覚器そのものを再定義する戦いなのである。
この視点で世界を見直すと、アップルの位置は驚くほど良い。iPhoneは手のひらに、AirPodsは耳の中に、Apple Watchは手首に、Vision Proは目の前に――世界中の数十億の人間の最も身体に近い場所に、すでにアップルのデバイスが存在している。これはサムスンにもグーグルにもない、アップル固有の戦略資産である。
■「終わりの始まり」は本当か?
しかしそれほど有利な位置にいながら、なぜアップルは「終わりの始まり」と囁かれるのか。それは、アップルがまだ画面を完全には捨てていないからである。iPhoneは依然として画面を見るデバイスであり、AirPodsは音声入出力に限られ、Apple Watchは小さな画面を持つ。Vision Proは視線追跡やハンドトラッキングなど画面以外の入力も多用しているが、それでも体験の中心は依然としてディスプレイにある。アップルは身体に近い場所を押さえているが、そこで提供している体験は、いまだ画面中心の設計から完全には脱していないのだ。
では、画面を捨てた先のハードとは、どのような姿か。私は生成AIに最適化されたハードの条件を、4つに整理している。第一に常時駆動――AIは起動して使うものではなく、常時人間の状態を理解し続ける存在へ向かう。第二に多感覚入力――視覚と指だけでなく、音声、視線、表情、歩行、呼吸、体温まで読む。第三に身体接続――手に持つ前提から、身につける、皮膚に貼る、感覚器に直結する方向へ。第四に電力革新――常時駆動を支える省電力技術の根本的革新である。
■垂直統合で最も近い位置にいるのは誰か
この4条件を一行で言い換えれば、AI時代の競争とは「どのAIモデルが賢いか」ではなく「どの企業が人間とAIの接点を最も自然に設計できるか」の戦いだということになる。そしてこの四条件を満たし得る企業は、世界に何社あるか。
半導体(Apple Silicon)、OS(iOS/visionOS)、センサー、デザイン、電池、エコシステムを高度に垂直統合できている企業――サムスンも独自半導体とパネルを持ち、グーグルも自社チップTensorとAndroidを持つが、消費者向けの体験設計まで含めて全層を統合している度合いでいえば、アップルが最も近い位置にいる。Neuralinkも、Metaも、OpenAIも、この垂直統合の厚みは持っていない。アップルはAI時代のハード再定義に最も近い位置にいるのである。それなのに「終わりの始まり」と囁かれる理由は、技術ではなく心理の側にある。
■アップルは常に「他社の市場」を壊してきた
歴史を振り返ってほしい。アップルは、これまで何度も世界を変えてきた会社である。だがその勝ち方には、ある特徴がある。iPodでソニーのCDプレーヤーを過去に追いやり、iTunesでレコード会社の流通を解体し、iPhoneでノキアの携帯電話を消し、App Storeでマイクロソフトのソフト流通を再定義し、iPadでデルやHPのPC市場を侵食した。アップルは「カテゴリ・キラー」として、既存の王者を倒して台頭してきた会社なのである。
しかしよく見てほしい。過去のアップルが壊してきたのは、すべて「他社の市場」だった。ソニーが築いた市場、ノキアが築いた市場、マイクロソフトが築いた市場――アップルは他者が築いた砦を、外側から壊して伸びてきた会社なのである。
ところが今ターナス新CEOに突きつけられているのは、まったく違う種類の問いである。iPhoneを終わらせるのは誰か――サムスンでもファーウェイでもなく、NeuralinkでもMetaでもOpenAIでもない。アップル自身が、自社最大の収益源であるiPhoneを、自らの手で過去のものにできるか。これが、いま問われている問いである。
■ジョブズはiPodの絶頂期にiPhoneを出せた
なぜこれが桁違いに難しいか。iPhoneは現在、年間2億台超売れており、アップルの売上の半分以上を稼ぎ、サブスクリプション収益はiPhoneのインストールベースに依存している。サプライチェーンも、小売店も、開発者エコシステムも、すべてiPhoneを軸に組まれている。この絶頂期に「なぜ自ら壊さねばならないのか」と問われたとき、社内で誰が「壊そう」と言えるか。
クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』で、優良企業ほど主力事業との共食いを避けて自己破壊できず、新興企業に滅ぼされると説いた。コダックは世界で最初にデジタルカメラを発明しながらフィルム事業を守るため社内で抑え込んだ。ノキアはMeeGoという次世代OSを開発しながらSymbianを優先した。ブラックベリーは物理キーボードに固執した。いずれも「壊せたはずの自社」を壊さなかったがゆえに、消えていった企業である。
だがここに、歴史の皮肉がある。スティーブ・ジョブズは、自社製品を自分で壊せた経営者だった。iPodが絶頂期にあったとき、彼はiPhoneを発表し、iPhoneは初期のiPod売上を食った。それでも彼は迷わなかった。「自分が壊さなければ、誰かが壊す」と知っていたからである。クックは、ジョブズが作ったiPhoneという成功を極限まで最適化し、15年かけて史上最大の生活インフラへと育て上げた。これは偉大な仕事だった。しかし最適化と自己破壊は性質が真逆であり、最適化が「いまあるものを伸ばす」仕事である一方、自己破壊は「いまあるものを終わらせる」仕事である。
■なぜ「ハードウェア畑」から選ばれたのか
ここで、ターナスという人物の輪郭を見ておきたい。彼はクックのようなオペレーション畑出身ではない。長年アップルでハードウェアエンジニアリングを率いてきた、純粋な「ものづくり側」の人間である。Apple Siliconの父と呼ばれるジョニー・スルージと並ぶハードウェア最高責任者として、iPhoneやiPad、Macのハード設計を統括してきた。つまりターナスは、クック型(オペレーション最適化型)というより、ジョブズ寄り(製品創造型)の経営者なのである。これは偶然の人選ではない。アップルが次のCEOにハードウェア畑を選んだという事実そのものが、「次は最適化ではなくものづくりで勝負する」という戦略宣言なのだ。
そしてここに、かすかな希望と、より深い恐怖の両方が立ち上がる。ターナスはジョブズ型の経営者かもしれない――これが希望である。だがハードウェア畑出身であるということは、彼が手がけてきたiPhoneそのものを、彼自身が終わらせなければならないということでもある。これが恐怖である。自分が育てた製品を、自分の手で過去にできるか。これがターナスに問われている、もしかすると人類経営史上もっとも難しい仕事である。朝、人々が枕元のiPhoneに手を伸ばすこの習慣を、利益最高・株価最高・組織最強の真っ只中で、アップル自身が終わらせる決断ができるか――この難題に、2500年以上前の古い書物が、すでに答えを書いていた。
■2500年前の書物がすでに答えを書いていた
冒頭の問いに戻ろう。なぜ史上最強の企業が、いま最大の危機にあるのか。なぜ利益最高・株価最高・組織最強の真っ只中で、シリコンバレーは「終わりの始まり」と囁くのか。この問いに、2500年以上前の中国の書物が、すでに答えを書いていた。
易経』繋辞伝にいう。「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し」。
行き詰まれば変わり、変われば通じ、通じれば久しく続く――これが循環の理である。普通に読めばこれは成功の循環を説いた言葉だが、易経の本当の凄みは、ここに「久しく続いたものは、再び窮する」というもう一行の含意を読み込んだ点にある。永続したものは固定化し、固定化したものは変化を阻害し、やがて再び行き詰まる。世界は直線ではなく循環として動く――これが古代中国が見抜いた構造であった。そしてこの一行が、アップルの謎をすべて解く。
ジョブズは、〈窮〉を〈変〉じた人だった。
2007年、携帯電話産業は窮していた。ノキアもブラックベリーもパームも、似たような小さな画面と物理キーボードで膠着していた。ジョブズはここを〈変〉じ、iPhoneというまったく新しい接続OSを発明した。
クックは、〈変〉を〈通〉し〈久〉を完成させた人だった。
ジョブズの発明を、クックは15年かけて、世界中の数十億の人間が毎日使う「生活インフラ」へと育てた。サブスクリプション、エコシステム、サプライチェーンーーすべてが完成され、これは「久し」の到達であった。
■ジョブズは窮を変じ、クックは通を久にした
そして易経が警告していた通りのことが、いま起きている。完成された〈久〉が、再び〈窮〉を生んでいるのである。iPhoneは完成しすぎたがゆえにAI時代の変化に対して重くなり、サブスクリプション収益が安定しているがゆえに自己破壊のインセンティブが鈍化し、エコシステムが巨大化しているがゆえにそれを壊す決断が困難になっている。成功そのものが、次の変化への抵抗になっているのだ。これがシリコンバレーの囁く「終わりの始まり」の正体であり、アップルは失敗しているのではなく、完成し過ぎているのである。そして易経は、完成しきったものが再び窮することを、2500年前から知っていた。
ではターナスに問われているのは、何か。完成された〈久〉を、自ら〈窮〉へ追い込み、再び〈変〉を起こせるか――これが、ターナス体制に課された、たった一つの本質的な使命である。
そしてこの〈変〉とは何か。ここから先が、本稿の最終的な射程である。
AppleがAI時代に問われているのは、新しいハードを作ることではない。新しい「人類の知覚」を設計することである。これは、iPhone論でもApple論でもない。人類の認知OSが書き換わる、という話なのである。
■10年後「下を向いていない」生活を想像できるか
想像してほしい。十年後の朝、あなたは目を覚ます。枕元に手を伸ばす癖は、もう消えている。代わりに、身につけた何かが、あるいは部屋の空気そのものが、あなたの状態を理解している。声を出さなくても、視線を動かさなくても、AIはあなたの今日の予定と、昨夜の睡眠の質と、昨日の会話の文脈を、すでに把握している。
家を出て、街を歩く。あなたは下を向いていない。顔を上げ、空や行き交う人の表情や街路樹の色の変化を、再び見るようになっている。18年ぶりに、人類は再び顔を上げて世界を歩いているのだ。そしてその間、AIはあなたの背景で静かに働いている。混雑した駅では、まだ視界に入っていない混雑の気配が「感じられる」。会議で言葉に詰まったとき、あなたの直感が一段深い文脈とつながる。誰かと話すとき、相手の言葉の裏にある感情が、いつもより少しだけ「分かる」気がする。
そのときあなたは「AIを使っている」とは感じない。AIを意識すらしない。ただ、世界が今までより少しだけ見えやすくなり、自分の判断が冴え、他者の感情に届いている――そういう感覚だけがある。
■AIの真価は「使っている」と感じないこと
これが、AIの真価である。AIの真価とはAIの「賢さ」ではなく、AIの網羅性が人間の直感に奉仕することである。AIを使っているという意識すら消え、AIが人間の感覚器そのものを拡張する段階。AIは脳の延長ではなく、感覚の延長になる。視覚だけに偏っていた人類の知覚が、空間と感情と直感の全方位へ取り戻される。これは「AIを使う時代」から「AIと共に知覚する時代」への移行であり、人類の認知OSそのものの書き換えである。
そしてその転換の入口に、Appleがいる。あるいは、いるかもしれない。
ターナスに問われているのは、この未来のハードを、画面文明の絶頂期に、自ら設計し始められるか、ということに尽きる。それは単に新製品を作る話ではない。人類が再び顔を上げ、世界を別の知覚で生き直すための、最初の道具を作ることなのである。
最後に、この問いは、アップル一社の話ではない。日本企業を含む、すべての経営者に同じ問いが突きつけられている。自社の〈久〉は、いつから〈窮〉に転じているか。完成された成功体験は、いま静かに次の変化への抵抗になっていないか。脳であるAIの進化に対して、身体である接点や体験は止まっていないか。そして最も難しい問い――自社の成功を、自分で壊せるか。スマートフォンというカテゴリですら内側から終わる時代が来ている以上、自社のカテゴリは本当に安泰だと言えるだろうか。それとも、すでに〈久〉が〈窮〉へ転じる予兆を、見ないふりをしているだけなのか。
■iPhoneを終わらせなければ誰かが終わらせる
ジョブズは〈変〉によって世界を通し、クックは〈通〉を巨大な帝国に育て上げ、〈久〉を完成させた。ではターナスに問われている次の役割は何か――完成されたiPhone時代を自ら〈窮〉へ追い込み、再び〈変〉を起こせるか、ということに尽きる。ターナス体制に問われている本質はそこにあり、そしてそれは、日本企業を含むすべての経営者にも、形を変えて突きつけられている問いなのである。
そしてここで、最後に一つの冷たい事実を述べておきたい。
もしアップルがiPhoneを終わらせなければ、誰かが終わらせる。
Neuralinkかもしれない。OpenAIとアイブの新デバイスかもしれない。あるいは、まだ誰も想像していない形で、画面文明そのものが静かに崩れ始めるのかもしれない。確実なのは、誰かが必ず終わらせるということだ。易経が2500年前に書き留めた「窮すれば則ち変じ」の循環は、アップルが選ばなかったとしても、必ず作動する。久しく続いたものは、再び窮する。これは選択肢ではなく、構造なのである。
■「世界」を見るのか、「最適化された現実」を見るのか
10年後、私たちはもう下を向いていないかもしれない。再び顔を上げ、空を見上げ、互いの目を見て話している人類が、そこにいるかもしれない。そしてその傍らで、ポケットの中のガラス板は、博物館の展示物として並んでいるかもしれない――「2007年から2020年代まで、人類が下を向いて生きていた時代の象徴」として。
そのとき、ガラス板を歴史の側へ送ったのが誰だったのかを、人類は記憶することになる。アップル自身だったのか、それとも他の誰かだったのか――その分岐に、いまターナスは立っている。そして同じ分岐に、日本企業を含む世界中の経営者が、自社のカテゴリを抱えて立っている。
易経はすでに、2500年前に書いていた。窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し――そして久しく続いたものは、再び窮する。
だが、本当に人類は再び「世界」を見るのだろうか。それとも私たちは、AIが編集した「最適化された現実」を見るようになるのだろうか。
iPhoneは、人類を画面へ接続した。では次のAIハードは、人類を何へ接続するのか。世界か。他者か。それとも、AIによって再構成された新しい知覚空間か。
その入口に、いまAppleが立っている。

----------

田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

----------

(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
編集部おすすめ