■知らないだけで1000万円の差になることも
長年連れ添った夫婦が離婚する「熟年離婚」は、今や特別なものではありません。厚生労働省の「令和6年人口動態統計」によると、離婚する夫婦のうち約2割は同居期間20年以上です。50代・60代での離婚も珍しくない時代となっています。
そして、4月・5月は熟年離婚を意識しやすい時期と言えるでしょう。子どもの独立や新年度の節目を迎え、「自分の役割を果たした」と感じるタイミングでもあるからです。これまで夫を支え、家庭を守ることに力を注いできた女性が、「これからの人生は自分のために使いたい」と考え始めるのは、ごく自然な流れです。
ただし、その一歩を踏み出す前に、冷静に見ておきたい現実があります。それが、離婚後の生活を大きく左右するお金の問題です。熟年離婚では、条件の取り決め次第で受け取れる金額に大きな差が生じる傾向があります。
熟年離婚では、年金や退職金、住宅など、見落としやすい一方で金額が大きくなりやすい財産が少なくありません。後悔しないためには、離婚を切り出す前の段階で、自分が受け取れる可能性のある資産を把握しておくことが不可欠です。制度や仕組みを知っているかどうかで、1000万円程度の差が生じることも珍しくありません。
以下では、熟年離婚にあたって見落とされやすい3つの資産について解説します。
■2割しか活用されていない「年金分割」
① 年金
老後にもらえる公的年金には国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)がありますが、このうち厚生年金には「年金分割」制度があります。
年金分割とは、婚姻期間中の厚生年金保険料の納付実績を、離婚時に多い方から少ない方へ分ける手続きです。厚生年金加入期間が少ない人も、年金分割により厚生年金を増やせる可能性があります。
老後の安心のために、年金は多いに越したことはありません。しかし、現状離婚時に年金分割を行っている夫婦は2割にとどまります。対象外のケースやメリットが小さいケースもあるとはいえ、年金分割があまり活用されていないことは間違いないでしょう。
年金分割の仕組みは複雑で誤解も多く、「手続きが面倒」「どうせたいした金額ではない」と考えている人も少なくありません。「年金分割について切り出しにくい」「夫が年金分割に同意してくれない」という理由もあって、あきらめる人が多いのも事実です。
■年金額が2倍になったケースも
年金分割には「3号分割」と「合意分割」の2種類がありますが、主に専業主婦が対象となる3号分割なら夫の同意は不要です。離婚後に一人で年金事務所に行って手続きできるので、3号分割が可能な人は忘れずに手続きしておきましょう。
合意分割では夫の同意が必要です。
厚生労働省の「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、年金分割により増える年金額は平均で月3万3000円です。年間では約40万円、20年間受け取るとすれば約800万円の差になります。私がこれまでにご相談を受けたケースでは、月額4万8000円だった年金が月額9万5000円と約2倍に増えた方がいらっしゃいました。年金分割の効果は決して小さくありません。
年金事務所で「年金分割のための情報提供請求」をすれば、50歳以上の人は年金分割前後の年金額の違いを具体的に確認できます。この手続きは離婚が決まっていなくてもできるため、まずは年金額を確認してみることから始めるのがおすすめです。
■「将来の退職金」は今すぐ請求できる
② 夫の退職金
退職金は長年の勤務に対して支払われるものであり、給与の後払い的な性質を持つと考えられています。そのため、婚姻期間中の勤務に対応する部分は財産分与の対象になります。
たとえば、夫の勤務期間が40年、そのうち30年が婚姻期間であれば、退職金の40分の30が夫婦の財産です。
重要なのは、将来受け取る退職金も財産分与の対象になるという点です。退職がまだ先であっても、退職金は日々積み上がっていることになります。退職時期がそう遠くない熟年離婚の場合には、将来の退職金の財産分与も請求できることを知っておきましょう。
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、民間企業に大卒で35年以上勤務した場合の退職金の平均額は2037万円です。婚姻期間が長くずっと専業主婦だった人などは、夫から1000万円前後を受け取れる可能性があります。実際、熟年離婚で退職金をもらっている人の場合、1000万円前後になることも珍しくありません。
企業年金についても、婚姻期間中に積み立てられた部分は財産分与の対象となる可能性があります。企業年金は年金分割制度の対象ではないため、財産分与として請求できるなら忘れずにもらいたいものです。
退職金や企業年金の具体的な金額は、本人でなければ把握しにくいことがあります。将来的に離婚を考えている場合、できれば離婚を切り出す前の段階で金額を確認しておくことが望ましいでしょう。
■名義が夫でも「家」の半分はあなたのもの
③ 夫名義の持ち家
結婚後に購入した家は、名義にかかわらず夫婦の財産となります。
離婚に際して家を売却する場合、夫名義の家であっても、妻は売却代金の半分を請求できます。離婚時に売却手続きが完了していなくても、売却が完了した段階で代金の受け渡しをする旨を取り決めしておきましょう。
家を売却しない場合には、住み続ける方が家の価値の半分を相手方に支払います。たとえば、家の査定額が3000万円で夫が住み続けるのであれば、妻は夫に1500万円相当の財産分与を請求できます。一括払いが難しければ、分割払いにする、将来の退職金から支払うといった取り決めをしてもかまいません。
住宅ローンが残っている場合には、金融機関の承諾なしに住宅の名義やローン債務者を変更できないことに注意が必要です。夫がローン返済中の家を妻が引き継ぐのが難しければ、妻は出て行かざるを得ません。ただし、査定額からローン残高を差し引いてプラスになるのであれば、家を出て行く妻はそのプラス分の半分を夫に請求できます。
■購入後すぐでもあきらめるのは早い
なお、査定額からローン残高を差し引いてマイナスになる「オーバーローン」のケースでは、住宅には実質的な資産価値がないため、財産分与の対象外となります。この場合には、ローン債務者がそのまま家に残り、ローンも払い続けるのが原則です。
近年は不動産価格の上昇により、購入からそれほど年月が経っていなくても、プラスになるケースが増えています。離婚に際して家を出て行くなら、お金を払ってもらえる余地がないか確認しておきましょう。
住宅の価値やローン残高は、比較的確認しやすい情報です。不動産会社の無料査定サービスを利用すればおおよその価格を把握できますし、ローン残高も金融機関のWebサイトや残高証明書などで確認できます。離婚後の生活に大きく影響するポイントとして、早めに把握しておくことが重要です。
■動く前に「見落としやすい資産」の確認を
熟年離婚を考えるのであれば、老後の生活について現実的な見通しを立てておくことが欠かせません。年金分割、退職金、住宅といった資産は、いずれも見落とされやすい一方で、生活に与える影響は非常に大きいものです。制度や仕組みを知らないまま離婚を進めてしまうと、老後資金に1000万円の差が生じることもあります。
2026年4月の改正民法施行により、財産分与の請求期限が離婚後2年から5年に延長されました。あわせて年金分割の請求期限も5年に延長されています。離婚後5年以内であれば、財産分与や年金分割を請求できる可能性があります。
期間に余裕があるとはいえ、予期せぬ相手の死亡などで請求が困難になることも考えられます。
熟年離婚を考えたときには、情報をしっかり収集し、現実を整理することから始めてみてください。
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森本 由紀(もりもと・ゆき)
行政書士/ファイナンシャルプランナー(AFP・2級FP技能士)/離婚カウンセラー
神戸大学法学部卒業。法律事務所勤務を経て、2012年に行政書士ゆらこ事務所を開業。離婚協議書作成などの離婚手続き支援を中心に、夫婦問題や熟年離婚に関する相談業務を行う。離婚後の生活設計や老後資金、財産分与、年金分割など、お金に関するアドバイスにも力を入れている。法律・マネー分野の記事執筆・監修実績多数。
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(行政書士/ファイナンシャルプランナー(AFP・2級FP技能士)/離婚カウンセラー 森本 由紀)

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