日本人の印鑑離れが止まらない。大阪の印鑑メーカー・岡田商会の二代目・岡山耕二郎さんは、注文が激減し、月1000万円の赤字を抱える家業に絶望していた。
そんな中、1匹の保護猫との出会いが、ヒット商品を生み出す転機になった。なぜ斜陽と言われるなか“黒字復活”できたのか。ライターの吉村智樹さんが取材した――。
■猫の印鑑「ねこずかん」が異例の3万本ヒット
「会社を立て直せたのは、みんなから『猫の恩返しのおかげだよ』と言われます。もしも保護猫のコタローがいなかったら、うちは存続していなかったでしょう」
大阪市淀川区にある印鑑メーカー「岡田商会」の常務取締役、岡山耕二郎さん(48)は、しみじみとこう語る。
岡田商会は2015末年から、愛らしい猫のデザインに好きな名前を入れられる印鑑「ねこずかん」(1本1800円~3200円)をリリースした。これがオーダーメイド印鑑としては異例の3万本に及ぶ大ヒット商品となった。
「既存のデザインだけではなく、『うちで飼っている猫でハンコをつくってほしい』というリクエストも受け付けています。当社が小規模の町工場だからこそ対応できるサービスです」
ねこずかんだけではなく、さまざまなアニマルデザインの「どうぶつずかん」や、人気アニメ、ゲームとコラボした商品まで現在67シリーズを数え、トータル17万本、およそ5億円の売り上げを記録している。どの印鑑も単なるファンシーグッズではなく、ほとんどの銀行で登録が可能。実務にしっかり使えるのだ。
このように好評を博す岡田商会の印鑑だが、これまで決して順風満帆だったわけではない。
ねこずかんを発売する以前は、月に1000万円の赤字を計上する、目も当てられない惨状だったという。
■「家業を継ぎたい」病気と闘った青年時代
岡田商会は1980年、父である現社長・岡山嘉彦氏(84)が立ち上げた(「岡田」は設立時の共同代表の苗字)。従業員は17人、正社員は5人という小規模な町工場だ。ここ近年の年商は3億円~3億5000万円の間を推移。内訳はECサイトが65%、印材卸が30%、PR事業が5%となっている。
「うちは通販が売り上げの大半を占めています。ねこずかんを販売する以前は、卸売のような安値で価格競争を強いられていました。ねこずかんは、当社の業態そのものを大きく変えてしまったんです」
岡山さんは生まれつき心臓の壁に穴がある心房中隔欠損症という病気を患っていた。5歳で9時間にも及ぶ大手術を行い、この際の輸血が原因でC型肝炎ウイルスに感染し、のちに慢性C型肝炎を発症する。高校時代にインターフェロン治療を行うまで、つねに病気と隣り合わせという青少年時代を送る。「家業を継ぎたい」と考えたのも十代の頃だった。
「ずっと病気と闘ってきて、将来の夢は“長く生きること”という子どもでした。
両親がそばにいるほうが安心でしたし、もしも別の会社に就職して、飲み会などで無理に飲まされたら、健康どころか命にかかわる危険性もあったんです。そんなこともあり家業を継ごうと、かなり早い段階から考えていました」
■「お前、ハンコ屋なんて将来ないで」
病弱であまり外出できず、家で図鑑を読むのが楽しみという子どもだった岡山さん。忙しかった両親は子どもと遊ぶこともままならず、印鑑製造で出る端材を薄く切り、おもちゃとして与えていた。岡山さんはそれをおはじきにして遊び、間接的に印鑑にも慣れ親しんだという。
神戸大学に進学してすぐ、岡田商会でアルバイトを始めた。卒業後にそのまま親元へ就職することに抵抗はなかったが、ある日、同期の友人から言われたひとことが強烈に印象に残る。
「大学3年生の頃でした。友人に『俺、ハンコ屋を継ぐわ』と言ったら、真剣な表情で『お前、ハンコ屋なんて将来ないで』と心配されたんです」
それは1998年のこと。Windows 95・98の発売と商用ISPの開始が転換点となり、印鑑を安売りするインターネットショップが現れ始めた頃だ。友人の憂慮は、先見の明があったといえる。
「跡を継ぐことを喜んでくれると思っていた父からも『印鑑ははっきり言って斜陽産業だ。覚悟しておけ』と言われました。
のちに、それが現実となってゆくのですが……」
■必死で彫った印鑑を安く買い叩かれる
2000年に岡田商会の正社員となり、岡山さんはネット通販の部署を任された。
「父は『わしにはインターネットはわからん。お前に任せた』と」
2000年代に入ると、印鑑をネットで注文する習慣が根付きだした。岡山さんも見よう見まねでECショップを起ち上げたが、他社との差別化が図れず、早々に値崩れの渦に巻き込まれ苦しむこととなる。
「サイトのデザインを変えたり、翌日配達を謳ってスピード仕上げに走ったりもしましたが、大手も同じサービスをさらに安価でするため歯が立ちません。それにうちの印鑑は手仕上げですから、翌日配達は職人さんの負担が大きかった。必死で彫った印鑑を安く買い叩かれ、疲弊したスタッフからは不満の声が漏れるようになりました。手立てを考えるべくスタッフと話し合おうとするも、『話にならん』と途中で離席されてしまう始末で……」
そうするうちに、次第に注文数自体が減り始めた。原因は1つではない。値下げもサービスも過剰にできる大手に勝てないこと。街に廉価なフランチャイズの印鑑ショップが乱立し始めたこと。電子契約の普及により印鑑離れが起きたこと。
さまざまだ。
こうしてネット通販の部署のみならず、旧来からあったBtoB部門も陰りが見え始めた。父の嘉彦氏も「これでは家賃も出ない」と、ついにネット通販部署の閉鎖を告げる。
■月1000万円の赤字「うちはもう潰れるな」
「大学の友人が言った『ハンコ屋なんて将来がないぞ』という言葉の意味が、痛いほどわかりました。けれども、やめたくなかった。一般のお客様と直接やりとりできるネット通販という貴重な機会を放棄してしまうと、同じことは二度とできないと思ったんです。だから『閉鎖は待ってくれ』と。とはいえ、打開策は特にないのが実情でした」
改革の処方箋が見つからないまま、いたずらに時間が過ぎ、ひたひたと印鑑業界そのものに斜陽化の足音が聞こえ始めた。もっとも沈滞した時期は2015年。1000万円もの赤字を計上した月もあり、「掃除以外にすることがない」という窮境に追い込まれたのだ。2015年は売り上げへの焦りから安売りを加速。広告依存が激しくなり、コストが大きく膨らんでいった。

「暗いトンネルから抜け出せず、内心『うちはもう潰れるな』と、あきらめかけていました」
会社が転落状態にあり、いかんともしがたい日々を送る岡山さんに、一条の光が差す。それは、ある1匹の猫との出会いだ。ひょんなことから病気を抱えた保護猫の里親になったのだ。
「友人がネコリパブリック大阪という保護猫カフェを開店したので妻と遊びに行きました。すると、腎臓病を患うキジ白のオス猫が近寄ってきたんです。私と妻の膝に交互に乗ってゴロゴロと喉を鳴らす姿が可愛くて。私は猫を飼った経験がなく、もっと気まぐれな生き物だと思っていたので、『いきなりこんなに懐くんだ』と驚きました」
■1匹の保護猫が心の拠り所に
近寄ってきた猫は腎臓病だけではなく、野良猫時代に人間から棒で殴られるなど虐待された経験があり、打撲の影響で前歯が欠損していた。そのためつねに舌がチロッと出ている状態だったという。そういった過去がありながらも人を愛し甘えてくる猫の姿に感動した岡山夫妻は帰宅後に相談し、保護を申し出る。
「病気と怪我があり、10歳という若くはない猫です。友人もきっと引き取り手はないからこのカフェで生涯を終えるだろうと思っていたようで、何度も『本当に飼うの?』と訊かれました」
夫妻が大好きなアニメ『野良スコ』の主人公にならってコタローと名付けた。そして引き取られたコタローは、疲れた岡山さんを癒やす掛け替えのない存在となる。

「仕事でどれほど打ちのめされても、玄関のドアを開ければコタローがいる。家で食事をしていても仕事をしていても、私と妻にピタッとくっついて離れません。彼の柔らかな感触と温かさ、ただ寄り添ってくれる静かな時間が唯一の心のよりどころでした」
■コタローの形見となった「ねこずかん」
コタローと一緒に暮らすうちに、岡山さんの考え方が前向きに変わっていった。「業績がさらに悪化し、会社が倒産することになっても、心残りがない商品を生みだしたい」と、創業初のオリジナル商品、“猫のイラスト入り印鑑”を発案する。
イラストが得意な社内のスタッフに猫のイラスト案を発注。セレクトした20作品を印面にし、幼少期に図鑑を読みふけった経験から「ねこずかん」と命名した。
「開き直りでした。とにかく猫が好きな人たちに喜んでもらえる商品がつくりたかった。父親には相談していません。反対されるのはわかっていたので、『やっちゃえ』という感じでしたね。説明がつかない、突き動かされる感覚がありました」
こうして、ねこずかんは商品化が進む。しかし、同時に悲しい出来事が起きる。コタローの腎臓の数値が深刻化したのだ。病院を駆け回ったが衰弱は止まらず、コタローは同年11月13日に虹の橋を渡った。
「喪失感が凄まじく、何も手がつかない状態でした」
そうして、結果的にコタローへの手向けにもなった猫デザインの印鑑「ねこずかん」は、彼が他界した約1カ月後の12月26日に発売。顧客へメールマガジンで告知した。
■入った注文はわずか4本
亡き愛猫の形見となった初めてのオリジナル商品「ねこずかん」。年末年始をはさみ、期待に胸を膨らませながら2016年1月4日に出社した岡山さんを待っていたのは、残酷な注文数だった。
「たった4本しか注文が入ってなかったんです。マニアックな商品なのでそんなに売れないだろうとは思っていましたが、まさかここまでとは……。ショックでした」
失意に沈む岡山さんは、プリザーブドフラワーのアーティストでもある妻から、こんなアドバイスを受ける。
「『プレスリリースを発行してみたら』と勧められたんです。自分の仕事がテレビに取り上げられた経験があったそうで。ところが私は当時『プレスリリースって何?』としか答えられないほど知識がありませんでした」
促されるまま、藁にもすがる思いでプレスリリース配信代行サービスに3万円を支払い、「ねこずかん」のPRを依頼した。配信されたのは1月6日の午後2時過ぎ。すると……。
「社内がざわめき始めたんです。『どうしたの?』と訊くと、『ねこずかんのオーダーが殺到している』と。ネットを見てみると、さまざまなメディアがねこずかんを取りあげてくださっている。Twitter(現:X)では猫好きな方を中心に『待ってました!』『よくぞこんな商品を出してくれた!』と盛り上がっていたんです。びっくりしました。たった一度の配信で、ここまで状況が変わるのかと」
■5000本の注文が殺到し社内はパニック状態
初のオリジナル商品の初バズだ。注文の勢いは分刻みの様相を呈し、4本しか売れなかったねこずかんになんと、わずか3日間で5000本もの注文が入った。
「大げさではなく社内が本当にパニックに陥りました。ネットのショッピングモールからも『こんなにも注文が押し寄せて納期は守れるのか。製造体制が整わないまま宣伝するとは何ごとか』と怒られるほどの事件だったんです。それでも私は『値下げやスピード化しなくても、お客様のニーズに応えられるんだ』と嬉しかった。そして、コタローが多くの人の心を動かして、私を暗いトンネルから連れ出してくれたんだと感謝しました」
事態は5000本が売れただけにはとどまらなかった。「猫をあしらった印鑑がネットでバズっている」と有名なTV番組や大手新聞が取り上げ、それを見聞きした人たちからの注文が相次いだ。20種類だったデザインは72種類にまで増大。「犬も印鑑にして」「うさぎも」などのリクエストに応え、「どうぶつずかん」シリーズも発足した。
ねこずかんのおかげで2016年、ついに赤字は解消され、どん底から脱却。会社を支える屋台骨の1つとなったのである。
■町工場がダメもとで挑んだ「手塚ずかん」
岡山さんは2017年、さらなる“初”に挑戦する。それがライセンス商品だ。手塚治虫が生み出したキャラクターの印鑑「手塚ずかん」をリリースし、たちまち2000本以上を売り上げたのだ。
「たまたま夫婦で休日に宝塚市の手塚治虫記念館へ遊びに行き、手塚先生の作品にかける情熱に胸を打たれました。そして翌日、ダメもとで手塚プロダクションに『印鑑をつくらせてほしい』と電話したんです。小さな町工場が大それたことをしたものです。
手塚プロダクションとはまったく面識がなく、ライセンス商品を手がけた実績もなかった岡山さん。しかし手塚プロダクションは門前払いせず、「ライセンスイベント(キャラクター、ブランド、エンタメIPの商談に特化した日本最大の展示会)に出展するから来ないか」と誘った。そしてなんと、商談が成立したのだ。
「弊社の印鑑の表現力が決め手の一つとなりました。漫画のキャラクターは目をはじめ表情が命。髪型も大事です。それらが精巧に再現できる。大手に抗うように完全オートメーション化せず、父がこだわり続けた手仕上げの工程を残していたことが契約につながったのです」
漫画やアニメには熱狂的なマニアがいる。マニアは微細な違和感も見逃さない。その批評眼に耐えうる印鑑を製造できる環境が「手塚ずかん」(1本4000円~)の実現に導いた。押し寄せる価格破壊や大量生産、スピード化の波にもだえ苦しんだ日々を、十万馬力の勇気が逆転した瞬間だ。
■立ち返った「ハンコを作る意味」
「手塚ずかん」で注目された岡田商会は続々とライセンス商品を手がけるようになった。とりわけ全国に知られるきっかけとなったのが2019年にリリースされた、ポケットモンスターのオリジナル印鑑「Pokémon PON」。最初期から数えて1000匹以上いるポケットモンスターのうち650ほどをオーダーできる途方もないシリーズだ。
既製品の雑貨だと、製造するにはある程度のロット数を必要とする。そのため、経済効率性を考えて売れ行きが予想できる人気キャラクターに集中してしまう。ところが印鑑ならばオーダーメイドが可能。たった一つから商品化できるのだ。思い入れがある、自分だけのポケモン印鑑を手に入れられるのである。そしてこのPokémon PONも人気商品となり、2019年は3億5000万円という過去最大の売り上げを記録する。
「印鑑は一人ひとりのために彫るもの。“ハンコを作る意味”に立ち返った案件でした。世界で1つしかないものが生み出せる、そこに価値提供できる印鑑メーカーという仕事に改めて誇りが持てたんです」
翌2020年、当時行政改革担当大臣だった河野太郎氏は行政手続きのオンライン化・簡素化を目指し、認印の廃止、いわゆる“脱ハンコ”を主導した。これによって印鑑業界は大打撃を食らった。岡田商会も例外ではなかったが、推し進めていたキャラクター印鑑のおかげで最悪の状況を免れられた。
■「ハンコ」の役割を変えていく
「脱ハンコの大号令を経験し、印鑑=認印という感覚のままだと未来はないと感じました。キャラクター印鑑をはじめ、もっと暮らしに溶け込むものにしないと。現在は木や布、陶器、金属やガラス、人の肌などにも捺せるスタンプインクを共同開発しているところです。たとえばカフェのカップに店名のロゴやマスコットが入った消えないスタンプを捺せば、それだけで店のオリジナルになる。ギフト需要も生まれ、海外でもニーズがあるのではと考えています」
海外は日本と違い、捺印によって認証する文化は少ない。しかし、岡山さんがリサーチしたところ、日本独自の「ハンコ」が土産物として高い人気を博していることがわかった。海外ではグリーティングカードやプレゼントタグにスタンプを捺すといったギフト文化が発達しており、コミュニケーションツールとして活躍する場が多いのだ。
オーダーメイドを可能とする岡田商会の強みを活かし、2024年から北米へ向けてECショップ「FANCO」をスタートさせた。売り上げは現在までに300万円。
■「認証」から「コミュニケーションツール」へ
「ねこずかん」を筆頭にオリジナル商品やライセンス商品を続々と生みだし、経営再建に臨む岡山さん。社長である父はどのように見ているのだろう。
「『なんでこんなもんが流行るんや』と首を傾げているようです。しかし、これからの時代に合った提案が必要なことは理解してくれていて、完全に私と業務を分け、口出しをせず、裁量権も与えてくれています。創業者として、経営者の先輩として、ずっと尊敬している人です」
2026年9月の決算をもって、父は会長へ、そして岡山さんが2代目の代表取締役社長に就任する予定だ。もうすぐ岡田商会の新たな時代が幕を開ける。
そんな岡山さんは現在、5匹の保護猫を飼っている。
「もう猫がいない生活をイメージできないほどになってしまいました。コタローと出会っていなかったら、今の私は存在しません。『猫の恩返しだ』と言われますが、恩返しすべきは私のほうです。ハンコを作る意味を考え、これからもハンコをつくっていく、それがコタローの恩に報いることだと考えています」
印鑑を巡る環境は、猫の目のように目まぐるしく変わっていく。決してよいことばかりではないだろう。それでも岡山さんはコタローの温もりのように、これからも人々の関係を温かくする印鑑をつくり続けたいと考えている。

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吉村 智樹(よしむら・ともき)

ライター・放送作家

京都在住。主に関西を中心に中小企業・個人事業・職人を取材している。テレビ番組「LIFE 夢のカタチ」(朝日放送)構成作家。Yahoo!ニュースにて「京都の人と街」を連載。大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校講師。著書に『VOWやねん!』(宝島社)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)などがある。

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(ライター・放送作家 吉村 智樹)
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