パートナーとの関係性がマンネリ気味になったら、何をするといいか。19世紀フランス文学には、退屈な結婚生活に幻滅し、不倫と借金を繰り返して破滅に向かう名作がある。
あふれるエネルギーを活かす別の活動を見つける必要がある。文筆家の堀越英美さんが書いた『あなたのモヤモヤに効く世界文学』(筑摩書房)より、紹介しよう――。
■小説みたいな恋愛をしたくて
<お悩み>

結婚生活がマンネリ気味
10代の頃から泣ける恋愛小説が好きで、

大恋愛を経て結婚しました。

なのに最近は甘い言葉ひとつ

かけてもらえず、マンネリ気味。

このままでは浮気をしてしまいそうで……

情熱的な恋愛物語は、現実の結婚生活とは相容れないものです。生活は「ペットボトルの包装をはがして洗う」といった名もなき家事の連続で、恋人を守って戦うようなドラマティックな場面はほぼありません。
だからこそ純愛物語の多くは、ときめきが生活で上書きされる前に登場人物を死なせ、恋愛を永久保存させるのでしょう。
19世紀フランス文学の名作『ボヴァリー夫人』は、恋愛小説を読みすぎて「小説みたいな恋愛」を夢見ていたエンマが、医師との退屈な結婚生活に幻滅し、不倫と借金を繰り返して破滅していく物語です。
あらすじだけを見ると、エンマはものすごくダメな人に思えます。
しかし、ひとたび物語の世界に入り込めば、ヒロインの感情の動きが手に取るようにわかる。それがこの小説の面白いところです。
登場人物たちを動かしている「付き合う前後の、会えただけでドキドキしたり手をつなごうか悩んだりしているときが一番楽しいんだよな~」という感情は、それなりに普遍的なものなのかもしれません。

農家で育ち寄宿学校で小説を読みふけっていたエンマは、黒い馬に乗った騎士が迎えに来るような恋愛に憧れていました。
そこへ往診でやってきたのが、医師のシャルル・ボヴァリーです。エンマは彼との結婚で農村での退屈な暮らしから抜け出せると信じ、シャルルの求愛に応えます。エンマはボヴァリー夫人となり、夢のブルジョア生活を始めるのでした。
■有能すぎる奥様の憂鬱
意外なことに、ボヴァリー夫人はダメ人間どころか、とてつもなく有能な女性です。母を早くに亡くして農家を切り盛りしていたから、家の仕事は万事そつがありません。
医療事務も診療のアシストもテキパキとこなします。料理も編み物もプロ顔負けの腕前。ピアノやデッサンだってお手の物です。
こんなに真面目で有能なのに、女性なので職には就けず、田舎暮らしゆえに社交界も縁遠い。イタリア語や歴史、哲学の勉強に取り組んだこともありますが、いずれも途中でやめてしまいました。認められる場がなければ、独学を続けるのは難しい。

作りかけの刺繍も、デッサン用の紙ばさみも、戸棚に放置されたままになっています。
女学校育ちで小説のなかでしか男を知らないエンマは、男はみんな物知りで武芸にすぐれ、女を導いてくれる存在だと思い込んでいました。だけどシャルルはスポーツにも文化にも興味がなく、ファッションセンスも皆無。嫉妬深い姑にくだらないことで一日中ケチをつけられても、母親の言うなりのシャルルはかばってもくれません。
どうにか恋心を盛り上げようと月の光のもとで詩を暗唱し、夫に向かってアダージョを歌ってみるものの、冷めている自分に気づくばかりです。
■女の人生って、なんてつまらないのだろう
こうなると、夫のやることなすことすべてが気に入らない。食後に舌で食べかすをこそげ落とすしぐさも、スープをのむときに一口ごとにのどをクックッと鳴らすのも、もともと小さい目が太ったせいで笑うたびに吊り目になるのも、全部イライラさせられました。
女の人生って、なんてつまらないのだろう。彼女は人生の望みを、男の子を産むことに託すしかありませんでした。
男の子を持つというこの思いは、これまでできなかったさまざまなことに対するひそかな復讐のようなものだった。少なくとも、男なら自由で、どのような情熱もたどれるし、いかなる国々も駆けめぐることができ、あらゆる障害をくぐりぬけ、どんなに遠くにある幸福でも食らいつくことだってできる。ところが女はしじゅう思うようにいかない。
女は活発さに欠けるだけでなく従順だし、意に反して肉体の軟弱さを持ち、法に縛られやすい。

しかし生まれた子どもが女の子だと知り、エンマは失望します。そうこうするうちに美貌と上品さのおかげで田舎にはまれな貴婦人扱いされ、チャレンジャーな男たちの絶好のターゲットになっていました。
■名前を呼ばれてスイッチオン
最初に彼女の心を溶かしたのは、周囲が「ボヴァリー夫人」と呼ぶなかで、「エンマ」呼びしてきた遊び人のロドルフでした。
「(…)ボヴァリー夫人! ……ねえ! これじゃだれもがあなたを呼ぶのと同じですよ! ……それに、これはあなたの名前じゃない、ほかの人の名前です!」
彼は繰り返した。
「ほかの人のものです!」

「困ります!」と拒絶しつつも、初めて家族以外の人間から名前を呼ばれて褒め言葉を浴びせられ、ボヴァリー夫人は浮かれずにはいられません。
「彼女の自尊心は、蒸し風呂に入ってくつろぐ人のように、この言葉の熱気を浴びて全体がふにゃふにゃに伸びきってしまった」。夫人はついに、一線を越えてしまうのでした。
家に帰って鏡を見たボヴァリー夫人は、自分の目が恋する乙女のそれになっていることを思い知り、「恋人ができた!」と思春期のように歓びをかみしめました。
それまで誰かの娘、誰かの妻としてのみ生きてきた彼女は、不倫相手に名前を呼ばれることで、初めて人生の主人公になったのです。
すると彼女はかつて読んだ本のヒロインたちを思い出し、そうした不倫の恋をした女たちの激情にかられた群れはエンマの記憶のなかで歌いだし、その姉妹のような声は彼女を魅了した。エンマ自身もそうした夢想の女たちの紛れもない一員になり、若いころの長くつづいた空想を実現し、かつてあれほどにもうらやんだ類の恋する女に仲間入りした自分を見ていた。


■愛が重いボヴァリー夫人
個人として認められる喜びを知ったボヴァリー夫人は、ロドルフに「もういちど自分を名で呼んで、愛していると繰り返して」とせがみます。夫人は手紙を毎晩要求し、手紙が短すぎると言ってしょっちゅう責め立てるくらい、ロドルフの愛の言葉の虜になっていました。
不倫の恋にのめりこみすぎて「あなたはわたしの王さまであり偶像よ!」とまで口走る夫人のことを、女慣れしているロドルフは冷めた目で眺めます。
男の愛を乞う女の言うことはみんな一緒だ、と。
ボヴァリー夫人は、ありあまるエネルギーと認められたい気持ちを、手近な男を偶像化し、その偶像から崇拝されるという形でしか発散できません。偶像から愛の言葉をささやかれれば、一時的に心は充たされます。
しかし相手を愛しているのではなく、偶像からの承認を求めているだけなので、愛の言葉が安定供給されなくなれば、不安は募る一方です。
求愛時のような崇拝を求めて、ファッションと美容に課金し、高額なプレゼントを貢ぐ。浪費はとどまるところをしりません。破局したら別の男を偶像化し、同じことを繰り返す。結果として、破滅に陥ってしまうのです。
■溢れるエネルギーの正しい出口
パートナーに情熱を求めて失望しているとき、本当に欲しているのは恋愛ではなく、自分の価値の確認なのかもしれません。

「もっと自分の価値を認めてもらいたい」という不満を、恋愛や結婚だけで解消するのは難しいものです。
いつまでもロマンスを求める人は、ボヴァリー夫人と同じくエネルギーに満ちた優秀な人なのでしょう。幸い19世紀とは違い、現代の女性は自分の名前で活動することができます。
あふれるエネルギーは、自分の一途さと真面目さが生かせる別の活動で発散したほうが、持続可能な承認が得られそうです。
『ボヴァリー夫人』
ギュスターヴ・フローベール、

芳川泰久訳、新潮文庫、2015年
ギュスターヴ・フローベール(1821―80)はフランスの小説家。高名な外科医を父とし、ノルマンディーのルーアンに生まれる。1832年、ルーアンの王立中東学校に入学し、寄宿生活を始める。この頃から創作を始める。41年、パリ大学に進学し法律を学ぶも、44年に神経症の発作に見舞われ学業を断念。故郷に近いクロワッセに移り、創作活動に専念する。56年、友人デュ・カンが創刊した雑誌『パリ評論』に『ボヴァリー夫人』を6回にわたり連載。これが風紀を乱したとして告発されるも無罪となる。
この作品によりフローベールは、当代随一の小説家として名声を得る。『感情教育』『ブヴァールとペキュシェ』などの小説のほか、当時流布していた数々の紋切型の表現を取り上げ風刺した『紋切型辞典』がある。(編集部)

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堀越 英美(ほりこし・ひでみ)

文筆家

1973年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。著書に『エモい古語辞典』(朝日出版社)、『女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出文庫)、『不道徳お母さん講座』『モヤモヤしている女の子のための読書案内』(以上、河出書房新社)、『スゴ母列伝』(大和書房)、『紫式部は今日も憂鬱』(扶桑社)、『親切で世界を救えるか』(太田出版)、『ささる引用フレーズ辞典』(笠間書院)など、訳書に『世界は私たちのために作られていない』(東洋館出版社)、『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』(河出書房新社)、『ギタンジャリ・ラオ STEMで未来は変えられる』(くもん出版)、『「女の痛み」はなぜ無視されるのか?』(晶文社)などがある。

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(文筆家 堀越 英美)
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