“自分は何歳まで運転できるのか”“いつ親に免許返納してもらうべきか”といった悩みは多い。長年、高齢者の運転に向き合ってきた佐賀大学の堀川悦夫特任教授は「90歳を超えても優れた運転技能をもつ人もいる。
安全運転できるかどうかは年齢では言い切れない」という――。
※本稿は、堀川悦夫・楠田悦子『免許返納を10年延ばす70歳からの運転学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■認知機能の低下と事故の関係
ここでは、事故の背景をより深く理解するために、「認知機能」と事故リスクの関係について見ていきます。
運転には認知機能が深く関わっていますが、認知機能だけで運転能力のすべてを判断することはできません。その点に注意しながら、データを見ていきましょう。
図表1では、75歳以上の方を対象とした認知機能検査の結果を3つの区分に分けて示しています(2022年5月13日施行の改正道路交通法により、検査項目が簡素化されるとともに、検査結果の区分が3群から2区分へ区分変更されています)。
結果を見ると、「問題なし」と判定された方が約7割を占めており、「低下の恐れ」がある方が約25%、「認知症の恐れあり」と判定された方は約3%にとどまっています。
一方で、事故との関係を見ると、認知機能の低下に伴って事故リスクは段階的に高くなる傾向が見られます。
たとえば、死亡・重傷事故の発生率は、「問題なし」の方で約5.2に対し、「低下の恐れ」がある方では約7.1、「認知症の恐れあり」では約12.4と、大きく上昇しています。
また、65歳未満を基準とした場合、75歳以上の「問題なし」の方でも約2倍、「低下の恐れ」がある方では約3倍、「認知症の恐れあり」では約5倍近いリスクとなります。
■認知機能の低下によって現れる「6つの運転行動」
別の分析でも、注意力の低下や処理速度の低下、視空間機能の低下などが、それぞれ事故リスクを高める要因となることが示されています。
ただし留意したいのは「高齢=認知機能低下」ではないという点です。
実際、多くの高齢ドライバーは認知機能に大きな問題がない状態で運転を続けています。
その一方で、認知機能は年齢とともに個人差が大きくなるため以下のようなことが重要になってきます。
「定期的に自分の心身の状態を知るために手立てを打つこと」

「そのうえで、必要に応じて対策を取ること」
すなわち、身体機能や認知機能の変化を正しく理解し、早めに対応することが、安全に運転を続けるための大切なポイントといえるのです。
では、認知機能の低下の予兆はどのように把握すればいいでしょうか。
欧米の研究で、認知症およびその疑いがある方の運転の特徴を調べたものがあります。
その結果として挙げられているのが、「①慣れた道でも迷う」「②周囲に応じた速度調整ができない」「③右左折時の確認や合図が不十分になる」といった行動です。加えて、「④車線内でふらつく」「⑤信号を見落とす」「⑥標識に気づかない」といったミスも見られるのだといいます。
いずれも、事故に直結しかねないサインです。
■一度のミスだけでは判断が難しい
ただし、重要なのは「一度のミス」よりも、その「変化と頻度」です。
以前は問題なかったのに、同じようなミスが増えてきた場合は、運転に関わる心身の機能低下が影響している可能性があります。
特に、家族が同乗していてヒヤリとする場面が繰り返される場合は注意が必要です。
また、初期段階では会話など日常生活に大きな違和感がなくても、運転場面では変化が表れていることがあります。

「まだ大丈夫そう」という印象だけで判断せず、実際の運転行動を基準に見極めることが重要です。
もちろん家族といえど、兆候を見極め、白黒つけるのは、簡単ではありません。「初期の認知症の方の7割弱が路上試験に合格した」という欧米のデータもあるほどです。
子や孫世代に求められるのは、「やめさせること」ではなく、「変化に気づき、適切につなぐ」ための相談相手やカウンセラーになることです。
判断に迷う場合は、まず、体調維持や処方薬の影響などについて「かかりつけ医」へ相談しましょう。専門的な視点で状態を評価し、運転継続の可否について助言してもらえる場合もあります。
日常のなかで兆候を見極め、安全に運転を続けられるのか、それとも医療的な判断が必要なのかを冷静に判断していくことが重要です。
また、自動車学校での“ペーパードライバー講習”を受けると専門家の実践的なアドバイスを受けることができます。
■長く運転を続けられる人の共通点
最近では、安全運転支援機能がついたドライブレコーダーや、自動車メーカーや保険会社をはじめとする各種の企業が提供する運転支援サービスを利用して、自分の運転を“見える化”することもできるようになってきました。
もちろん先にも記した通り、75歳を過ぎても安全運転ができるかどうかは、認知機能だけでは測れません。長く安全運転を続けられる人に共通しているのは、悪い癖を自覚し、それを修正できることです。
加えて、自分の運転能力に合わせた「自主規制」が行えるかどうかも大切なポイントとなります。

■「夜間運転をやめる」が運転可能期間を延ばす
高齢運転者の多くは「できるだけ長く運転を続けたい」と考えています。その一方で、自分の運転を見直し、無理のない範囲で運転する工夫もすでに行われています。
たとえば、運転する時間帯や天候、体調などを考えながら、「今日は運転するかどうか」を自分で判断することです。こうした行動は「自主規制」と呼ばれますが、決して消極的なものではなく、安全に運転を続けるための前向きな工夫といえます。
では、実際にどのような自主規制が行われているのでしょうか。
その一つが「運転する時間帯の調整」です。図表3は、年齢別に事故が多く発生している時間帯を示したものです。これを見ると、65歳未満では18~21時の夕方から夜にかけて事故が最も多くなっています。一方で、75歳以上では9~12時の昼前の時間帯が最も多くなっています。
さらに注目すべきは、夕方以降の事故の割合です。
65歳未満では18~21時が約22.6%と高いのに対し、75歳以上では約11.5%と半分程度にとどまっています。21時以降の夜間でも、同様の傾向があります。

このことから、高齢ドライバーは暗くなる時間帯や夜間の運転を控える傾向があることがわかります。
これはまさに、自主規制が実際の行動として表れている例といえるでしょう。
一方で、9~12時の時間帯に75歳以上の事故が多いのは、その時間帯が日常の移動(買い物や通院など)で最も利用されているためと考えられます。
つまり、高齢ドライバーは「危険が高い時間を避ける」「必要な時間に限定して運転する」という形で、無理のない運転を実践しているのです。
■「40年運転してきた」は安全を証明しない
このように、運転の仕方を少し工夫するだけでも、事故のリスクは下げることができます。
運転をやめるか続けるかの二択ではなく、「どのように運転するか」を見直すことが、運転期間を延ばすための大切なポイントになります。
高齢になっても安全に運転できる人は、自分の運転能力や認知機能を正しく把握したうえで、その能力に合わせて自主規制を行える人だといえます。さらにいえば、自分の運転能力を過信せず、リスクヘッジとして安全機能付きの車に乗り換えることも大切です。
逆に言えば、「私は何十年も無事故で運転してきた。だから今のままで安全運転ができるはず」と、自身の運転やその癖を省みることなく運転しつづけている人には、黄色信号が点滅しています。
同じ道でも、通い慣れた時間帯でも、交通状況は時々刻々と変化しています。毎日、交通に関する“応用問題”を解いているようなものともいえます。

できる限り長く運転を続けたいのならば、加齢に合わせて変わっていく柔軟性を持つことが大切ではないでしょうか。
少しでも運転期間を延ばすことができる人は、「運転が上手な人」ではありません。自分の変化を受け入れ、その変化に合わせて運転を変えられる人なのです。
そして、「運転期間の延伸は健康から!」を合言葉に、運転に関わる心身の機能低下が生じないように、いわゆる生活習慣病を防ぐための健康行動も続け、ライフワークを究めていきましょう。

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堀川 悦夫(ほりかわ・えつお)

佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。医学博士、学術博士

東北大学医療技術短期大学部助教授として勤務するなか、東北大学医学部老年内科もの忘れ外来で神経心理学的検査等を担当。その後、文科省在外研究員およびミシガン大学客員研究員として認知症、易転倒性、自動車運転等の研究を行う。帰国後、東北大学医学部助教授を経て、2004年から佐賀大学医学部認知神経心理学分野教授として赴任した後、同附属病院動作解析・移動支援開発センター長として3次元歩行解析と運転可否判断などの臨床研究データベース構築を行う。2017年から公益財団法人交通事故総合分析センター客員研究員、2019年から同特別研究員として交通事故ビッグデータ解析を行う。2020年4月から福岡国際医療福祉大学医療学部教授、ならびに佐賀大学医学部脳神経内科客員研究員として臨床研究に従事。現在は複数の病院で、もの忘れ外来や運転可否判断、運転リハビリテーションを担当している。公認心理師、臨床心理士、DRS(ADED:米国運転リハビリテーション協会基礎資格)、10代後半から20代前半にかけて長距離トラック運転手経験を有する。


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(佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。医学博士、学術博士 堀川 悦夫)
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