東京・秋葉原が様変わりしている。駅前の歩道には派手な衣装の女性たちが並び、客引きの声が飛び交う。
ジャーナリストの肥沼和之さんは「オタクの聖地と呼ばれた秋葉原は、いま“歌舞伎町化”が進んでいる。メイド喫茶の代わりに、ガールズバーのようなコンセプトカフェが乱立するようになった。背景には秋葉原の街の特性がある」という――。(後編)
■家電バブルの崩壊からパソコンの街へ
秋葉原といえば、多くの人が「萌え・オタクの街」を連想するのではないか。だが近年、街の象徴だったメイドカフェの数が減り、ガールズバーのような業態の「コンセプトカフェ」が増加している。筆者も取材のために秋葉原に通ったが、客引きをするキャスト、たくさんの観光客、路上に捨てられたゴミなどを見て、まるで歌舞伎町のようだと感じた。
萌えやオタク文化は本当に失われてしまったのか。秋葉原はこれから、どうなっていくのか。2009年から秋葉原の研究や街づくりを行っている、デジタルハリウッド大学の梅本克(まさる)教授に話を聞いた。
秋葉原が戦後、電気街として栄えたことは、広く知られているだろう。その後、2000年前後からアニメ、漫画、フィギュアなどのサブカルや、メイドカフェに代表される「萌え」の街に変わっていった。
だが、そこに至るまで、何度も街の危機があり、そのたびに再生と変容を繰り返してきたのが秋葉原だと梅本教授は説明する。

「1989年ころ、郊外型の大型量販店の台頭などによって、それまで強かった家電の売れ行きが急速に落ち込む『家電バブル崩壊』があったんです。街の人たちが困っているときにコンピューターが出てきて、1994年には家電の売り上げを上回った。1995年にウィンドウズ95が発売されると、街が一気に盛り上がり、これからはパソコンの街だという機運が高まっていきました」
■エヴァとAKB48で「オタク」「萌え」の聖地に
だが、パソコンブームはすぐ下火になってしまう。街の人たちがまた弱り果てたときに現れたのが、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』。1996~97年ころに社会現象になり、秋葉原で同作のフィギュアが売れ、「アニメ」「フィギュア」の街として多くのファンが訪れた。
2000年代にはメイドカフェが続々と誕生。ネット掲示板「2ちゃんねる」から誕生した、オタクが主人公の『電車男』は映画化もされた。歩行者天国ではコスプレをした人たちによるパフォーマンスや撮影会が行われ、AKB48の躍進もあってアイドル劇場が続々とできるなど、秋葉原の「萌え」「サブカル」「オタク」文化が醸成されていったのだ。
危機と再生はまだ続く。2008年6月8日、歩行者天国に男がトラックで突っ込み、ナイフで人々を襲って7人が死亡するという事件が起きた。梅本さんは当時を、「本当にリセットされた感じ」と振り返る。
「あの事件があって、歩行者天国が無くなって、その直後から秋葉原の活気も一気に失われてしまったんです。
人々の価値観も大きく変わって、とにかく安心・安全が最優先。そのうえで、いかに活気を取り戻すか。秋葉原の事業者や住民の皆さんも歩行者天国を再開することを目標にしていたのですが、結局2011年までかかりましたね」
■コロナ禍でコンカフェが台頭できたワケ
だが歩行者天国が再会した直後、東日本大震災が発生。秋葉原には2000年代後半から、インバウンドがたくさん訪れていたが、一気に姿が消えたという。大きなバスに乗ってきて、家電や化粧品などを爆買いしていた中国人の団体もいなくなった。
それでも秋葉原は蘇る。メイドカフェの客数や、アニメグッズの売れ行きが急増したのだ。その理由として、震災のショックや不安を抱えた人々が、「心の癒やし」を求めたのだと梅本さんは分析する。
この予想外のニーズを受けて、秋葉原の免税店や家電屋も一斉にアニメグッズを取り扱い始め、にぎわいが戻ったのだった。
そしていよいよ、コンカフェが大量に出店するフェーズがやって来る。コンカフェはすでに2010年代には秋葉原にあったが、目に見えて増えたのはコロナ渦だと梅本さん。
「コロナのとき、ほかの繁華街の夜の店を経営する資本が一気に秋葉原に来た、という話が当時はあったんです。
当時、お酒の提供は19時までという東京都からの要請があり、通常の酒場は経営が成り立たない。そこで、建前上は『カフェ』として深夜営業を行い、中身は酒場のように営業してお酒を提供しているのではないか、と言われていました。コンカフェが急増した背景には、当時の営業自粛要請の隙間を突いた動きがあったのではないかと見られていたわけです」
■秋葉原が“歌舞伎町化”するのはなぜか
梅本さんの話を聞きながら、自分の浅薄さを恥じた。本稿を執筆する出発点は、「オタク・萌えの街」が「歌舞伎町のような街」になった背景を知りたい、という思いだった。
筆者の仮説はこうだった。再開発による地価高騰、インバウンド政策による観光客の増加などさまざまな要因があり、秋葉原の賃貸物件の家賃が上がった。またECの普及により、オンラインで買い物をする人が増えた。
すると、客単価が低いメイドカフェや、小売店の経営が厳しくなる。そこで、キャストドリンクやシャンパンで高単価が見込め、メイド文化も含まれる「コンセプトカフェ」が増えた、というものだ。
梅本さんにぶつけたところ、「確かにそれもある」との回答だったが、筆者の推論である「それ」は要因のごく一部。
梅本さんがこれまで説明してくださったように、秋葉原という地域や人々、ひいては日本全体の情勢、それは経済、政治、社会問題、事件、災害、トレンドや文化などあらゆるものの影響が重層的に絡み合い、そのたびに消費者のニーズが変化し、適応するために、街はまるで生き物のように変容してきたのだ。
■ルール整備をしても違法な客引きが横行
コンカフェに話を戻す。
コンカフェの店舗数は、梅本さんが数えたところ、2021年には200を超えていたという。あるコンカフェが違法営業のため摘発されたと思ったら、店名を変えてまた出店している、という事態も相次いだ。
この状況を問題視した地域の企業やNPOが、千代田区や万世警察署と連携して、「秋葉原コンセプトショップ協会」を設立。「店外での客引きは1店舗につき1名まで」「適性な料金設定や明朗な料金表示をする」「反社会勢力とは関わらない」などのルールを設け、入会した店は協会の公認、つまり「安心して楽しめる店」として周知する状況をつくったのだ。
最初は入会を希望する店舗が多く、健全化への確かな一歩となった。しかし、客引きの横行には非加盟店の存在など様々な背景があり、ルールの徹底にはまだ課題も残されているという。
梅本さんは、「客引きの根絶には複合的なアプローチが必要ですが、地域の企業や行政が一体となったこの協会の試みは非常に意義深いものです。今後は協会や公認店の認知度をさらに高め、加盟するメリットを大きくしていくことがカギになります。地道に奮闘を続けるこの取り組みを、地域全体でしっかりと応援し、育てていくことが重要ですね」と、今後の期待と支援の必要性を強調した。
■お金を使うだけの推し活は続かない
では今後、秋葉原の景色を一変させたコンカフェは、どうなっていくだろうか? 梅本さんは、「推し活」を引き合いに出してこう話す。
「いろいろな推し活があって、お金を使う人がいれば、二次創作などの同人活動をする人もいます。秋葉原において、後者のような人たちは残ると思うのですが、単に消費をしているだけの人はいずれ違う対象物を見つけるのではないかと。
コンカフェでは、あるキャストにお金を使っていた人が、ほかに対象を見つけると、そっちに移って終わってしまう。今、コンカフェは過剰に多いですが、やがてブームは終わり、でも無くなりはせずに、均衡点が出てくるかなと思いますね」
客引きをするキャストの数が表している、コンカフェの隆盛とレッドオーシャン。街の景色はこれから、どう変わっていくのだろうか。
秋葉原の治安はどうだろう。一部報道やSNSでは、「治安悪化」「ぼったくり」「スラム街」「半グレ」など過激な言葉が散見していたことを伝えたが、梅本さんは笑顔で首を振る。
「治安が悪くなったと言われますが、単純に悪化したというよりは、時代によって違法の種類やトラブルの形が変わっているのだと思います。昔から秋葉原は混沌としていて、多様な文化や人々を受け入れる非常に高い『許容性』がある街です。だからこそ、その寛容さに付け込む形で、一定割合で悪意を持ったものやトラブルが流入してしまうという側面が昔からありました。
建物や路上でいえば、過去にはマジコンというゲームソフトを不正コピーできる機器や海賊版の流通、外国人の窃盗グループの問題、あるいはオウム真理教に関わるパソコンショップが存在した時期もありました。昔からそうした一部の違法な側面はありましたが、街全体の治安が急激に悪化したというイメージはありません。許容性がある街だからこそ、それに便乗する悪い動きが入ってきてしまうというのは、昔から見られた傾向かもしれませんね」
■変わりゆく秋葉原、変わらない“趣味の街”の本質
なるほど、確かに……という見解である。「違法客引き」「違法店を摘発」などの情報が、SNSによって多くの人に届くようになった。
また、「萌え・オタクの街」というイメージとのギャップもあり、最近になって急に治安が悪くなったのだと、筆者も含め一部の人々が思い込んでいたのかもしれない。
では、秋葉原はこれからどうなるか。電気街、パソコン、アニメ、フィギュア、萌え、サブカルなど、同地のトレンドや文化はさまざまな変遷を遂げてきた。だが、そこには昔も今も変わらない営みがあると梅本さん。それは、「つくる」「繋がる」「意味づける」の3つだという。
「つくる」「繋がる」について、こう話す。
「例えば電子部品屋さんに行って、ラジオを作りたいと店主に相談すると、いろいろ教えてくれますよね。さらに常連さんが『この部品はいいよ』と勧めてくれることも。趣味がきっかけで、趣味縁という繋がりができるんです」
■秋葉原らしさを次世代にどう残すか
「意味づける」は、世界でも日本人が特に秀でている能力だと梅本さん。対象を単なる物事としてではなく、何かしらの価値や特別なものだという思いを投影し、感情移入する。結果的に大切にする。
その「意味づけ」は、秋葉原に根付いているACG文化(アニメ・コミック・ゲーム)と、非常に親和性が高いという。そして「つくる」「繋がる」と連動し、秋葉原の文化を築き、連綿と受け継いできたのだ。
「この3つを、秋葉原に集まる人たちが繰り返してきて、幾重もの層になって、『秋葉原らしさ』ができていると思うんです。
ときどき大きな出来事があり、価値観が変わってしまっても、『つくる』『繋がる』『意味づける』を継続していけば、秋葉原らしさは残るのではないでしょうか。
これからも『秋葉原クラスター』が、この3つを継続できるよう、行政や地域の人々と一緒に工夫していきたいですね」
街は、生きている。時代や出来事によって、姿を変えている。そして現在があり、刻々とまた変容していくのだと、梅本さんの話を聞いて改めて実感した。取材を通じて秋葉原クラスターになった筆者も、今後もこの街を楽しみ、見守っていきたいと思う。

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肥沼 和之(こえぬま・かずゆき)

ジャーナリスト

1980年東京生まれ。大学中退後、広告代理店勤務を経てフリーのジャーナリストに。社会問題や人物ルポ、歌舞伎町や夜の街を題材に執筆。陽が当たりづらい世界・偏見を持たれやすい世界で生きる人々や、そこで生じている問題に着目した記事を書くことを使命としている。著書に『炎上系ユーチューバー 過激動画が生み出すカネと信者』(幻冬舎新書)など。新宿ゴールデン街「プチ文壇バー月に吠える」、四谷荒木町「ブックバーひらづみ」の店主でもある。

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(ジャーナリスト 肥沼 和之)
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