■またも阻まれたフォルクスワーゲンのリストラ
ドイツ最大であり、世界でも一、二を争う自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(以下VW社)のリストラがなかなか進まない。業績の悪化を踏まえ、VW社は7月9日に監査役会を開き、2030年に向けた中期の経営計画を協議した。
モデル数の半減などで生産台数の10%減を目指す内容だが、一方、雇用整理への言及は避けられた。
リストラの本丸は寧ろ世界で10万人規模とも報じられた雇用整理だったわけだが、労組がこれに大反発したため、経営はこれを撤回した。2024年にも同様の事態が生じており、それに続いて経営が労組に譲歩を迫られた形となった。生き残りのためのリストラをしようにもできないVW社の姿は、まるでドイツ経済そのものの姿と言える。
VW社の経営は確かに厳しく、2025年のグループ全体の総資本利益率は1.1%と、トヨタの4.0%(ただし会計年度)に比べると大いに見劣りする。VW社の不振は複合的な要因によるものだが、大きな理由の1つに、中国市場での販売不振がある。これまでVW社にとってキャッシュカウだった中国市場で、VW社はもう稼げないわけだ。
2020年代に入り、中国ではBYDなど電気自動車(EV)に強みを持つ民族系メーカーが急成長し、国内の自動車市場を席巻するに至っている。VW社の強みはあくまで旧来の内燃機関(ICE)車にあるため、中国市場で劣勢に立たされるに至った。さらに北米市場では、トヨタのハイブリッド車(HV)に市場を取られ、苦しい状況が続いていた。
加えて、国内でのコスト高がVW社の経営を苦しめた。2015年の最低賃金導入以降、ドイツでは国内の賃金コストは急増している。
さらに、ロシアとの関係の断絶に伴うエネルギー高も深刻である。経営を立て直すためには収益と費用の両面でリストラが必至であるにもかかわらず、VW社はそれを進めることができない状況に陥っている。
■雇用の流動化を回避してきたツケ
ここで、この20年間におけるドイツの景気と雇用の関係を、散布図を用いて確認してみたい(図表1)。基本的に好景気であれば雇用は増加(第一象限)し、不景気であれば雇用は減少(第三象限)する。しかしコロナショック後、具体的には2023年と2024年の2年間だけ、マイナス成長にもかかわらず雇用が増加(第二象限)している。
2023年から2024年の2年間で、ドイツ全体の雇用者数は35.8万人増加している(図表2)。ただし産業別に見ると、製造業は7.3万人、建設業は2.9万人、農林水産業は1.2万人の雇用が失われている。つまり全体の雇用者数の増加を牽引したのはサービス業であり、その中でも医療や介護、教育など公共サービス分野が堅調である。
戦後のベビーブーマー世代が相次いでリタイアしたことで、ドイツでも他国と同様、構造的な人手不足が生じている。一方、競争力を失った製造業では雇用の余剰が、また少子高齢化の波を受けた公共サービス分野では雇用の不足が意識されている。仮に雇用が流動的ならば、産業ごとに生じている労働需要の過不足を調整できるわけだ。
もちろん、現実の世界はこう単純ではないから、産業ごとの労働需要の過不足など簡単には調整できない。
だからといって、労働市場を可能な限りこのような方向にもっていかないことには、慢性的な人手不足の問題は改善しないし、経済のコスト高も解消されない。雇用者に配慮して労働市場改革をどう進めるかが政府の本来の腕の見せどころだ。
しかし、今のドイツ政府にそれを期待することは難しい。フリードリヒ・メルツ首相が率いる与党のキリスト教民主同盟(CDU)の支持率は、大連立を組むライバル政党の社会民主党(SPD)と同様に低迷が続いている。またCDUが雇用を流動化させようとしてもSPDがそれを阻む関係にあるため、労働市場改革など進みようがない。
■右派政権ができても難しい雇用の流動化
他方で、支持率調査で首位を走る右派の「ドイツのための選択肢」(AfD)が政権を取った場合はどうだろうか。例えばエネルギーコストの問題に関しては、AfDが政権を取った場合、ロシアとの関係が改善し、ある程度の“揺り戻し”が生じるかもしれない。AfDはロシアとの関係改善を主張し、ロシアもまたAfDを重視しているためだ。
例えばAfDのマルクス・フロンマイヤー議員は、ドイツの企業団らと6月3日から6日にかけてロシアの古都サンクトペテルブルクで開催された国際経済会議に出席している。その場で、ロシア最大の国営ガス会社であるガスプロムの経営陣と会談を行い、両国を結ぶパイプライン・ノルドストリームの再開について協議をしたところだ。
こうしたAfDが政権を取れば、ロシア産の天然ガスの再輸入への道が開けるかもしれない。しかしAfDは、政治的には右派でも経済的には左派色が濃い。
つまりAfDは、もともとは旧東ドイツの後発地帯で支持を広げてきた政党だ。後発地帯である旧東ドイツの国民の利益を代弁する以上、被用者よりも雇用者の権利を重視する傾向が強い。
つまり、仮にCDUとAfDによる右派連立が発足したとしても、雇用の流動化は望みにくい。SPDを中心に緑の党や左翼党などが合流した左派連立が発足すれば、それはなおさらのことだ。相当な決意が政治と国民の中でなされない限り、ドイツで雇用の流動化が進むことは期待できず、ゆえに経済の高コスト化も改善が見込み難くなる。
ドイツの国際競争力の改善を考えた場合、エネルギーコストの問題は確かに大きい。しかしエネルギーコストの問題は、一方で省エネを通じた体質の改善に貢献する側面もある。そう考えると、その改善が政治的に容易ならざるという点も含めた場合、労働コストの問題の方が、ドイツ経済に与える悪影響は深刻だと言っていいのではないか。
■防衛産業への注力は可能か
そもそもメルツ首相は、オラフ・ショルツ前首相が率いた左派連立政権の下で進んだドイツ経済の高コスト化の改善を強く訴えていた。欧州連合(EU)による産業への過剰規制にも批判的だったが、結局のところ、VW社のリストラが阻まれた現実が物語るように、ドイツ経済の高コスト化の改善を促すような政策に取り組めていない。
他方で、時代の要請もあり、メルツ首相は防衛産業に巨額の資金を割り当て、その支援を強める姿勢を強めている。閣議決定された2027年度の予算案でも、防衛費は1097億ユーロと前年から270億ユーロの増額を見込み、予算総額に占める割合も21%と19%から上昇する。
ただしこうした“軍需”は強いクラウディングアウト効果を持つ。
つまりヒト・モノ・カネの制約が厳しい中で軍需が膨張すれば、民需向けのモノやサービスの生産が圧迫され、インフレが加速し、経済の高コスト化に拍車がかかる。VW社のみならずドイツには輸出企業が多いため、軍需向けのモノやサービスの増産で得るものよりも、民需向けのモノやサービスの減産で失うものの方が大きいかもしれない。
このように整理すると、VW社の苦境もさることながら、ドイツ経済そのものが厳しい状況であることがよく分かる。一方、日本をはじめとする先進国は、程度の差はあれ似たような問題を抱えている。言い換えると、困難ではありつつもこうした課題にいち早く対峙する国こそ、今後のグローバル経済を優位に先に立つことができるのだろう。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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