大空翼は本当に「司令塔」なのか? 東京理科大学の研究チームが、漫画『キャプテン翼』の試合シーンから“パス”という目に見えない動きを一つ一つ記録して可視化。構築したパスネットワークとトライアド分析で、『キャプテン翼』の“見えない戦略”を数字と図で明らかにし、漫画の物語を新しい角度から照らし出す。

(文=秋山仁志、片岡駿太、田畑耕治[東京理科大学]、漫画カット使用=Ⓒ高橋陽一/集英社)

もしキャプテン翼の試合をデータと統計で分析したら…

『キャプテン翼』は、1981年に連載が始まった日本のサッカー漫画であり、世界中のサッカーファンに愛されてきた名作です。主人公・大空翼が「ボールはともだち」という信念のもと、仲間とともに数々の強敵と戦いながら世界を目指す物語は、日本国内にとどまらず、海外でも大きな影響を与えました。

実際、スペインのアンドレス・イニエスタ選手やフランスのジネディーヌ・ジダン選手、アルゼンチンのリオネル・メッシ選手など、世界のトッププレーヤーたちが『キャプテン翼』から影響を受けたと語っています。翼くんのひたむきな姿勢や、必殺シュートの数々、そして感動的なチームプレーの数々は、サッカーそのものの魅力を伝える作品として、今もなお多くの国で読み継がれています。

そして今、FIFAワールドカップ2026の開催を目前に控え、サッカーへの関心が世界的に高まる中で、私たちはある問いを立てました。

「もし『キャプテン翼』の試合を、データと統計で分析したら、どんな世界が見えるのだろう?」

このプロジェクトでは、漫画に描かれた試合のパスやプレーを丁寧に読み取り、「誰が誰にパスを出したのか」という情報をもとに、パスネットワークを構築しました。そしてその分析には、近年注目されているトライアド分析(triad census analysis)という手法を用いています。

この手法は、2023年にLucio Palazzoらによって発表された研究論文で提案され、ヨーロッパの強豪クラブの戦術的特徴を明らかにする分析として注目されました。また、2024 年には稲田樹らがJリーグのデータにこの手法を応用し、チームのプレースタイルを可視化した報告書も発表されています。

本稿では、こうした実際の研究に基づく分析手法をフィクションの世界――『キャプテン翼』に適用し、漫画の中に隠されたプレースタイルや選手同士の連携を“データで可視化”する試みを行いました。

「統計学」と聞くと難しそうに感じるかもしれませんが、本記事では高校生や一般の方にもわかりやすく、データを通して漫画を新しい視点で楽しむ方法をご紹介します。データの中に見えてくる「翼くんの活躍」や「名試合の裏側」に、きっと驚きがあるはずです。さあ、データとともに、『キャプテン翼』の世界を読み解いていきましょう。

パスデータって何? ~ボールは語る~

サッカーの試合をデータで分析するとき、もっとも基本となるのが「パスデータ」です。簡単に言えば、誰が誰にボールをパスしたかという記録のことです。リアルなプロの試合では、選手全員の位置やボールの動きがセンサーやカメラで細かく記録されています。でも今回は、『キャプテン翼』という漫画の世界が舞台。センサーも、動画もありません。頼れるのはただ一つ、漫画のコマです。

■「パスの記録」を、どうやって数えるの?

まず行ったのは、漫画の試合シーンをすべて読み返すことです。誰がボールを持っていて、どの選手に渡したのか。一つひとつのパスをコマ単位で丁寧に確認しながら、「出し手」と「受け手」を特定していきました。とはいえ、これがなかなか大変です。

・コマが小さくて顔が見えない
・後ろ姿で誰だかわからない
・髪型や口元が似ているキャラが多い
・「ボールが空中に浮いているだけ」の場面

などなど、こういった状況では、パスの出し手や受け手が一目では判断できません(例えば、[図1])。

大空翼は本当に「司令塔」なのか? データで読み解く、名場面の裏側[統計学×『キャプテン翼』]
[図1]判断が難しい例:背番号、髪型、周囲のセリフがヒントに(漫画カット使用=Ⓒ高橋陽一/集英社)

そこで私たちは、以下のような工夫を重ねました(選手を見分ける「名探偵的」アプローチ)。

・髪型やシルエット(例:岸田猛くんの左流れの髪)
・顔の特徴(例:長野洋くんは歯が見えない)
・吹き出しのセリフ(例:「岬先輩!」と呼ぶ=沢田タケシくん)
・次のコマの内容(例:誰がボールを受けているか)
・周辺の状況説明や実況のセリフ

こうしたヒントをもとに、複数人で「これはXXくんだよね?」と確認し合いながら、できる限り正確に選手を特定しました。

例えば、[図2]は、翼くんと岬太郎くんのツインシュート場面です。このシュートは、見事にゴールします。そして、このツインシュートに限りアシストが岬くん、ゴールが翼くんと文章から読み取れる大変に貴重なシーンです。

大空翼は本当に「司令塔」なのか? データで読み解く、名場面の裏側[統計学×『キャプテン翼』]
[図2]ツインシュートの場面:唯一、アシストとゴールが判断できるシーン(漫画カット使用=Ⓒ高橋陽一/集英社)

『キャプテン翼』には、パスの動きを描いていないコマも多くあります。そんなときは、次のコマで誰がボールを持っているかを手がかりに、「あ、これはこの人にパスが通ったんだな」と判断しました。例えるなら、ミステリー小説のように描かれていない部分を推理するわけです。もちろん、あまりにコマの間が離れていたり、競り合いの描写がある場合は、その判断を見送ることもありました。どうしてもわからない場面は「計測不能」としてデータから除外しましたが、逆に言えば、「わかるパス」にはかなりの自信があるということです。

このようにして、漫画の中の“見えないパス”を、データとして見える形にしたのが、今回のパスデータです。ただのセリフや構図の連続だったはずのコマが、「パスの流れ」としてつながった瞬間――まさに、ボールが語りだしたのです。次の章では、こうして集めたデータをどのように分析したか、そしてそこからどんな“戦術の形”が見えてきたのかをご紹介します。

翼くんはどれだけパスを受けている? ~パスネットワーク分析~

『キャプテン翼』の世界では、「ボールはともだち」という言葉通り、ボールが選手たちの間を絶え間なく行き来します。

そんな中でも、ある選手がひときわ多くのパスを受け取り、試合の中心に立っていることが、データから明らかになりました。そう、大空翼くんです。

■パスネットワークって何?

サッカーの分析でよく使われる手法の一つに「パスネットワーク」があります。これは、選手同士のパスのやりとりを、点と線で表現した図です。選手一人ひとりを「点(ノード)」、パスを「線(エッジ)」として描き、パスの本数が多いほど線が太くなるようにしています。このパスネットワークを使えば、誰がチームの中でよくボールを持ち、どんな選手どうしがよくつながっていたかが、一目でわかるのです。(※1)

(※1)知っておきたい! パスネットワークの見方

・点(ノード):選手を表す
・線(エッジ):パスを表す(矢印は、出し手→受け手の方向)
・線の太さ:パスの回数(太いほどたくさん)

例えば、次の[図3]を見てください。[図3]では、翼くんを中心に、岬くんや浦辺反次くんなどからのパスが太い線で示されています。つまり、チーム全体が“翼くんにボールを集めている”ことが、視覚的にわかるのです。(※2)

(※2)今回の解析では、選手交代が行われた場合でも先発の選手名のまま解析に利用しています。

また、翼くん自身も何本かのパスを出していることが確認できますが、全体としては「受ける」側に回ることが多いという傾向が見えてきました。

大空翼は本当に「司令塔」なのか? データで読み解く、名場面の裏側[統計学×『キャプテン翼』]
[図3]南葛SC×明和FC戦におけるパスネットワーク:明和との決勝戦。
翼くんがチームの中央に位置し、岬くんや他の仲間たちからのパスが集中している様子がうかがえる

■フォワードなのに司令塔? 翼くんの役割を分析

翼くんは本来、フォワードという“ゴールを狙う”ポジションの選手です。ところが、パスネットワークを分析すると、彼は「点取り屋」だけでなく、「ゲームメイカー」や「中継役」としての役割も果たしていることがわかります。

例えば、小学生編の南葛SC対明和戦では岬くんから翼くんへのパスが非常に多く、その逆――翼くんから岬くんへのパスは意外にも少なめです。これは、岬くんが組み立てを担当し、翼くんがフィニッシュに関わる、という役割分担がはっきりと現れています。

一方で、もう一つの注目すべき試合がこちらです。ジュニアユース編の西ドイツ戦(図4)では、パスの総数自体が減少していますが、それでも翼くんは依然として“中継役”のようなポジションにいます。特に注目なのが、ゴールキーパーの若林源三くんからのパスが何本も翼くんにつながっている点です。これは、守備から一気に攻撃に転じる“縦への速い展開”を象徴しているとも言えるでしょう。

大空翼は本当に「司令塔」なのか? データで読み解く、名場面の裏側[統計学×『キャプテン翼』]
図4: 日本×西ドイツ戦におけるパスネットワーク:西ドイツとの最終戦では、キーパー若林くんからのロングパスを翼くんが受け取る場面が多く、守備から攻撃への切り替えを担っていたことが見てとれる

■翼くんの「見えない役割」まで見えてくる

パスネットワークには、数字だけでは見えてこない“選手の立ち位置”や“役割”が浮かび上がってきます。

・翼くんはボールを「受ける」数が圧倒的に多い
・チーム全体が彼にボールを集めている
・試合ごとに役割を柔軟に変えている(司令塔/フィニッシャー)

これらは、漫画を読んでいたときには「なんとなくそう感じた」ことだったかもしれません。しかし、データと図によって、その「感覚」が「証拠」に変わったのです。

連載後編では、さらに深掘りして、「3 人の選手どうしのパス関係」に注目した“トライアド分析”という手法をご紹介します。

ここからは、チームプレーの構造そのものが見えてきますよ。

(本記事は「Jxiv」から一部転載)

<了>

■参考文献
・高橋陽一. (1982-). キャプテン翼(全37 巻). 集英社.
・Palazzo, L., Ievoli, R., Ragozini, G. (2023). Testing styles of play using triad census distribution: an application to men’s football. Journal of Quantitative Analysis in Sports, 19(2), 125–151. ・稲田樹, 江頭健斗, 山口光, 河原弘幸, 山田凌大, 田畑耕治. (2024). トライアドに基づくJ リーグチームの戦術的特徴の比較と可視化. SDSC2024 研究報告集, 228–231.

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