前作『WHITE』からは、およそ4年半ぶり。
アルバム・タイトルとなっている「0(ゼロ)」は、「何もない」という意味ではなく「ゼロがある」状態のことを指すという。プラスでもマイナスでもなく「フラット=ゼロ」の状態に立ち返った志帆は、そこで何を掴み取り、この素晴らしい傑作を生み出したのか。彼女の最近のライフスタイルを紐解きながら、アルバム『0』の核心に迫った。
─まずはツアータイトル、そしてアルバムタイトルにもなっている『0』の由来についてお聞かせください。
志帆:アルバムのタイトルは、制作の後半くらいに決まりました。その時に出来上がっていた曲たちを並べてみると、どの歌詞も主人公が私以外の人物だったんです。これまで私が書いていたSuperflyの楽曲は、どれもエッセイ的というか、自分について歌ったものが殆どだったんですけど、今回は私の想像によって作り出された架空の物語。そういう意味ではエゴが入っていないんですよね。
─曲そのものを俯瞰しているところがあるというか。
志帆:そう。
─ご自身が「ゼロの状態」になれたのはどうしてでしょう?
志帆:思い返してみれば、お休みにはいる前は感情がプラスからマイナスへと常にグラグラ揺れ動いている状態でした(笑)。でも、お休みをいただいて自分の好きなことばかりやって過ごしていくうちに、その揺れが徐々に穏やかになっていくのを感じたんです。「あ、これがフラットな状態、自分らしくいられている状態なんだな」って。
肩書きとか一旦全てなくなったのも大きかったと思います。そのうちに「曲を作りたい」「歌を歌いたい」という気持ちが自然と湧き出てきて。そこから生まれたものこそ、自分にとって本質の作品じゃないかと思ったんですよね。アルバムの制作が本格的に始まったのはそこからでした。
曲作りの背景にあった「物語の力」とは?
─自分を主人公として設定せず「架空の物語」を作り上げても、そこには志帆さんの歌いたいこと、言いたいことが反映されていると思いますか?
志帆:登場人物の「目」を通して世の中を見ている気はします。誰の目を借りるかによって、見ている視点が変わるというか。
─志帆さんの個人的な思いやメッセージが、「物語」という形を取ることで普遍性を獲得しているのかもしれないですね。だからこそ、聴き手は自分の立場で自由に解釈し想像力を投影させられる。
志帆:おっしゃる通り、まず何かしら自分の中にグサっとくる出来事があって、「この気持ちを曲にしたい」となった時に物語の力を借りたのでしょうね。そこが、Superflyの他のアルバムとの大きな違いだと思います。
─プレスリリースを読むと、「お休みして、旅行をしたり、本を読んだり、好きなことしながらリラックスして過ごしている間に、自分の気持ちがゼロになっていく感覚を味わった」ともありました。何か心に残った作品はありましたか?
志帆:パッと思いつくのは、小川糸さんの『ツバキ文具店』でした。この小説の主人公は、鎌倉で小さなツバキ文具店を営みながら手紙の代書を請け負う仕事をしていて。様々な依頼人に憑依して手紙を書くんですけど、便箋や封筒選びから字体まで「この人だったらこんな感じかな」と想像しながら変えていくんです。なんかそれって、今回の私の曲作りに近いかもしれないなって(笑)。それに、とにかく描写が美しいんですよ。
─読む本は小説が多いですか?
志帆:気持ちに余裕がある時はそうですね。小説を読む行為って、誰かのお話を聞いているのと似ている気がします。他にもエッセイから自己啓発本まで(笑)、気になった本はどんなジャンルでも手に取ってみます。
─ひょっとしたら今作は、インドの思想や哲学が根底に流れているのかなと思ったんですよ。というのも、「ゼロ」の概念を発見したのはインド人だし、シタールをフィーチャーした曲(「フレア」)や、瞑想がテーマの曲(「覚醒」)があったりするし。
志帆:おお、なるほど(笑)。確かに、いろんなことを考えるのは好きですね。スピリチュアルなこととか調べるのも楽しいですし(笑)。小さい頃は「人はなぜ生きているのか?」ということをずっと考えていたし、存在意義みたいなものを追求したくなる性格なんですよね。家族はみんなカラッとした人たちだから、きっと「変な子だな」と思われていたかもしれないですけど(笑)。
─哲学や思想って、個人的には児童文学やファンタジー、SFとも結構近いところにあるのかなと思っています。
志帆:あ、SFはお休み中によく観ていましたね。今までSFって「ちょっと怖いな」と思っていたんです。話が壮大過ぎるし「火星に独りきり」とか辛いなって(笑)。苦手意識があったんですけど、時間が余り過ぎていたので『スター・ウォーズ』を何回も観ました。これも人間ドラマなんだな、親と子の物語なのだなって。
─『スター・ウォーズ』の原作者ジョージ・ルーカスは、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの著書『千の顔をもつ英雄』を読み、スター・ウォーズシリーズに神話性を取り入れたと言われていますよね。
志帆:いろんな作品の要素が含まれていて、奥が深いなと思いました。自分が物語を作っていく上でも、すごく励みになったというか。『スター・ウォーズ』のエピソードを観ながら「私だったら、ここをもう少し掘り下げたいなあ」なんて思ったりして。
─分かります(笑)。
志帆:そうそう! ファン同士で語り合う気持ちがすごくよく分かりました(笑)。
「古着屋さんはパワースポット」
─ライフスタイルの部分では変化はありましたか? 例えば髪を切ったことで、選ぶ服のテイストも変わってくるとか。
志帆:基本的なスタイルはそんなに変わってないけど、昔から好きだったビンテージの服がさらに好きになっちゃいましたね。もう「布集め」が止まらない!(笑)。家の中に、自分の好きなものがどんどん集まっていくのが今は楽しくて仕方ないです。
何かに対して「好き」って思えることがすごく気持ちいい。お洋服だけじゃなくて、変なオブジェとか(笑)。「あ、これ可愛い」って思う気持ちって何なんだろう?なんて考えたりして。
─ビンテージの服を選ぶのって、ある意味「宝探し」みたいなところがありませんか? それこそ玉石混交の山から自分が気に入ったものを見つけ出すにはセンスが必要だし、それこそ自分と向き合う作業というか。「自分は何が好きなんだろう?」「何に心を動かされるのか?」ということを考えざるを得ないと思うんです。
志帆:そうなんですよ。
─「古着屋さんはパワースポット」って素敵ですね。志帆さんが好きな古着のテイストは?
志帆:好きなのは70年代後半なのかなと思っています。洗練されてるし、80年代の手前だから少し奇抜なデザインもある。結構いい状態のものが残っていることが多い気がします。あ、でも 60年代の服も90年代の服もいいなあ……なんでも好きですね!(笑)。その服にまつわる物語にも惹かれるんですよ。誰かの手によって、今までずっと大切に守られてきたのかなって思うと、それだけで涙が出てくる(笑)。
─ここでも「物語」がキーになっていますね。志帆さんにとって、ファッションはどんな意味を持っていますか?
志帆:私がいつも着るのはカラフルなデザインだったり、奇抜なフォルムだったり……(笑)しかも、「背筋が伸びるファッション」が好きなんです。いわゆる「リラックスできる洋服」は苦手で、例えば今着ている服は全部古着ですけど、壊れやすかったり動きにくかったりすると、きちんとしていられるんですよね。もちろん、自宅に戻るとすぐスウェットに着替えますけど(笑)。そういう時の自分よりも、動きにくい古着を着ている時の方が好きなんですよね。着物とかと少し似ているのかもしれない。
─ああ、なるほど。
志帆:それと、洋服を見つけるという作業は「今までの自分へのご褒美」ではなく、これからその洋服と付き合っていく未来の自分のためのものだなって思います。時間をかけて選んだり、時間をかけてお手入れをしたりするのがとても楽しいですね。
「愛されたい」と思うのは本能
─今回のアルバムは、そんなふうに日々の暮らしを大切している中から生まれてきたのですね、だからこそ、楽曲に含まれているメッセージも押し付けがましくなくすんなり入ってくるのだと思います。
志帆:嬉しいです。
─例えば冒頭を飾る「Ambitious」は、「夢や憧れ、目標を持たなければ」という世間のプレッシャーに押しつぶされそうな人へ、別の視点を与える曲だと思いました。「Gifts」で歌われているのも、「みんな持っているものは一つじゃなくて、きっとたくさんあるんだよ」というメッセージですし、「選択肢を増やすことで、人は生きやすくなるのでは?」という問いかけなのかなと。
志帆:今の世の中って、情報が多すぎることで逆に窮屈になっているのかなと思います。それはSNSで顕著ですけど、人の感情が乗った情報が飛び交っていて、そこにいると間違いなくストレスがかかっているんですよね。しかも、そのことに気づかぬまま誰かと接することがすごく多い。自分を見失った状態で、悲しい思いやつらい思いをしているのだったら、もっとフラットになった方がいいのになって。それもきっと、自分がフラットになったからこそ見えてきた気がします。
─「Lily の祈り」は、「”愛されたい気持ち” をもっと肯定する曲を書きたい」という思いから生まれたそうですね。「人に愛されるためには、まず自分から人を愛さなければ」とはよく言われますけど。
志帆:私も今までそう思っていました。でも、小さい頃からずっと心の中がスースーしていて。きっとそれは寂しかったからだと思うんですよね。表面的には充実しているように見えていたかもしれないですけど、常に孤独感が拭えなかったし、それをぶつける先も分からずにいました。決して「愛されていなかった」わけじゃなかったんですけど。子供って愛されたいから「いい子でいよう」とするじゃないですか。それは今のちびっ子を見ていても思う。
─そうなんですね。
志帆:ある時、人と食事をしながらお花を見てたんです。お花って、ビビッドな色が多いじゃないですか。こういうものを人は美しいと思うのに、なぜ身に纏うものは真っ黒だったりするんだろう、みんな、もっとお花みたいにカラフルになればいいのに」って話してたんですね。そしたらその人が、「これは求愛だからね」って。「ミツバチに気付いてもらうために綺麗になろうとしているのだから」って言ったんですよね。
そうか、「もっと愛されたい」「もっとこっちを見てほしい」「大事にしてほしい」っていう気持ちが花にあるなら、人間だって思っていいじゃん!」って。その後、一木けいさんの『愛を知らない』という本に出会って、今のエピソードがその本のテーマとも繋がったような気がして。「愛されたい」と思うのは本能で、赤ちゃんだって愛されたいから泣くわけで。だとしたら、「愛すること」より「愛されること」の方が先だし、「愛されたい」という気持ちを肯定したいなって思ったんですよね。これは発見だ!と思って書いた曲が「Lily の祈り」でした。
─「氷に閉じこめて」のアレンジも素敵で、この曲のピアノはセロニアス・モンクにインスパイアされたそうですね。
志帆:お休み中はモンクをよく聴いていて、「なんて愉快なピアノを弾くんだろう」って思っていたんですよ。彼のピアノのタッチ、間の取り方がすごくツボだったので、そういうピアノが生きるアレンジにしてもらいました。雪山の先に遊園地があって、その中で流れているメリーゴーランドの曲というイメージです。間奏あたりで、ストリングスがザッザッザッとコードを刻むところがあるんですけどそこはアレンジャーの中田裕二さんに、雪が積もった道を踏み締めている音を表現してもらいました。
─「サンディ」はポッカサッポロ「キレートレモン」のCMソングとして書かれた曲で、「再出発」がテーマになっています。再出発って、出発よりも大変だと思うんですよね。
志帆:怖さを知っていますからね。倍以上の労力がいるのかも知れない。でも無理に再出発する必要もないし、何度でも失敗して、何度でも再出発すればいいと私は思うな。
─確かに。志帆さんは、常に変わり続けたいと思っていますか?
志帆:毎日生まれ変わりたいと思っていますね。とどまっているよりも、変わり続けた方が元気でいられる気がします。だって、毎日細胞は生まれ変わっているわけじゃないですか。それなのに、気持ちだけ過去のことに囚われているのは、なんだか居心地が悪いなって思うようになってきました。
─以前の志帆さんは過去に囚われていたこともありましたか?
志帆:以前はすごく過去に執着していたし、何年も前の出来事を「まだ解決してない」とか思って引きずっていました。でも、未来には進めるけど過去には決して戻れないじゃないですか。それだったら細胞と同じレベルで心も生まれ変わっていきたいですね。すべての物事は変わっていく。人との出会いも、ご縁もそうですよね。私と同じように相手も変わっていくのだから、意見が食い違ったりした時には無理に修復しようとしない方がいい気がします。
─おっしゃる通りだと僕も思います。関係を「前の状態に戻す」のではなく、今の二人にとってベストな関係を考えた方がお互いのためになりますよね。
志帆:そうなんですよ。例えば、ある一定の期間、すごく濃密な関係があって、でも、その先は違う関係へと変化していくことも、それぞれの運命じゃないですか。でも、そこで以前の関係性に執着しちゃっている人が多い気がする。そういうことが、私も以前は分からなかったんですけど、自分がフラットである状態を感覚的に掴めてからは、自分が執着していたこと、しがみついていたことも手放せるようになって、だいぶ楽になりましたね。
─改めて本作『0』は、「生きづらさ」から解放されるヒントがたくさん詰まっている気がしました。
志帆:ありがとうございます。年齢とか性別とか関係なく、できるだけ多くの人にそう思ってもらえるといいなと思っています。もしかしたら、35歳という自分の年齢もちょうどいいのかもしれないですね。年下の人も増えてきたし、年上の方もたくさんいらっしゃるし、今はなんか、その両方の気持ちが分かるというか。ちょっと「中ぶらりん」な今の年齢だからこそ(笑)、作ることのできたアルバムなんじゃないかなと思っていますね。
<INFORMATION>
『0』
Superfly
ワーナー
発売中