日本のジャズに新しい世代の波が訪れ、20代がシーンを席巻している。その筆頭が1999年生まれの松井秀太郎だ。
姫カットや衣装を含めた風貌、印象的なステージングにも目を奪われるが、たった一音だけで強いインパクトを残すことができるトランペットこそ最大の個性。強い意志が宿ったその音色で、すでに多くのファンを魅了し、クラシックやポップスの世界まで横断している。そんな松井が、これまでと今をじっくり語ってくれた。

※松井秀太郎は「MUSIC AWARDS JAPAN WEEK SPECIAL LIVE ~”NOT A SCENE. A STATEMENT. | WaJAZZ”~」Day2(6月9日開催)に出演。詳細は記事末尾にて

松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

松井秀太郎
1999年生まれ。国立音楽大学ジャズ専修を首席で卒業。高校ではクラシックを専攻し、大学入学を機にジャズへ転向。大学在学中より本格的にプロ活動を始める。2025年10月、最新アルバム『FRAGMENTS – CONCERT HALL LIVE 2025』をリリース。ソロ公演を軸にオーケストラとの共演など幅広く活動。「情熱大陸」(MBS)をはじめ、テレビ、ラジオなどメディアにも出演多数。ジャンルを超えたマルチな才能に注目を集めている。

Photo by Kazushi Toyota

「音楽で生きていく」強い覚悟

ートランペットを始めたきっかけから教えてもらえますか。

松井:小学3年生のときです。小学校の金管バンドがきっかけでした。転校してきて1週間くらい経った頃に募集のオーディションがあって、仲良くなった友達に誘われて初めてトランペットを手にしました。

ーご両親は音楽に厳しかった?

松井:全然逆ですね。どちらかというと「勉強をしっかりやってほしい」というスタンスでした。「練習しなさい」と言われたことは一度もなくて、本当に自分ひとりで、孤独にやっていた感じです。

ー通っていた小学校自体は?

松井:普通の学校です。ただ音楽の先生がすごく良い方で、朝に登校すると同時に音楽室に行って、閉まるまでずっとそこにいる、みたいな子どもでした。先生と一緒に遊んでいる感覚に近かったかもしれない。とにかく音楽室に入り浸っていました。

ーその後、中学・高校は音楽に特化した学校に進んだそうですね。


松井:中学の途中で吹奏楽の強豪校にいくつか転校しました。もっと上手くなりたい気持ちもありましたけど、それ以上に「音楽を軸に生きている人たち」と一緒にいたかったんです。ドキュメンタリーでよく見る、音楽に全振りしているような子たちと過ごしたい、という思いが強かった。部活として音楽をやると、どうしても音楽以外の要素が大きくなってしまいそうで、音楽系の高校を受験したいと考えるようになりました(国立音楽大学附属高等学校に進学)。

ーかなり早い段階からプロになる意識はありました?

松井:中学の途中くらいから学校に行かなくなり、練習量だけがどんどん増えていった時期がありました。高校受験のタイミングで、両親は「高校で音楽一本に絞るのは早い」という考えだったと思います。もし自分が親の立場でも、子どもが「音楽高校に行きたい」と言ってきたら簡単に「いいね」とは言えないと思う。それでも覚悟を伝え、結果的に「大学卒業後は自立して生きていく」という条件で認めてもらいました。だから高校に入った段階から下積み期間という感覚です。他の選択肢があまり見えていなかったので、大学卒業までに音楽で仕事ができる状態になっていたい、という思いが強かった。意地に近かったと思います。

ー音楽系の高校に通っていても、そこまで覚悟を決めている人は少ないですよね。


松井:あまりいなかったと思います。だからこそ、結果的にはうまく噛み合っていた部分もあったのかな、と。「これで生きていく」という軸がはっきりしていたので、それが学生生活全体の指針になっていました。

松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

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ーなんでそんなに強く「これしかない」と思えたんでしょう。

松井:音楽しかない、という焦りもありました。本当にずっと音楽しかやってこなくて、他のことは全然やってこなかった。「味方がいない」という感覚もありましたね。反対を押し切ってやっている以上、「音楽で生きていけない」となるのがいちばん怖かった。高校になると、コンクールで結果を出してコンサートを埋めるような同世代もいて、そういう子たちと一緒にいられたのも大きかったと思います。自分は音楽室で一人で練習しているだけ、という感覚がある一方で、仲のいい友達はもう自分の音楽を持っていた。そんな彼らを尊敬していましたし、刺激をもらっていました。

ー高校時代はクラシックを専攻していたんですよね。


松井:はい。学校の外での活動として、特待生やコンクールで結果を出している子たちが、高校生だけで立ち上げたオーケストラに所属させてもらったりもしていました。

ー同世代で今活躍している人は?

松井:藤田真央くんは、この世代のトップピアニストだと思います。今もオーケストラで共演すると、当時一緒にやっていた子たちと会うことが多いですね。

ジャズへの傾倒、HYDEやKing Gnuとの共演

ーここまでクラシックを学んできたのに、国立音楽大学ではジャズ専修に転向。どういう経緯があったのでしょう?

松井:もともと幼稚園から帰ってきたら先生が弾いていた曲を耳コピして歌う、みたいなことをしていて。童謡みたいな曲を作って、ぬいぐるみと一緒に歌う、みたいなこともしていました。そういうふうに育ったので、クラシックの中でもちょっと浮いている感じはありましたね(笑)。コンクールでしっかり演奏して技術を見せなきゃいけないのに、自分はジプシーとかロマン派が好きで、そういうコンクール向きではない曲を選んでしまってました。それに高校の時はコピーバンドもやってたんですよ。ベースでback number、ドラムでONE OK ROCKのコピーをやったり。だからクラシックだけしかやってない人と比べると、割といろいろやっているほうだったと思います。


高校ではオーケストラの授業ばかりだったので、大学に入学する前から「他のこともできるようになっていないといけない」と強く意識していました。このままオーケストラ・プレイヤーになれるのかも、それだけが本当にやりたいことなのかもわからない。そのとき、大好きな椎名林檎さんのバックで、西村浩二さん(トランペット奏者)が吹いている映像を観て、「どうしてもこれをやってみたい」と思うようになったんですよね。ポップスの感覚を一回掴んでみたくなったのと、「キラキラしてるトランペットを吹きたい」という気持ちが抑えられなくなって(笑)。

周りの大人たちには「何を言ってるんだ」と大反対されましたが、「ダメだと思ったらすぐ切り替える」と約束して。それでジャズ専修に入ったら、見事にハマってしまいました(笑)。奥村晶さん(トランペット奏者)の存在も大きかったですね。東京藝大のクラシック出身ながら、ジャズも吹けるし、著名なオーケストラとも演奏している。その奥村さんが国立音大で先生をされていたことも、「ここだ」と決める大きなきっかけになりました。

ーかなり振り切った歩みですね。

松井:でも、大学に入ってから最初の1年くらいは何もできなくて、大学にこもってひたすら練習してました。少しずつ仕事を呼んでもらえるようになったのは、大学時代の後半に入ってから。
それに本格的にジャズをやるようになってから、即興演奏が本当に好きになったんです。その流れで自分のバンドも始めました。考え方としては二本立てですね。ひとつはトランペット奏者としての仕事、いろんな音楽に合う形で楽器を提供する役割。もうひとつは自分のバンド、完全に自分の曲だけをやる、自分の音楽を作る場所。卒業するときに、この二つで行こうと決心しました。

松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

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ー最初に出演した場所は?

松井:東京倶楽部(都内3店舗のライブバー)でしたね。ネットで予約して借りられるハコから始めました。そこから守谷美由貴さん(サックス奏者)のバンドでレギュラーをやらせてもらうようになり、東京のジャズクラブはほとんど美由貴さんに紹介してもらった気がします。それに加えてHYDEさんのツアーもありましたが、(大学時代は)ちょうどコロナ禍だったので、オンラインで授業が受けられたんです。平日はライブやツアーなどの仕事をして、移動の合間や空き時間に授業を受けることで、単位もちゃんと取得できました。

一方で、自分のバンドは「本当にやりたいことをやる場所」にしたかった。これで生きていこうとは最初は思っていなくて、自分でお金を出してでも続けるバンドにしようと。でも、大学時代にライブを観に来てくれた小曽根真さんが「これは今、録っておいたほうがいい」と。卒業したてくらいで、まだ契約も決まっていなかったけど、とにかく全曲オリジナルを一度録ろうと。その後、エイベックスからデビューが決まりました。自分のバンドがいちばんやりたいことだったので、だったら行けるところまで行こうと思って、卒業後はそちらの活動を中心に切り替えました。

ー国立音大を首席で卒業し、その数カ月後にソロデビュー。プロデュースを務めた小曽根真さんとの出会いについては?

松井:小曽根さんも国立音大の先生で、自分が初めてジャズのセッションを体験したのも小曽根さんの授業でした。レッスンにもかなり図々しく通ってましたね。ピアノのレッスンに勝手に乗り込んだりして(笑)。大学時代は「どうやったら自分を売り込めるか」ばかり考えてました。先生がどこかへ行くとなったら車に乗せてもらったり、授業が取れない日でも「トランペットが必要なアンサンブルがあったら呼んでください」と申し出たり。アドバイスが欲しくて、いつも先生たちのそばにいるようにしてました。出待ちもしましたね(笑)。ライブ後に話しかけて質問したり、レコーディングを見学させてもらうためにスタジオにお邪魔したり。そういうのを割と平気でやっちゃうタイプでした。

ー今の松井さんのイメージとだいぶ違いますね。

松井:「全て吸収しなきゃ」という感覚が強かったんです。高校に入ったあたりから「勝たないと」「掴み取らないと」と常に考えていました。今となっては、もう少し余裕があってもよかった気もしますが、当時はとにかく必死でしたね。

ー先ほどHYDEさんの話がありましたが、J-POPの仕事についても聞かせてください。

松井:人との出会いがすべてですね。HYDEさんのツアー(2021年、平安神宮でのオーケストラコンサート)は、ファースト・トランペットの川上鉄平さんに誘ってもらったのがきっかけ。仕事で出会って飲みに連れて行ってもらったり可愛がってもらったりして、その流れで他の仕事にも声をかけてもらうことが多かったです。King Gnu(2023年のスタジアムツアー「CLOSING CEREMONY」でMELRAWHORNSに参加)に誘っていただいた真砂陽地さん(トランペット奏者)との出会いも、ライブ後に「かっこいいです」「目標です」と素直に伝えたら「明日、楽器屋に行くから一緒に来る?」と言われて「行きます!」みたいな(笑)。他にも米津玄師さんの楽曲(2023年作「LADY」)で演奏させてもらったり、MELRAWさんと一緒にJ-POPのホーン・セクションの仕事をやらせていただく機会が何度かありました。

他にもいろんな現場に行きましたね。(ベーシストの)森光奏太くんがやっているバンド、dawgssでフジロックに出たり(2023年)。レコーディングの仕事も当時はがっつりやっていました。デビュー前後は「いちトランペット奏者」として呼ばれる仕事が大半でしたが、今は「ここにソロを入れてほしい」というふうに自分の音を指名してもらう機会が増えていて。「ぜひ松井にやってほしい」「制作の段階から関わってほしい」みたいな求められ方をされる仕事をもっとやりたいです。あとは、同世代のミュージシャンと一緒に何かを作っていきたい。最近は自分の活動に追われている部分もありますが、声をかけてもらって一緒に作る機会がもしあれば、それはすごく大事にしたいです。

HYDEさんHEIANJINGU
とても美しくて素敵な空間でした
一生忘れられない公演になりました!

ありがとうございました!#HYDE #HEIANJINGU #平安神宮 pic.twitter.com/HMDkPoAqst— 松井秀太郎 Shutaro Matsui (@MSHUTP) August 1, 2021
表現の源流にある「憧れ」と「響き」

ーリーダーとしての作品や活動についても聞かせてください。そもそも、どういう音楽を表現しようと考えていますか?

松井:根っこにあるのは、やっぱりクラシックです。自分はホールで育ってきたので、ホールの音が好きというのもあります。それと越路吹雪さん(宝塚歌劇団出身の俳優/シャンソン歌手)にずっと惹かれてきました。音楽的な部分もそうだし、ステージでの見せ方や佇まいも含めて。会場に入ってから観終わるまでのトータルを楽しんでほしいですし、聴いてくれた人の人生に何かしらの影響を与えられたら嬉しいです。

自分は楽譜にできない部分、言葉にしづらい空気感みたいなものを大切にしています。ソロを吹くうえで、いちばんこだわりたいのは音色や音そのもの。中学生の頃に観た、越路吹雪さんの映像がものすごく刺さった経験が大きくて、同じことをしたいわけじゃないけど「ああいう刺さり方をしたい」という感覚がずっと残っています。音楽そのものというより、ミュージシャンとしてどう立つかにも関わる話で、憧れに近いと思います。

「Concert Hall Live Tour 2024」ダイジェスト映像

ー松井さんのライブを観て、トランペットの演奏が桁外れに上手いだけでなく、演奏してないときの立ち振る舞いも印象的でした。

松井:そこも越路吹雪さんが大きくて、一挙手一投足が本当に好きなんです。あとはミュージカルも大好きで、生まれ変わったら自分もやりたいと思うくらい、舞台的なものへの憧れがあります。

それからレディー・ガガ。先日の東京ドーム公演にも行きました。影響されすぎてはいけない、という感覚すらありますね。自分がやっている音楽とは離れているかもしれないけど、あそこまで突き抜けている人は、ものすごく強い核があって、表現にもそれが溢れ出ている。上原ひろみさんもそう。演奏者というより、人として尊敬しているというか。自分もトータルで作りたいものがあるんだと思います。楽器が上手いとか曲がどうとかは一旦置いて、自分が生み出すものに関しては「トータル」を重視してるのかなと。

ーレディー・ガガは「Born This Way」で、多様性を肯定し、ありのままの自分らしく生きることが大切だと歌ってますよね。そういうメッセージ性にも共感しているのでしょうか。

松井:そうですね。自分のファンには、本当にいろんな方がいて。それ自体が、歌詞がないことの強さだと思っています。どう受け取ってもらっても構わない。そういうふうに受け取ってもらえる音楽を作りたい気持ちはあります。なので、「ジャズが好き」「トランペットの音が好き」だけでなく、「聴くと励まされる」と受け取ってくれる方もいて。

最近、手紙をもらったんです。入院している中学生くらいのファンの方で、自分が書いた返事を読んでくれたそうで、ご両親が「入院中にこんな笑顔を見たのは初めて。本当にありがとう」と言ってくださったと。「私たちも松井さんの曲が好きで、いつも聴きながら頑張ってます」という言葉もいただきました。そういう存在でいるためには、曲だけじゃなく、自分という存在そのものがどうあるかが大切ですよね。今すぐ強いメッセージを発信できるかはわからないけど、心に残り続けるようなものを届けたい気持ちはすごくあります。

ー今の話は、松井さんの個性的なファッションや髪型とも繋がっている?

松井:そうだと思います。セクシャリティにまつわる悩みや孤独感は幼い頃からあって。自分がどうこうというより、「周りの人と違う」という感覚があったんですよね。でも、音楽があったことで救われたというか。(ルックスが)今みたいな感じになったのは大学の後半くらいから。そこが入り口になった方もいると思うし、自分にとって大切な部分です。

松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

Photo by Kazushi Toyota

ー最近はクラシックにしっかり取り組んでいるそうですね。

松井:クラシックは自分にとっていちばん自然に聴けるものだし、好きなトランペット奏者もクラシックの人が多いですね。最近はコンチェルトを吹く機会が増えて、本当にやりたいことができていると強く実感しています。そうなると、自分のバンド以外の場所でも追求したくなる。そのときに考えるんです。オーケストラの前で、既存の曲を、既存の楽譜とほぼ忠実に演奏する。自分が真ん中でメロディを吹く。そこで自分にできること、やりたいことは何なのか。最近はその意味をすごく考えています。何も工夫していないように見えるかもしれないけど、その「ただ吹く」をちゃんとできるようになることに軸を置いています。

ーでも、今やってるメインの音楽フォーマットはジャズなんですよね。

松井:そうですね。今後はどうなるかわかりませんが、ここ数年取り組んできたシンプルなジャズのフォーマットでは、今のメンバーたちとすごく自由なコンサートができています。作り込むというより、その場の即興から新しい音楽が生まれている。ただ最終的には、ひとつの作品として、もっと大きく言うならアーティストとして自分の世界を作っていきたい。その想いとジャズがハマっている気がします。

ー好きなジャズ・トランペッターは?

松井:ウィントン・マルサリスです。先ほども話したように、もともとポップスをやりたくてジャズを始めたので、ジャズ奏者の音が最初は好きじゃなかったんです。ビッグバンドは好きだけど、ワンホーンのジャズ、マイルス・デイヴィスとかは正直よくわからなかった。そのときに初めて「かっこいい」と思えたのがウィントンで、ジャズにハマるきっかけを与えてくれたことにもリスペクトしています。来日公演も観たことがあって、いちばん印象に残っているのは、高い音域の”ラ”の音をワーッと出した瞬間。自分もあんなふうに、何も考えていないときに思い出すような「心に残る音」を奏でられるようになりたいです。

ー理想とするトランペットの音ってありますか?

松井:練習ではクラシックの音を追求することが多いです。奏者として出したい音と、コンサートで届けたい音は離れている感覚があって。コンサートに関しては、自分のアイコンは「音」や「音色」であってほしい。その音を聴きに来たいと思ってもらえる存在になりたいです。奏者として「あんなふうになりたい」という人もいます。ティモフェイ・ドクシツェル(1921年生まれ、ソ連のトランペット奏者)は、一音だけで誰もが「あの人だ」とわかる。同じような音は他に聴いたことがない。すごく憧れています。

ー今も話しながら思いますけど、松井さんの音楽を説明するのって難しくないですか?

松井:難しいです(苦笑)。自分は「響き」をすごく重視しています。会場によって音作りを変えているんですが、バンドのメンバーに求めるものが「いわゆるジャズ・ミュージシャンが目指すもの」と少しずれている感覚があって。自分が大事にしているのは「楽器としてのトランペット」より、感情やメロディとしての部分だから言葉にしづらいし、「ちょっと違う」と感じることはありますね。ジャズ、クラシック、ポップス、どこに行ってもだいたい違う。でも、だからこそ自分のやりたいことをやってみようという気持ちも強くあって、その中で自分なりの解釈を持てるようになりたいです。

ーこれから作っていきたい音楽は?

松井:まずは自分のカルテットをもっと続けていきたいですね。いち奏者としても深いところまで行けるようになりたいし、今のカルテットで行けるところまで行ってみたい。それに最近は、弦を書くことが増えています。一人で演奏すると一音だけですが、オケやアンサンブルの曲を書くと、音のトータルを自分で決められる。だから、そのうち大きな編成もやりたくなってくる気がしますね。「こういうサウンドにしたい」と思ったときに実現できる選択肢がもっと欲しくて、今も勉強中です。

あとは、三味線の本條秀慈郎さんとデュオで演奏した経験も大きくて、また二人でコンサートをすることが決まっています。ジャズはフリー寄りの世界ですが、すごく丁寧に作っていくタイプの作品にも挑戦してみたい。いろんなことに取り組んでいけたらと思っています。

松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

松井秀太郎カルテット:左から壷阪健登(P)、小川晋平(Ba)、松井、きたいくにと(Dr)


松井秀太郎が語る、ジャズ新時代を象徴する若きトランペッターの感性

MUSIC AWARDS JAPAN WEEK SPECIAL LIVE
~”NOT A SCENE. A STATEMENT. | WaJAZZ”~

JAZZ NOT ONLY JAZZ in MAJ
2026年6月8日(月)ビルボードライブ東京
1stステージ 開場16:00 開演17:00
2ndステージ 開場19:45 開演20:30
出演:石若駿(Dr.)×渡辺翔太(Pf.)×マーティ・ホロベック(Ba.)
special guest: 田島貴男(Vo.) 大橋トリオ(Vo.)

JAZZ EXPANSION
2026年6月9日(火)ビルボードライブ東京
1stステージ 開場16:00 開演17:00
2ndステージ 開場19:45 開演20:30
出演:梅井美咲、松井秀太郎カルテット、黒田卓也

WaJAZZ & BEYOND…
2026年6月10日(水)ビルボードライブ東京
1stステージ 開場16:00 開演17:00
2ndステージ 開場19:45 開演20:30
出演:寺久保伶矢、Tenors In Chaos、森山威男カルテット

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松井秀太郎
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