MLB日本人先発投手として最長となる「32回3分の2」連続自責点ゼロの快挙を達成した大谷
2度のトミー・ジョン手術を経てたどり着いた、「投手・大谷」の最高到達地点――。日本人投手の悲願であるサイ・ヤング賞に向けた、前人未到の挑戦を徹底分析する!
【大谷はスキーンズ、スクーバルと同格か一段階上】大谷翔平(ドジャース)が完全無双モードに突入している。
昨季終盤から続くレギュラーシーズン直近7試合の投手成績は、投球回37回3分の2、防御率0.48、45奪三振、被本塁打率(9回換算)0.24。圧倒的という言葉が陳腐に響くほどの内容だ。
そして、昨年8月28日(日本時間。以下同)のレッズ戦から今年4月16日のメッツ戦にかけて、MLB日本人先発投手として歴代最長となる「32回3分の2」連続自責点ゼロの快挙を達成。
救援を含めても長谷川滋利氏(マリナーズほか)、上原浩治氏(レッドソックスほか)に次ぐ史上3位という大記録を打ち立てた。
すでにMVPを4度受賞し、本塁打王を2度獲得している大谷にとって、残る未到の頂は日本人投手がいまだ到達していない「サイ・ヤング賞」のみ。果たして、今季の大谷はその聖域に足を踏み入れることができるのか?
現役投手を指導するピッチングデザイナーで、MLBにも精通する本誌おなじみの野球評論家・お股ニキ氏は、まず議論の前提を整理する。
「二刀流の大谷にサイ・ヤング賞の〝典型的な物差し〟をそのまま当てはめるのはナンセンス。大谷に合わせて読み替える必要があります。
投手として支配的であることが第一なのは変わりませんが、大谷は二刀流で打撃面の価値が極端に高い。起用法や疲労管理は〝投手専業のサイ・ヤング賞候補〟とは別ルールで考えるのが現実的でしょう」
その特殊な前提の上で、「投手・大谷」は新たなフェーズに入っている。
「昨季のリハビリを経て、今季は常に8~9割、細かく言えば85%程度の力感で投げています。平均球速は96~98マイル(約154~158キロ)に抑え、ここぞの場面で100マイル(約161キロ)まで上げる。
ただ速いだけではなく、球の強度と体重の乗り具合が素晴らしい。力を抜きすぎても常に100%でもダメ、という絶妙なあんばいが求められますが、完璧に調整できています」
各球種の完成度も過去最高水準に到達している。中でも進化が顕著なのはカーブだ。82マイル(約132キロ)のパワーカーブと、69~72マイル(約111~116キロ)のスローカーブを投げ分けるなど、球種の幅と質の両立は、もはや究極の領域に達している。
「右打者にはフォーシーム、スイーパー、ツーシームの『横』。左打者にはフォーシーム、スプリット、カーブの『縦』と、左右で別人のような配球を実行しています。自力でアウトを取る能力として、世界最高峰の投球設計です」
ここまでの進化を踏まえれば、おのずと比較対象として浮上するのが、お股ニキ氏が「MLB日本人投手史上最高」と評する22年の「投手・大谷」だ。
28試合登板、15勝9敗、防御率2.33、219奪三振を記録したものの、その年のサイ・ヤング賞争いでは投票でリーグ4位に終わったことについて、お股ニキ氏は当時から強く異議を唱え続けてきた。
「22年の『投手・大谷』が記録した数字こそ、MLB日本人投手の歴代最高成績です。
球の質、制球力、配球の組み立て、どれを取っても本人比で過去最高。MLB日本人投手史上最高到達点を自ら更新し続けています」
エンゼルス時代の2022年には28試合登板、15勝9敗、防御率2.33、219奪三振を記録し、サイ・ヤング賞投票4位に食い込んだ
もうひとつ、今季の大谷を象徴するのが、徹底した「エコモード」のプレースタイルだ。二刀流という前提を踏まえ、消耗を最小限に抑える運用が随所に見て取れるという。
「牽制球も少ないですし、打撃でも内野安打や長打の可能性がない場面ではスプリントしないし、塁に出ても基本的に盗塁はしない。
一方、四球などで出塁して逆転のランナーになれば、ベース脇でショートダッシュをこなしていますし、手抜きというわけではなく、今季は本当に必要な場面でしか全力を出さない設計なんでしょうね。
投げているボールのレベルで言えば、昨季ナ・リーグのサイ・ヤング賞投手、ポール・スキーンズ(パイレーツ)と互角以上。ア・リーグのサイ・ヤング賞を2年連続で受賞しているタリク・スクーバル(タイガース)も含めた現代の若き怪物たちと同格、あるいは一段階上の領域に踏み込みつつあります」
では、大谷が実際にサイ・ヤング賞を手にするためには、どのような条件をクリアしなければならないのか?
同賞は、全米野球記者協会(BBWAA)の記者投票で決まる、各リーグのシーズンで最も優れた投手に贈られる最高栄誉だ。お股ニキ氏は以前から、受賞には3つの条件が必要だと指摘してきた。
第一に、対戦カード第1戦を任されるエースとしての格。第二に、防御率、勝利数、イニング、奪三振のすべてを高水準でそろえる完成度。第三に、シーズンを通して数字を積み上げる持続力と支配力である。
「日本の沢村賞が12球団から選ばれるのに対し、サイ・ヤング賞は各リーグ15球団からひとりずつ。しかもMLBのレベルは突出しているので、難易度も栄誉もさらに別次元。
『勝ち星は無関係』という論調もよく目にしますが、支配的な内容を残せば自然と勝ち星はついてくるもの。決して無関係ではありません」
とはいえ、評価軸の比重は時代によって確実に変化しているという。
「大事なのは奪三振、防御率、イニングです。今のMLBは投手の平均球速が95マイル(約152キロ)を超え、多くの投手が96マイル(約154キロ)を出し、球種も4、5種類あるのが当たり前というハイレベルな環境。先発が長いイニングを投げ切るのが難しい時代でもあり、200イニングは絶対条件ではありません」
その傾向を裏づけるのが、近年の受賞者たちだ。
21年にナ・リーグで受賞したコービン・バーンズ(当時ブルワーズ)は167イニングで11勝5敗、防御率2.43。そして、トミー・ジョン手術明けの39歳で復活を果たし、22年にア・リーグで受賞したバーランダーは175イニングで18勝4敗、防御率1.75。
さらに、24年のナ・リーグで受賞したクリス・セール(当時ブレーブス)は177回3分の2で18勝3敗、防御率2.38、225奪三振。
いずれも28試合前後、170イニング前後の登板数だった。ただし、規定投球回数が「162イニング」なので、最低限それをクリアしなければ、議論の俎上には上がらない。
「3人とも200イニングは投げていません。『170イニング前後でも、質が極上なら受賞できる』というのが現代サイ・ヤング賞の特徴なのです。さらに、大谷の場合、強烈なアドバンテージがあります。
今のMLBはとにかく簡単にホームランが出ますが、大谷は被本塁打が少ない投手。山本由伸(ドジャース)も素晴らしい投手ですが、ホームランを打たれないわけではない。そこの差が最終的に防御率の差になってくるわけです」
昨季サイ・ヤング賞投票3位の山本(ドジャース)。3勝を挙げるなど無双したワールドシリーズでの投球をレギュラーシーズンでも継続したい
ただし、ナ・リーグには強敵がひしめいている。ライバルの筆頭はなんといっても、昨季受賞者のスキーンズだ。
「ルーキーから2年連続でオールスターの先発に選ばれましたが、これはMLB歴代5人目、投手では史上初の快挙でした。平均球速96マイル(約154キロ)のフォーシームとツーシームに、スプリンカー、スライダー、カーブ、チェンジアップすべてが一級品。今季は開幕戦で5失点と炎上スタートでしたが、その後すぐ修正。本物の怪物です」
次に名前が挙がったのはフィリーズの左腕エース、クリストファー・サンチェス。
「身長が198㎝あり、力みのない完璧なフォームで投げてくる。球種はシンカー、チェンジアップ、スライダーの3つしかないものの、自身の投球スタイルに完璧にハマる絶妙な組み合わせです。左投手の食い込むボールを苦手にしている『打者・大谷』にとっての天敵でもあります」
昨季、大谷を12打数9三振と苦しめたドミニカ共和国最高峰左腕サンチェス(フィリーズ)。安定感抜群で昨季サイ・ヤング賞投票2位に入った
そして、昨季サイ・ヤング賞投票3位の山本。大谷にとっては心強い味方でもあり、強力なライバルでもある。
「昨季後半から好調を維持。スピードも上がっていますし、いつサイ・ヤング賞を受賞してもおかしくない投手です」
そして、お股ニキ氏がアスレチックスでのデビュー当時からその才能を高く評価し、今季開幕から衝撃の投球を続けるメイソン・ミラー(パドレス)も候補に挙がる。
最速104.5マイル(約168キロ)の剛速球と鋭いスライダーで〝ザ・リーパー(死に神)〟と呼ばれるクローザーは、開幕から11試合で合計11回3分の1、被安打2、無失点。打者38人に対して27奪三振と圧倒的支配力を誇っている。
最速168キロの剛速球と鋭いスライダーが武器のミラー(パドレス)。今季は開幕から打者38人に対して27奪三振という圧倒的支配力を誇っている
「最速104.5マイルというだけで人類最高峰ですが、今季のミラーは打者がバットに当てられないレベルです。
『それでも今季のミラーなら......』と思わざるをえないほどの投球をしています。現実的に受賞は難しいかもしれませんが、3位以内に食い込んでもおかしくないでしょう」
【二刀流の大谷にとって唯一の最適解】群雄割拠のナ・リーグで頂点に立つために、大谷に求められる条件は明確だ。支配的な内容を維持することに加え、二刀流という前提の中で、どこまで量、すなわち投球回数を積めるかだ。
本人も「6試合に1回登板するなら、6イニング(は投げたい)」と語っていたが、その目標がいかに過酷なことか、お股ニキ氏が指摘する。
「中6日で年間27試合に登板し、常に6イニングを投げてようやく規定投球回数の162イニングに到達する計算です。しかも毎試合、無失点か1失点でまとめる必要があるわけで、とんでもなくシビアな条件です。1試合でも炎上したら、すべての計画が崩壊する。それくらい綱渡りのプランではあります」
27、28試合で毎回6イニング以上、しかも無失点か1失点。この目安が意味するのは、
「事実上、開幕からシーズン終了までミスが許されない」という極限のプランだということだ。先に挙げた22年のバーランダーが、今季の大谷に最も近いロールモデルになるという。
「あの年のバーランダーは前述のとおり、トミー・ジョン手術明けの劇的復活で圧倒的な成績を残し、ワールドシリーズ制覇まで成し遂げました。このクラスのピッチングを大谷は二刀流で実現する必要があります」
最大のリスクは二刀流ゆえの〝不慮のアクシデント〟だ。
「打者として出場し続ける以上、死球や走塁中の負傷リスクは常につきまとう。先日も背中に死球を受けたり、捕手と接触したりしていました。左投手の食い込む球が弱点と分析され、内角攻めも厳しくなっている。不慮のアクシデントでの離脱だけは、なんとしても避けてほしい」
アストロズ時代の2022年、トミー・ジョン手術明けの39歳で復活を果たし、自身3度目のサイ・ヤング賞を受賞したバーランダー(タイガース)
ならば、「今季は投手専念でも......」という声も聞こえてきそうだが、お股ニキ氏は「そういう発想は無意味です」と首を横に振る。
「大谷にとって、打たないという選択肢は存在しません。ドジャースにとっても、本塁打王レベルの打撃を寝かせておく理由はない。投手として『27、28試合』に登板し、打者として『140~150試合』に出場することが、二刀流の大谷にとって唯一の最適解です」
つまり、「サイ・ヤング賞へのベストシナリオ」とは、結果的に「本塁打王&サイ・ヤング賞のW受賞」と同義になる。常にフルスロットルではなく、抜くところは抜く大局観こそが鍵となりそうだ。
「投打両方で8~9割の力感を保ち、無駄な消耗を徹底的に避ける。シーズンを通してコンディションを維持できれば、本塁打王とサイ・ヤング賞のW受賞は決して不可能な目標ではありません」
前人未到の道を突き進む大谷翔平が、今季もまた新たな地平を切り開きそうだ。
*成績はすべて日本時間4月22日時点
写真/時事通信社



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