そう思っている人は多いだろう。だが「しつこくする側」にもれっきとした言い分がある。
12時のチャイムが戦場の合図
職域営業とは、契約先の企業や官公庁に直接出向き、昼休みなどの限られた時間帯にその従業員へ保険を提案する営業手法だ。真奈美さんは新卒で広告業界の営業職に就いたが、残業の多さと年収への不満から、「労働時間は短く、年収も上げられる」と知人に誘われた生命保険会社に転職した。そして、職域営業として約2年間働いた真奈美さんが、当時の光景を振り返る。「わたしは都市部の大企業に出入りしていましたが、エレベーターホールには自分を含め、複数社の生保レディがずらりと並んでいて。まるで女性を指名するお店みたいでしたよ(笑)」
通う頻度は基本的に毎日。12時のチャイムとともにオフィスから社員がどっと吐き出されてくるのを、菓子袋とアンケートを手に待ち構える。大半の社員は目も合わせず通り過ぎていく。それでも笑顔で声をかけ続けるのが仕事だったという「無視される時間」に慣れるまでが、まず最初の試練だった。
「冷たくされるより厄介だったのは、やけに優しい人のほうです。保険に関心がないのに、個人に関心を持って寄ってくる人が怖かったですね」
契約の動機は女性との接点?
職域営業の商談は、相手の仕事終わりに設定されることが多い。必然的に夜8時、9時と遅い時間帯になりやすく、「もうこんな時間だし、ご飯食べて帰りません?」と誘われるケースも少なくなかったという。向かう先は職場の飲み会で使うような居酒屋だ。商談直後のタイミングで言われれば断りにくい。
いつもの職域現場とは違う場になると、相手の態度も変わる。「いつも頑張ってるね、えらいよ」などと言いながら頭をぽんぽんとされる。そのたびに真奈美さんは、自分が”対等な仕事相手”ではなく“都合のいい女”として扱われていると感じたようだ。
枕営業は「地獄への入り口」
時には「やっぱり枕営業ってするの?」と平気で聞かれ、露骨に誘われたこともあったという。もちろん真奈美さんは応じていない。それは倫理観の問題だけではなく、応じたら最後、もっと深い地獄が待っているからだ。「枕営業で契約がとれても、余計にしんどくなる。それがこの仕事の罠なんです」
生命保険は契約から14か月以内に解約されると、販売手数料の返還を求められるケースが多い。
「この仕組みを知っているから、実際に枕営業する人って意外といないかも。多分、フィクションの世界だけなんじゃないかな。もし、ノルマがしんどくて枕営業でなんとか……と考えている人がいるなら、やめたほうがいい。ドツボにハマりますから」
未契約のまま、だらだらと関係が続く
一方で、契約する気などさらさらないのに距離を詰めてくるパターンもある。「今は知り合いのところの保険に入っているから、新しく入ることはできないんだけど」と真っ先に「契約はしない」という予防線を張っておきながら、「紹介できる人はいるよ」「もっと職場に馴染めるように親睦を深めよう」なんて都合のよさそうな提案をしてくる。そうやって「あなたの味方ポジション」を取りにくるのだ。連絡先を交換すると、誘いは加速する。ちなみに社用携帯は支給されないため、交換するのは私用携帯のLINEだ。「今週末空いてる?」と予定を聞かれ、断っても翌週にはまた同じ質問が飛んでくる。既読スルーしても、翌日のエレベーターホールで「昨日の返事は?」と対面で追撃される。毎日通う職域営業の構造そのものが、距離を詰める側にとって圧倒的に有利に働く。
「嫌なら連絡先なんて教えなきゃいい」「相手にするな」と言う人も多いだろう。だが、「いつか新規の契約に繋がるかもしれない」というわずかな可能性を手放せないからこそ、明確に拒絶できない。相手はその事情を知ってか知らずか、見込み客の立場をキープすることで関係を繋ぎ止めようとしているようにも見える。
無料コンパニオン扱いされた末路は…
厄介なのは、その上司や同僚まで登場するケースだ。「うちの〇〇がお世話になってるみたいで。今度、保険の姉ちゃんたち揃えて飲みに行こうよ」こうやって女性と飲みたいだけのおじさま達が必ず登場してくる。生保レディが、いつの間にか無料のコンパニオンとして消費されていく。「仕事の付き合い」という体裁が整っているぶん、断る理由が一つずつ奪われていく。「相手は営業先の人間です。関係を壊したら翌日から仕事にならない。営業成績と自分の気持ちを常に天秤にかけさせられている感覚でした」
飲み会には何度か参加した。仕事の延長だと自分に言い聞かせていたという。だがある日、席の最中に相手の男性社員(30代半ば)からLINEが届いた。
「お世辞にもモテるタイプじゃない人です。その人にすら、こんな軽く扱われるんだって。ほんと馬鹿らしくなりました……」
こうした悩みを上司に相談しても、返ってくるのは「職場のおじさま方にどんどん気に入ってもらいな」「そんな場を設けてもらえるなんて愛されている証拠だよー」という言葉だったという。確かに、大半の社員からは「昼休みに来る保険屋がしつこい」「貴重な休憩を邪魔するな」と鬱陶しがられている。そんななかで時間を割いてくれる人には感謝しなければいけない。頭ではわかっている。でも、感謝と我慢が複雑に混じりあう日々ごと、もう面倒くさくなったという。数か月後、真奈美さんは退職した。
「女性が稼げる仕事」と言われはするけれど
実際、生命保険会社への転職前と比べて年収は100万円近く上がっていた。自分の裁量で働く時間をコントロールできる部分も確かにあった。生保レディは「女性が稼げる仕事」の代名詞のように語られてきた。だがその裏で、会社からも社会の男からも、都合よく期待と役割を背負わされてきたわけだ。中には「女を武器に稼いでいる」という社会からの偏見に苦しみ、プライベートでは長年職業を隠していた先輩もいたという。
生保レディの仕事が本当の意味で「自立した女性のキャリア」であるためには、旧態依然とした営業スタイルからの脱却が不可欠だろう。しかし、それはいったいいつになるのやら……。真面目に働く女性の努力が報われる時代が来るのは、まだまだ先のことなのかもしれない。
<取材・文/大崎アイ>
【大崎アイ】
関西出身、東京都在住の30代。営業畑を渡り歩いた末、2024年にフリーランスへ転身。
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