―[その判決に異議あり!]―

妻と不貞関係にあったと主張して、相手の男性に約800万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は夫の請求を退けた。判決を受け、裁判官評価サイト「裁判官マップ」では、担当裁判官に批判が殺到。
評価平均は2.0まで下がった。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「東京地裁不貞行為慰謝料請求訴訟」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

「キスや抱擁は不貞行為ではない」との判決報道に、評価サイトは大炎上!

「妻とキスしたり抱き合ったりした男性を夫が訴えた裁判、『不貞行為にあたらない』と退ける判決──」

 3月18日、そんなタイトルで『読売新聞』が報じた裁判を今回取り上げたい。

 実はこの判決、記事中に担当裁判官の実名が晒されていたため、裁判官の評価サイト「裁判官マップ」が、担当裁判官を非難するコメントで大荒れとなった経緯がある。

「キスや抱擁は不貞ではない」判決で炎上した裁判官が“気の毒”...の画像はこちら >>
 しかし、民事裁判というのは、道徳に反した人を非難して「裁判官様」が不届きな人間にペナルティを与える場などでは決してない。それがきちんと理解されているのだろうか? と、こういう記事やその反応を見るたびに思う。

 そもそも、士農工商の江戸時代とは異なり、今の日本では、裁判官が市民より上の地位にいるわけではない。民主主義国家では、裁判官は主権者たる国民の税金で働く国家公務員の一人であり、事実を認定し、それに法律を当てはめるというルーティンワークを国民になり代わってやっているにすぎない。そこが理解できないとこの国はいつまでも「お上(かみ)主権」のままである。

よくある立証敗訴の裁判

 不貞相手に対する慰謝料請求は、それが「不法行為」に当たれば認められるが、その判断は、行為の不当性と結果の重大性との相関で決まる。仮にキスや抱擁がまったくなくても、夫婦関係を破綻に導いたのであれば、その結果は重大だ。また、「不貞関係」が配偶者と不貞相手のどちらの主導で、どのような経緯で成立したのかもポイントになる。たとえば、夫が風俗店に通い続け、同じ風俗嬢と肉体関係を持ち続けたからといって、妻がその風俗嬢を訴えたりはしない。
肉体関係やキス・抱擁の有無だけが決め手ではない、ということだ。

 また、この事件では、夫が妻の過ちを許したかどうかも大きなポイントになる。貞操義務を負っているのは妻なので、一番悪いのは妻だ。だが、夫が妻を許している以上、不貞相手に対する慰謝料請求はもはや成り立たない──これが学説的にも通説になっていて、諸外国でもおおむね同じ発想がとられている。そうでなければ、夫婦が結託して不貞相手からカネを取る、「美人局」まがいのことも簡単にできてしまうからだ。

 民事裁判は刑事裁判と違い、限られた証拠だけで判断しなければならず、事実関係が最後まではっきりしないケースも少なくない。夫婦は何事もなかったかのように円満な状態を続けているのに、不貞相手だけを訴えてきた場合、裁判官としてはその請求を認めることに躊躇せざるを得ない。

 読売の記事は、こうした重要な情報が何も記載されておらず、当該裁判官の判断が正しかったかどうかはわからないのだ。

 しかも、記事をよく読むと、夫はキスや抱擁だけを理由に訴えたのではなく、肉体関係もあったと主張したが、それを証明できず請求が認められなかった事件のようだ。だとすれば、よくある立証敗訴の裁判であり、あえて記事にするほどのものではない。

 これで血祭りにあげられた担当裁判官はお気の毒としか言いようがなく、読売に煽られて裁判官マップに批判コメントを書いた方は、ここは冷静になって削除していただければ幸いである。

<文/岡口基一>

―[その判決に異議あり!]―

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。
1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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