阪神・藤川球児監督(45)は、美談では片付けられない覚悟、葛藤を抱えながら頂点に立った。英子夫人(49)、コーチ陣、球団スタッフら周囲の献身的なサポートがあってこそのVへの軌跡を、虎番キャップの小松真也記者が「見た」。
目の前の英子夫人は声を抑えきれずに泣いていた。3月下旬。シーズン開幕戦に向けた藤川監督に対するメッセージを依頼し、「印象に残っている言葉」を尋ねたときだった。
「俺は死んだと思ってくれ」
昨年10月、監督就任直後に自宅のリビングで夫から放たれた一言。それ以降、親密な夫婦の会話ですらほとんどなくなった。結婚生活25年、誰よりも理解する愛妻でさえ、重圧にさいなまれた。取材でその場面を回想した瞬間、涙腺が決壊するのも無理はなかった。
私は監督としての使命感が表れたフレーズの記事化を見送った。美談と言えるのか、ためらいがあったからだ。その旨を夫人にLINEで伝えると、時間を置いて返事が届いた。
「“あの言葉”の掲載は見送って正解かもしれません。いつか笑って振り返れるときが来たら、主人の覚悟の証として皆さんにお伝えできるかもしれませんね」
現役時代から17年もの間、藤川監督を間近で見てきた。
采配の難しさを知った序盤は「監督って大変やな…」と吐露。報道陣に「ストレスは全くない」と笑顔を振りまきながら、眠れぬ夜を過ごした。「験担ぎはしない」と言いつつ、試合中の「のど飴の食べ方」のマイルールをつくってまで白星を欲した。
周囲にも完璧を求めるあまり、コーチ陣やスタッフへの要求はときに度を超えた。「野球になってない! へぼですよ!」。ミーティングで声を荒らげる光景は1度や2度じゃなかった。試合中にベンチ裏のパイプイスを蹴り上げ、壊したことも。「このままでは…」と関係性を危ぶむ声が出るほど、自身を追い込みすぎるがゆえの不器用さがあった。それでも、勝利に心血を注ぐ指揮官を家族、コーチ、スタッフらが歯を食いしばって支え続けた。
冒頭のシーンから半年。甲子園の客席で、英子夫人のうれし涙がほおを伝った。
「今なら『俺は死んだと思ってくれ』と口にするぐらいの覚悟が主人には必要だったのかなと思えます」
視線の先に宙を舞う藤川監督がいた。皆の思いが結実し、たどり着いた頂点だった。(小松 真也)