世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(33)=大橋=と前WBC&IBF世界バンタム級統一王者・中谷潤人(28)=M・T=の「日本ボクシング史上最高の対決」が迫ってきた。ノンフィクションライター・林壮一氏は、中谷に4年間追いかけ続けて300時間を超える取材を重ね、「超える 中谷潤人ドキュメント」(集英社、税込み1870円)を上梓した。

中谷本人、家族、多数の日米関係者を徹底的に取材してきた林氏に、15歳で単身渡米してから井上との東京ドーム決戦を実現するまで上り詰めた中谷の「強さ」の秘密を聞いた。(聞き手・勝田 成紀)

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―中谷選手と初めて出会った時のことを聞かせてください。

「2021年末、雑誌の取材で初めてM・Tジムにインタビューに行きました。山内涼太(角海老宝石)選手とのWBO世界フライ級王座2度目の防衛戦前でした。これまで多くの世界チャンピオンを取材してきましたが、フォームの美しさ、一瞬一瞬の集中力、クオリティーの高さに他の選手にはないものを感じました。『こんな選手が日本にいるのか』と驚かされました」

―林氏もアメリカを拠点にさまざまなレジェンドたちへの取材を重ねてきた。中谷選手に興味を持った理由は?

「私自身もアメリカの危険地帯で取材してきた経験があるのですが、彼が15歳で単身渡米し、治安の悪さでも有名なロサンゼルスのサウスセントラルに住んでいたという話を聞いて、こんな強いメンタルを持った日本人がいるんだと驚きました。これからどんどん上り詰めていくだろうな、と興味を引かれたことがきっかけです」

―そこから約4年にわたる密着取材が始まった。

「サウスセントラルの彼の部屋でインタビューさせていただいた時に、45歳で亡くなった(世界3階級制覇王者)ジョニー・タピアの話をしたんです。メキシコ系アメリカンの哀切、8歳で母親を惨殺され苦悩と闘う壮絶な人生について、中谷選手と(マネジャーを務める)弟の龍人さんに話しました。すると中谷選手は『これだけ壮絶な人生を送っていた人が相手だとしても、自分は勝つために練習しているのだから、負けるわけにはいけない』と言ったんです。その強い言葉を聞いて、もっともっと取材してみたいと思いました。

『これから5年ぐらい追いかけるので一冊の本にまとめたいんです』とお願いしたら、中谷兄弟は二つ返事でOKしてくれました」

―中谷選手も熱意に応え、余すことなく思いを語っている。

「取材は、4年間で300時間を超えていました。井上戦を控えた今回も、基本的にはアメリカでのキャンプに密着するスタイルです。1か月ほぼ毎日練習を見て、スパーリングの感想を話したり、雑談を交えたりしながら、彼の内面に迫っていきました。やはり毎日顔を見ていると、こちらも発想が生まれるんです。最近では彼がバイクを漕ぐトレーニングを初めて見ました。そうした現場での発見が、取材を深めてくれます。今回はビッグマッチなので、気負いやプレッシャーで眠れないこともあるかと思いましたが、いままで以上にニコニコしていたんです。『潤人選手、今回顔がいいね』と言ったら『うれしくてしょうがないですよ』と笑っていました。この人は強いな、と勉強になることばかりでした」

―中谷選手の一番の「強さ」はどこだと感じますか?

「向上心がベースになっているメンタルの強さではないかと思います。あとは圧倒的な集中力です。彼は自分がボクシングに全てをかけると決めている。

世界3階級制覇を達成して、無敗で勝ち上がってきても『Not enough(まだ足りない)』という姿勢なんです。常に先を見据えている選手だなと思いますね。たった一人で言葉も通じない地で道なき道をつくってきた。このメンタルの強さにも驚かされます」

―著書のタイトル「超える」には、どのような意図を込めたのでしょうか?

「中谷選手はよく『成長』という言葉を使います。『5月1日までの中谷潤人を超えて、5月2日に新しい自分を見せますよ』とずっと前から言っていました。昨日より今日、今日より明日、なんです。キャンプに行くと、初日よりも最終日の方が自分を超えて絶対に強くなっていると言うんですよ。そういう信念を持っています。自分を超えるために毎日を生きている中谷選手を見て、『超える』という言葉がキーワードになると思いました。本人も気に入ってくれたみたいで、このタイトルに決めました」

―いよいよ井上尚弥選手とのビッグマッチを迎えます。

「日本の関係者の間では、井上選手が勝つだろうという声が圧倒的に多いですが、実際にスパーリングを見たアメリカのメディアや関係者の間では中谷選手の評価は非常に高いです。とはいえ、6・5―3・5ぐらいで井上選手有利との声の方が多いですが、中谷選手の勝機を見る人もたくさんいます。

中谷選手は大きな試合を前にしても、プレッシャーにのまれるどころか、受け答えもきちんとしていて礼儀正しい。アメリカのメディア関係者も、みんなが中谷潤人の人間性を愛するようになるんですよ。日米ともに周りを巻き込んで愛されるキャラクターがある。本当に大谷翔平に続くんじゃないかな、とも思います」

―5月2日の一戦をどのように見られますか?

「ここまで密着すると冷静には見られないし、応援する気持ちはものすごくあります。今回の練習も一日一日、自分を超えるように一生懸命やっていたので、私は中谷選手がいい結果を出すだろうと思っています。また新しい中谷潤人を見せてくれるはずです。今回の試合は、彼にとってある意味では集大成であると同時に、まだまだ続く物語の通過点なのだと感じています」

 ◆林 壮一(はやし・そういち)1969年3月23日、埼玉県生まれ。57歳。ジュニアライト級(当時)でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。テレビ番組制作会社勤務、週刊誌記者などを経て、ノンフィクションライターとなる。96年に渡米。国の公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。

14年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に「マイノリティーの拳」「アメリカ下層教育現場」「神様のリング」「進め!サムライブルー 世の中への扉」「ほめて伸ばすコーチング」など。ジェイビーシー株式会社広報部所属。

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