◆JERAセ・リーグ 巨人4×―2広島=延長12回=(13日・福井)

 巨人・長野久義編成本部参与(41)が、通算300本塁打を達成した坂本勇人内野手(37)に祝福メッセージを寄せた。ファンに「サカチョー」として愛され、球団の黄金期を支えた名コンビ。

昨季現役を引退した長野氏は、盟友にどんな思いを託したのか。巨人に復帰した23年からの関係性の“変化”なども語り「3000本を打つまで辞めちゃダメ」と温かいエールを送った。(取材・構成=内田 拓希)

 史上48人目の300号。坂本がたどり着いた新たな金字塔を、長野氏は笑みをたたえながら心から祝福した。

 「300という数字は本当にすごいですよね。今年は体も元気そうなので。とにかく勇人はね、若い頃からすごく練習しますから。今年はいつも以上に調子もよさそうですし。体が元気ならもちろん、結果も出ると思いますよ」

 長野氏がプロ入りした2010年以降で、坂本が描いたアーチは274発。印象に残る一本を問われ「勇人はいいところでいっぱい打ってますからね…」と頭を悩ませつつ、プロ1年目に目の当たりにした劇弾を選んだ。

 「交流戦で武田久さんからバックスクリーンに打ったサヨナラホームラン【※】はすごく印象に残ってますね。勇人はやっぱり、いつもめちゃくちゃいいところでホームランを打つイメージですよ」

 長年、巨人を引っ張ってきた2人。

坂本は「勝手にライバルだと思っていました。後から入ってきて『すげえ、この人』と思った人は長野さんくらい」と語っている。長野氏は愛情とリスペクトを込めてその言葉に“アンサー”した。

 「勇人は僕がプロに入ったときからバリバリのレギュラーでしたから。ライバルというより、一緒に戦う仲間みたいなね。そんな感じで思っていました。本当にね、年下だけどすごく尊敬できるし。そういう数少ない選手の1人ですね」

 宿舎の部屋が隣同士だった10年の春季キャンプから始まった2人の物語。当時から揺るがぬ信頼関係は不変だが、長野氏が巨人に復帰した23年からある“変化”があったという。

 「最初、ジャイアンツにいたときはスマホも全然やっていなかった。戻ってきてから、すごく勇人と連絡するようになりました。元々、連絡とかもそんなに取るようなタイプじゃなかったんですけど。

スマホを持つようになってから、よく話もするようになりましたね。ジャイアンツに戻るときも、一番最初に勇人に連絡しました」

 長野氏は38歳で迎えた23年に8、9月のみで5本塁打を放ち、チームが苦しい夏場を支えた。今年の春季キャンプ前に坂本と2人で食事をともにし、20年目にかける思いを感じ取った。

 「年齢を重ねて少し思うように体が動かない、なかなか結果が出ないというのは自分もありましたし、誰もが通る道ですから。勇人はまだ今年で38歳。自分はそれくらいのときにもう1回、元気になりましたから。全然まだこれからですよ」

 ナイン、全球団関係者に優しいまなざしを向け、見えないところでもチームを支える長野氏。坂本勇人という男の生き方は、どう映っているのか。

 「勇人は常にセンターです。チームのど真ん中にいて、周りに人がいるっていうのが勇人の形だと思います。それが一番似合ってますよね」

 まだまだ巨人のど真ん中にいてほしい―。そう願う長野氏は、最後にらしいエールを送った。

「勇人は全然まだまだ、ここからですよ。3000本打ってほしい。3000本打つまでは、辞めちゃダメです」

【※】10年6月4日の日本ハム戦(東京D)。坂本は1点を追う9回1死一塁で日本ハムの守護神・武田久から逆転サヨナラ2ランをバックスクリーンへ運んだ。

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