◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」

 J1町田が4月、アジア・チャンピオンズリーグエリート(ACLE)の決勝に初めて進んだ際、田口智基・国際部部長(42)を取材した。アジアの頂点まであと一歩の準優勝。

これまでの道のりを知りたくなった。

 田口さんは09年に入社。当時、クラブはJリーグの下に位置するJFL所属で、社員は6人だった。業務の中心は運営とマーケティングで、少人数のため営業にも奔走していた。知名度が低く、ホームタウンの東京・町田市内でさえ「FC町田ゼルビアって何ですか?」と言われる状況だったという。

 10年、町田はJ2昇格基準の3位に入ったが、スタジアムが基準を満たしていないと通達され、Jリーグ加盟は幻となった。苦い思い出を振り返りつつ「Jリーグへの入会は周辺要件がすごく多かったので、天皇杯で優勝してACLに出てアジアで1番になる方が実は早いんじゃない?と冗談半分で話していた」と明かした。その冗談がほぼ実現したのだから驚く。

 クラブは21年に「町田を世界へ」をスローガンに掲げた。田口さんは25年に新設された国際部でフランス・リヨンとのアカデミー提携、海外でのサッカークリニック開催など、海外での事業展開を担当。収入を増やすため、かつてのように営業もこなしている。

 「(町田が)アジアの中で一番知られる日本のサッカークラブになりたい。

僕たちもまだ夢の途中」。今後の目標を聞くと、こう答えが返ってきた。次こそアジア制覇の瞬間を見たい。(サッカー担当・浅岡 諒祐)

 ◆浅岡 諒祐(あさおか・りょうすけ)24年入社。個人的な百年構想リーグのサプライズはGK谷晃生のPK職人ぶり。

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