日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが亡くなった。85歳だった。

 ドリーさんと新日本プロレスの2001年10・8東京ドーム大会で対戦した藤波辰爾は訃報に接し「びっくりしました。昭和のプロレスの灯が消えた」と追悼した。

 ドリーさんを「言うなれば『THIS IS プロレス』。存在がプロレスそのものでした。プロレスというのは、形があってないようなものなんですがドリーさんにはプロレスの基本があった。米国のレスラーは、みんなドリーさんにプロレスを学んでいましたし憧れだった」と明かした。

 1970年5月に日本プロレスに入門した藤波は、当時を「ドリーさんは日本プロレスで一番の花形選手だった。練習生だった僕から見れば特別な存在だと思っていました」と振り返る。

 ドリーさんはジャイアント馬場さんの全日本プロレスのトップレスラーで新日本プロレスの看板選手だった藤波とは接点はなかったが01年10・8東京ドームでボブ・バックランドと組んでドリーさん、テリーさんの「ザ・ファンクス」と対戦し藤波がドリーさんに勝利した。「あのドリーさんと対戦できるとは、肌を合わすことができるだけでもうれしかった。自分でもゾクゾクしながら闘ったことを思い出します」と語った。

 テリーさんは23年8月25日に79歳で亡くなった。

馬場さん、師匠のアントニオ猪木さんも亡くなり「寂しいですね」と藤波は、先人たちへ思いをはせていた。

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