馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はホッカイドウ競馬所属のコスモバルクが勝った2004年のセントライト記念を取り上げる。

地方競馬所属ながら春のクラシック戦線を盛り上げた「道営の星」がレコードVを飾り、再び悲願のG1初制覇への挑戦権を手に入れた。

 電光掲示板にくっきりと点滅した「レコード」の4文字に、5万を超す観衆から自然と拍手が巻き起こった。芝2200メートルで2分10秒1。コスモバルクは何と、コースレコードを1秒9も短縮。さらに、ダンツシアトルが95年の宝塚記念で刻んだ記録を0秒1上回るJRAレコードで最後の1冠の出走権利をしっかりともぎ取った。「強さを秋にも見せることが出来ました。菊花賞に出られることになって、とてもうれしい」と五十嵐冬。喜びと安どの表情を浮かべた。

 それは、とっさの判断だった。1コーナー過ぎ。行きたがるバルクを五十嵐は無理に抑えず、スッと先頭に立たせた。「ペースも速いし、このまま引っ張っていては…。

行かした方がいいかな」。そのとたんに「フワフワ走って、息が入った」。こうなれば、底力が違う。1000メートルが58秒8。2000メートルは皐月賞レコードより0秒4も速い1分58秒1で通過したというのに、ライバル14頭の追撃を見事、振り切った。

 皐月賞が2着、ダービーも8着…。無冠に終わった春から4か月。コスモバルクはしっかりとパワーアップしていた。始動戦だった格下相手の北海優駿(9月2日)こそ辛勝だったが、この日の勝利で胸のつかえも取れた。「ダートの前走は厳しいレースになったが、芝なら強い」。

 このあとは茨城県のプリンスリーファームでひと息入れたあと、ホームグラウンドのビッグレッドファーム(北海道静内)で再び、鍛えられる。五十嵐は「春はファンの悔し涙を見てしまった。

今度は喜びの涙を見たい」とキッパリ言った。最終決戦となる淀(京都)には、大きな自信を持って乗り込む。

 しかし、強い思いを乗せた菊花賞は4着。続くジャパンCでは2着に入ったが、G1タイトルには手が届かなかった。ようやく、悲願をかなえたのは5歳となった2006年の春。シンガポール航空インターナショナルCに参戦し、地方所属馬による海外G1と芝G1の制覇を達成した。

 

 その後も8歳となった2009年の有馬記念まで、ホッカイドウ競馬所属のままで競走馬生活を続行。マイネル&コスモ軍団の“総帥”として知られた岡田繁幸さんの指揮のもとに果敢な挑戦を続けた「道営の星」の蹄跡は、競馬ファンの脳裏に深く刻まれている。

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