錦織圭という奇跡【第43回】
添田豪の視点(3)

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◆添田豪の視点(1)>>本音は「正直、認めたくない気持ち」
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『言い忘れたんですけど、引退することにしました』

 LINEで送られてきたこの一文を目にした時、添田豪氏は「ちょっと笑いそうになった」と苦笑した。

錦織圭のLINEでの引退報告に「なんで言わねえんだよ」 添田...の画像はこちら >>
 2026年3月。
ケガからの復活を目指す錦織圭は、フランスで開催されたATPチャレンジャー大会2大会に出場。かつての盟友にして現日本代表監督の添田氏は、錦織らに同行し、ともに時間を過ごしていた。

 結果は、一大会目が予選から勝ち上がり、本戦2回戦に進出。翌週の大会は初戦敗退だった。それでも添田氏は、「復帰戦としては、まずまずの出来。暖かくなり、気持ちが乗ってくれば、また100位にも戻れるだろう」と手ごたえを覚えていたという。

 それから数日後──。帰国し、現在の身体の状態や今後の予定を錦織本人に尋ねた時、冒頭の一文がポッと送られてきた。

「なんで言わねえんだよってなりますよね。『言い忘れないだろ、普通!』って。本当に言い忘れたのか、大会が終わってから決めたのかはわからないですけど、でもまあ、なんか彼らしいなと思って」

 あまりに唐突で、すぐには実感が湧いてこなかった。ただ、時間が経ち、徐々に冷静になるにつれ、「けっこう寂しさが出てきましたね」と回想する。

「出会った頃、圭は僕にとってライバルというか、選手として意識する存在でした。そこから僕が引退し、監督という立場になったら、すごく頼もしい存在になりました。

 ファン目線で見ても、彼のテニスはやっぱり面白いし、見ているだけで学べることも多かった。なので、そういう選手が辞めちゃうんだ、もうあのテニスが見られなくなるんだと思ったら......すごく寂しくなりましたね。

 最近の圭の試合を見ていると、まだできるんじゃないかとも思う。でも一方で、全盛期の圭の強さも知っているだけに、複雑な気持ちでもあります」

 それが、錦織から引退の意志を告げられた時の、添田氏の心の動きだったという。

【テニスから離れてほしくはない】

 添田氏が錦織と初めて会ってから、約20年の月日が流れた。その間に両者の関係性は、対戦を重ねたライバルから、多くを共有する盟友へ、そして代表監督と選手へと変化した。錦織が少年の面差しを残す10代の若手からベテランへと年齢を重ねていくなかで、彼が発する言葉や意識の変化も感じてきたと添田氏は言う。

「たぶん、圭が30歳になった頃からかな。周りの選手たちや、特に若手を気にかける態度や発言が増えたと思います。年齢が上がり、余裕が出てきたこともあるだろうし、自然とアドバイスしたくなるような年下の選手が増えたこともあると思います。特に僕が監督になってからは、日本テニス界の未来や、今の若い子たちがどこまで行けそうかという話はけっこうしましたね」

 そのように錦織とともに歩んできた添田氏は、この先の錦織に何を望むのだろうか?

「すぐには求めていないし、本人にも焦ってほしくはないですが......」と前置きしたうえで、添田氏が思いを紡ぐ。

「どんな形でもいいので、テニス界には関わってほしいし、ちょっと責任ある立場に就いてくれたらうれしいなとは思います。彼がいるといないとでは、日本のテニス界は全然違う未来になると思うので。

 だから、あまりテニスから離れてほしくはないかな。ガッツリではなくてもいいので、ふとした時に会って話ができたり、短期でもいいのでジュニア選手やプロの若手が助言をもらえるような立場にいてくれたらなと思います」

 錦織の持つ経験や知識を後進に伝えてほしいと望む一方で、添田氏は「すぐにコーチになってほしいとは思わない」とも明言する。それは、錦織圭の魅力が、既存の概念にとらわれない点にあると思うからだ。

「僕は、圭は指導者としても、型にはまってはいけない人だと思うんです。もし彼が『コーチとはこうあるべきだ』というような考えを持っていたとしたら、それは捨ててほしいな。彼らしさを今後も持っていてほしいし、指導者になるとしても、面白い選手を育ててほしいなと思います。従来の日本人にはなかなかない発想をもたらしてほしいですね」

【引退撤回するかもしれないし】

 添田氏は錦織に、従来の日本テニス界にはない立ち位置を求める。それは、ふたりが歩んできた道が異なり、指導論にも多少の違いがあるからだろう。

「圭が『世界で通用する』と言う時は、本当にトップの中のトップ、それこそ世界のトップ20とかを指していると思うんです。彼のなかでは、やはり若いうちから海外に出て、いろんな世界を知ることが重要だという考えが根本にある。

それはひとつの正解で、たしかに日本の仕組みにずっと乗っかっていると、どうしてもプレーの幅が狭まるところはあると思います。

 ただ、僕の立場としては、それでも国内で強くなる方法を探らないといけない。みんながみんな若いうちから海外に行けるわけではないし、そのなかでどうやったらいいか考えるのも、自分たちの仕事だと思うんです。

 それに圭のような選手は、彼の真似をして育てられるものでもないと思っています。彼のプレースタイルは、彼の人間性や性格とも関連してくるので。ならば違うやり方で、彼に近づく道を探したほうがいいと思います。

 たとえば、ひとつの武器や自分のスタイルを、徹底的に貫き通してもいいと思うんです。オリジナル性を強めていったほうが、世界でも通用する選手が増えるんじゃないか? それがここ数年、僕が世界のテニスを見てきて感じたことでもあるんです。

 そういう意味でも、圭には『今の若い選手たちに何が必要だと思うか?』と聞くこともあります。すると『もっとこうしたほうがいいですよね』とか、『ここがいいと思う』とか言ってくれるんです。圭自身、将来についていろんな可能性を探っていると思いますけど、僕としては、ゆくゆくは一緒にやっていけたらうれしいなと思っています」

 錦織とともに後進の指導にあたる未来に思いを馳せながらも、添田氏はふと、現実に立ち返ったかのように言う。

「もちろん、圭もいろいろと考えているけれど、僕には言っていないだけかもしれません。

僕も、圭に何をしてほしいかなどは、直接は言わないです。まだね、残ってますからね、試合が。もしかしたら引退撤回するかもしれないし、特に彼の場合は、まだ本当にわからないので。だから先のことを話しすぎるのは、ちょっと失礼になるかなって」

「失礼になるかな」の言葉に、錦織へのまっすぐな敬意がにじんでいた。

 将来のことを話すのは、その日が来てからでいい。それまでふたりは選手と監督として、限られた日々をともに走り抜けていく。

(つづく)


【profile】
添田豪(そえだ・ごう)
1984年9月5日生まれ、神奈川県藤沢市出身。4歳でテニスを始め、藤沢翔陵高時代の2001年に全国高校総体(インターハイ)で単複2冠を達成。2003年にプロ転向し、2008年、2009年に全日本選手権シングルスを覇した。2012年はチェンナイ、アトランタのATPツアー2大会でベスト4入りし、同年7月に自己最高ATPランキング47位を記録。ロンドン五輪にも出場した。四大大会では全豪オープンとウインブルドンで2回戦に進出し、ATPチャレンジャー大会のシングルスで通算18タイトルを獲得。

デビスカップでは日本代表としてシングルス24勝、通算26勝を挙げた。2022年限りで現役を引退し、2023年からデビスカップ日本代表監督を務める。身長178cm。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

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