JR東海は台風による土砂災害で不通が続いていた東海道本線について、予定前倒しで復旧させました。しかしJR東海の路線には、災害で5年も不通になっている路線も。

どんな違いがあるのでしょうか。

3ヶ月で2回の被災、共に予定前倒しで復旧

 台風18号の影響で発生した土砂災害により、東海道本線の由比~興津間(静岡市清水区)は2014年10月6日(月)から不通になっていました。

 同区間は地域における通勤通学の足であるほか、東日本と西日本を結ぶ貨物列車の大動脈などとして重要な役割があり、JR東海は新たな台風が接近するなか復旧活動を展開。当初は10月20日(月)の仮復旧を目指すとしていましたが、予定が前倒しされて10月16日(木)の始発から、通常ダイヤで運転が再開されることになりました。

 JR東海管内では、2014年7月9日にも中央本線の南木曽~十二兼間(長野県南木曽町)で橋梁が流出するという大きな水害が発生。地域の足、また長野県と名古屋方面を結ぶ特急「しなの」や貨物列車のルートといった役割を持つこの路線についても、復旧は当初「順調にいけば8月9日前後」とされていましたが、前倒しされ8月6日始発から運転が再開されています。

 このように、3ヶ月で2度も迅速な路線復旧を実現させたJR東海ですが、まだ災害からの復旧がなされていない路線があります。しかも2009年、5年も前に不通になったままです。

1日の乗車人員が90人

 2009年10月8日、台風18号の影響で三重県を走るJR東海の名松線(松阪~伊勢奥津)が被災。土砂流入や路盤流出などが約40ヶ所で発生し、家城~伊勢奥津間が不通になりました(当初は全区間が不通)。

 この名松線の不通区間について、災害から5年過ぎた現在もまだ復旧されておらず、バスによる代行運転が続いています。なぜ復旧されないのでしょうか。

 JR東海は当初、不通が続いているこの区間について復旧しない意向でした。そのまま鉄道の運行を終了し、運賃体系はそのままにバス輸送へ切り替える考えを示したのです。

 その理由としてJR東海は「同区間を復旧しても再び同様の災害に襲われる可能性が高い」としています。不通になっている名松線の家城~伊勢奥津間は、雲出川の谷間をさかのぼる地勢が険しい区間です。

 ただそのほかにも、考えられる理由があります。「同区間の乗客が非常に少ない」ことです。その周辺は過疎化が進んでおり、JR東海のデータによると不通になる前年、2008年度の名松線不通区間における乗車人員合計は1日わずか90人。1987年の乗車人員と比較し、約20年間で80%も減少していました。この名松線は都市間連絡特急や貨物列車のルートになっている、ということもありません。

 宮崎県の高千穂鉄道や岩手県のJR東日本岩泉線など、ローカル線が被災した場合は需要と復旧費用を考慮した結果、それをきっかけとして廃線になることがしばしばあります。この名松線の場合も一部区間の廃止ですが、同様の方向性だったといえるでしょう。

 しかし名松線は、廃止にはなりませんでした。

1日90人が乗る区間を15億円で復旧させる理由

 名松線の一部を廃止してバス転換するというJR東海の考えに対し、三重県や沿線の津市は鉄道としての復旧、存続を要望。協議の結果、三重県と津市が鉄道の安全運行に必要な治山・治水工事を担い、JR東海が路線を復旧させることで合意されたのです。運転再開は不通から6年後となる2015年度の予定。復旧費用は三重県、津市がそれぞれ5億円、JR東海が約4.6億円で、合計およそ15億円が見込まれています。

 この名松線について、津市は「地域にとって生活に欠かせない交通機関であると同時に、地域の観光資源を有効に活用し、広域における活性化や潤いを創り出す、いわば将来のまちづくりの重要な基盤である」としています。

 早期に復旧した東海道、中央本線と長年に渡って不通が続く名松線。鉄道会社は同じJR東海でも、路線によって対照的です。

 ちなみに名松線の不通区間を走る代行バスに、テレビ東京の人気番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で太川陽介、蛭子能収、いとうまい子の3人が乗車(「高松~伊勢」2012年4月28日放送)。ネットで「こうした鉄道の代行バスはルール的に乗っていい『路線バス』なのか?」と少々話題になったことがあります。

 また1986(昭和61)年、ノーベル物理学賞を受賞したアメリカのリチャード・ファインマンが地図を見て予定を変更。名松線に乗って伊勢奥津へ行き、そこの旅館に夫妻で泊まることを計画し、同地で2泊したという個性あふれる同氏らしいエピソードもあります。

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