イラン戦争の影響で原油価格が上昇し、世界中でガソリン価格が上がっています。その中で香港は、1リットルあたり約32香港ドル(約640円)もする世界屈指の価格となっている街です。
なぜ、これほどガソリンが高いのでしょうか。まず大前提として、香港は狭く、幹線道路はよく渋滞します。そのため香港政府としては、一般市民に自動車をあまり所有してもらいたくないという本音があります。逆に言えば、香港政府は、自動車がなくても不自由なく移動できるほど公共交通網を整備してきました。
政府は自動車を購入する際に高額な「登録税」(46~132%)を課して自動車の購入を抑制しています。2024年末時点で、香港政府に登録されている自動車は92万台です。また、買うにしても「せめて環境に配慮を」という考えから電気自動車(EV)の購入を促しており(なぜなら、香港北部の広東省にある工場の影響を受けて大気汚染の問題がある)、2026年3月いっぱいまで補助金が下りました。
こういった事情から、ガソリンスタンドはガソリン価格に転嫁して売上を維持してきました。また、無鉛ガソリンには、1リットルあたり6.06香港ドル(約120円)の税金が課されており、これも高価格の一因です。
さらに香港の不動産価格は世界最高水準。そのためガソリンスタンドの開設と維持運営コストが非常に高いのは、言うまでもありません。
加えて、香港のガソリン業界は、基本的にシェル、エッソ、中国石化(Sinopec)、中国石油(PetroChina)、カルテックスという5社による寡頭状態であることから競争原理が働きにくいという要因もあり、香港のガソリン価格は高額なのです。
1リットル650円が会員価格だと…では実際、ガソリン価格はどのような感じなのでしょうか。2026年4月下旬に価格を調べるべく、香港のスタンドに足を運んでみました。
カルテックスを見ると、普通の無鉛ガソリンは1リットルあたり32.39香港ドル(約646円)、ハイオクにあたる無鉛プレミアムガソリンは同34.19香港ドル(約682円)でした。エッソや中国石化も値段は同じでした。
しかし、エッソは「Smile」という会員になれば、最大で通常のガソリンは同9.08香港ドル(約181円)、ハイオク系が同11.9香港ドル(約238円)にまで一気に価格が下がります。
シェルは、会員に加え、シティバンクが発行するクレジットカードを組み合わせると、さらに1リットルあたり1ドル値引きというキャンペーンなども行われています。ほかにも航空会社のマイルがたまるサービスもあり、客の囲い込み合戦が活発に繰り広げられるという資本主義そのままの姿がありました。
筆者(武田信晃)の友人は、「中国石化とシェルの会員です。どこかの会員にならないとガソリン代を抑えるのは無理ですね。しかし最近、節約術がもう一つあって、物価の安い中国本土の珠海で給油をしています」と話します。
どういうことでしょうか。
中国と香港は「同じ国」ですが、香港は異なる「地域」のため、これまで中国と香港を往来する自動車はそれほど多くありませんでした。もちろん、香港の車が中国本土のナンバープレートを取得することも可能ですが(香港と中国の2枚を付けている車を香港で見かけることがある)、オーナーが中国本土にも会社を持ち、多額の納税や寄付をするなど、中国本土のナンバーを取得するのは大変でした。
しかし、香港と中国の経済交流を深めるため2023年から「港車北上」という制度が作られました。これにより、香港の一般の車の所有者も、申請し、抽選に当たれば(香港の車が広東省で急増することによる混乱を防ぐため、一定数の枠を設けている)、中国本土を走れるようになりました。少し古い数字ですが、香港政府によると2025年3月末現在で14万4000台がこのライセンスを受けたと発表しています。
「珠海で給油する価値がある」香港から珠海(広東省)に車で向かうときは、基本的に世界最長の海上橋「港珠澳大橋(HZMB)」を通ります。ただし、このHZMBも混乱を防ぐため、曜日よっては事前予約が必要で、かつ予約枠があり、必ず珠海に行けるわけではありません。
こういった細かな規定はあるものの、それでも「珠海に行って給油する価値がある」と友人は語ります。
「もし、香港で普通料金で給油した場合、1500香港ドル(約3万円)かかるとします。中国本土なら人民元から香港ドルに換算しても500香港ドル(約1万円)くらいです。
HZMBの通行料金は往復300香港ドル(約6000円)ですが、これを払っても安いのです。ちなみに洗車も安いそうで、香港なら200香港ドル(約4000円)ですが、中国なら20人民元(約460円)で済むといいます。
香港人は中国に対していろいろと思うところがあるようですが、現実問題を考えると中国の物価の安さに抗うのは困難でしょう。
2025年11月には、「港車北上」の逆バージョンで広東省の車が香港に入れる「粤車南下」という制度も始まりました。これも台数制限があるなど細かな規定があるため、広東省の車は現時点ではほとんど見かけません。ガソリンも駐車料金も高いため、広東省の車が香港を走るメリットは見いだしにくく、近い将来においては、広東省の車があちらこちらで走る姿はあまり多くなさそうです。
逆に、価格差を考えると港車北上の制度を使って中国本土で給油し、合わせてショッピングや食事をする香港人はさらに増えるでしょう。香港の内需を弱めるため、香港経済を冷やしてしまいかねませんが、背に腹は代えられません。いずれにせよ、香港人カーオーナーが、なんとかガソリン代を抑えようと努力している姿は日本人のそれと全く変わりません。世界情勢に翻弄されながらも、なんとか生活防衛を図っている香港人の現実がありました。

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