2019年8月に埼玉県知事に就任した大野元裕知事が、公約の一つに掲げたのが「あと数マイル・プロジェクト」です。埼玉高速鉄道(SR)に加え、東京12号線(都営大江戸線)、東京8号線(有楽町線)、日暮里・舎人ライナー、多摩都市モノレールの4路線を「あと数マイル(2~3km)」延伸して埼玉県内に乗り入れさせようという構想です。
知事が不運だったのは、就任早々コロナ禍に見舞われ全ての前提が狂ってしまったことでしょう。生活様式の変化で鉄道事業者の経営状況は大きく変わり、延伸という大事業を行う体力がなくなってしまいました。
しかしそれでも検討は続いています。2020年に設置した「公共交通の利便性向上検討会議」は、鉄道延伸と地域公共交通の二つのテーマで検討の方向性を議論し、「課題はあるものの延伸の意義・効果及び可能性が認められた」とする報告書を2021年3月に発表しました。
これを受けて2021年度に延伸ルートの調査、2022年度に導入空間の調査、2023年度に延伸効果の調査、2024年度に車両基地・変電所の空間確保の調査を実施し、2024年7月に「数マイル・プロジェクト推進検討会議」を設置しました。2026年3月に発表された検討会議の報告書を見ていきましょう。
まずは路線構想です。首都圏の鉄道整備は、プロジェクトが交通政策審議会答申に含まれるところから始まりますが、SR延伸以外に2016年の答申198号に含まれているのは8号線と12号線の延伸のみです。
8号線の経緯はやや複雑です。都市高速鉄道8号線は和光市~新木場間と、豊洲から押上・亀有に至る分岐線で構成されています。このうち住吉~押上間は半蔵門線の一部として先行整備され、豊洲~住吉間は2030年代半ばの開業に向けて工事が進んでいます。
12号線は光が丘~大泉学園町~東所沢間の延伸プロジェクトとして登場します。このうち光が丘~大泉学園町間は東京都が事業許可申請に向けて動き出していますが、大泉学園町~東所沢間は「事業性に課題があり、関係地方公共団体等において、事業性の確保」が必要と指摘されています。また、同区間は東京都と埼玉県に跨がるため、事業主体の検討が必要としています。
4路線それぞれにある延伸の「壁」多摩都市モノレールは上北台~箱根ケ崎間、多摩センター~町田間、多摩センター~八王子間の3区間が答申に登場しますが、埼玉県への延伸計画はありません。あと数マイル・プロジェクトでは上北台から分岐、または箱根ケ崎から北上を想定しています。いずれも県境まで2~3kmなので、まさに「あと数マイル」です。
日暮里・舎人ライナーに公式の延伸計画はありませんが、終点の見沼代親水公園駅から250mも歩けば埼玉県草加市です。あと数マイル・プロジェクトでは北、北東、北西の3方向への延伸を検討しています。
しかしこれらの計画にはそれぞれ問題があります。8号線は総延長が30.5km、2016年時点の概算事業費が5800億円に達するなど事業規模が大きく、事業採算性に大きな課題があります。沿線自治体は近年、八潮~野田市間を先行整備し、八潮からつくばエクスプレスへの乗り入れを目指しており、計画の方向性が定まっていません。
多摩都市モノレールの上北台~箱根ケ崎間延伸は2025年11月に事業認可を受け、2034年度の開業に向けて整備着手しました。
モノレールは導入空間となる高規格の道路が必要であり、上北台~箱根ケ崎間延伸も同区間の道路整備が進んだことで実現しました。埼玉方面への延伸は導入空間の確保が必要です。上北台から北上する場合、同駅で立体交差できるよう構造を変更する必要があり、水源地である多摩湖の横断方法を検討しなければなりません。
最大の問題が日暮里・舎人ライナーです。新交通システムもモノレールと同様、道路に導入空間が必要です。同線が走る都道58号線・県道104号線は見沼代親水公園駅から鳩ヶ谷方面に伸びており、道路を拡幅しなくても建設できそうに見えます。それ以外の方向に延伸する場合は導入空間の確保が必要です。
しかし最大の問題は混雑です。日暮里・舎人ライナーは今や日本で最も混雑する路線となり、埼玉県からの新しい乗客を受け入れる余地がないのです。埼玉県内に車両基地を新設したとしても、線路構造や信号システムの制約から、大幅な増発は困難です。
最も可能性が高い路線は最も可能性が高いのは、そのままの形で答申に記されている12号線延伸でしょう。
この「跨がる問題」は全てのプロジェクトに共通する課題ですが、不可能ではありません。前例が千葉県の本八幡駅に乗り入れている都営新宿線です。同線は元々、千葉県営鉄道(本八幡~千葉ニュータウン)との直通運転を予定しており、本八幡を境界駅として都と県が分担して建設する計画でした。
当時、「東京都地方公営企業の設置等に関する条例」は鉄道の事業区域を「特別区(23区)の存する区域」としていましたが、千葉県乗り入れに際して「都及びその周辺の区域」に改正したため、12号線も制度上は都営大江戸線のまま東所沢に延長できます。埼玉県内の建設費と開業後の営業費を全額負担する条件で、都に建設・経営を委託するという選択肢もあるかもしれません。
根本かつ最大の課題は将来ビジョンです。SRの延伸開業が2040年代を目標にしていることを踏まえれば、ほかの4線区は最短スケジュールで進んでも20年程度、2040年代後半の開業になるでしょう。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、埼玉県の人口は2025年頃の737万人をピークに2050年は663万人まで減少する見込みです。さいたま市、川口市、越谷市、新座市などは2050年時点でも2020年と同等の人口を維持し、八潮市は1割近く増加しますが、草加市と所沢市は1割近く減少する見込みで、かなりの地域差が出そうです。
また、総人口が同等であっても、鉄道利用者の中心となる生産年齢人口(15~64歳)は確実に減少するため、需要確保は簡単ではありません。実現に向けて最後のステップに入った埼玉高速鉄道の延伸も、浦和美園~岩槻間の「中間駅」まちづくりがカギを握っています。

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