西武ライオンズの先発投手陣は、12球団屈指の陣容だろう。3年連続2ケタ勝利を挙げているエース右腕の高橋光成。

リリーフから転向1年目で11勝を挙げた平良海馬。いよいよ覚醒した感のある大器・今井達也。ほかにも安定感のある松本航、アンダースローの與座海人、ドラフト1位ルーキーの武内夏暉もいる。

 長髪がトレードマークの高橋や今井のように、特徴的な風貌の選手も多い。昨年の西武株主総会では、株主から選手の髪型や服装について苦言が寄せられたこともあった。

西武・隅田知一郎が振り返る1年目に痛感したプロの壁 「打者の...の画像はこちら >>

【昨シーズン9勝をマーク】

 そんななか、昨季9勝を挙げた3年目左腕・隅田知一郎(ちひろ)はセンター分けの黒髪で、どこにでもいそうな髪型だ。

── 周りには個性的な髪型の選手もいますけど、「自分も......」と思うことはないんですか?

 そう尋ねると、隅田は「あぁ~」と息を吐いてから、こう答えた。

「周りはまったく気にしていないです。周りに影響されることは、まったくないですね」

 この言葉を聞いて、「大学時代とまったく変わっていないな」と感心してしまった。初めて隅田を取材したのは西日本工業大3年時だったが、まだドラフト候補として注目される前から隅田には「自分の世界」があった。

 周りに流されることなく、自分がやるべきことをやる。だからこそ、入学時点でNPBに進んだ選手がひとりもいなかった西日本工業大で4球団からドラフト1位指名されるほどの選手になれたのだろう。

 2月14日、欧州代表と戦う侍ジャパンの代表メンバー28名が発表された。

若手中心に選ばれた選手のなかに、隅田の名前もあった。

 プロ1年目は打線の援護に恵まれず1勝10敗とつまずいたものの、2年目の昨季は9勝10敗と活躍。シーズン後には侍ジャパンに招集されると、アジアプロ野球チャンピオンシップの韓国戦で7回無失点の快投。同大会のベストナイン投手部門に選出されている。

 隅田はいま、宮崎での南郷キャンプで順調に調整をこなしている。2月8日には今季から西武に復帰したベテラン捕手・炭谷銀仁朗を相手に、ブルペンで81球を投げ込んだ。

報道陣から「スミスミ・バッテリー」の感触を聞かれた隅田は、こう答えている。

「初めて受けてもらって、いい球を投げられましたし、意思疎通できたのはよかったと思います。炭谷さんからはクロスファイアーが独特というか、いろんな方向に動くのがいいと言ってもらえました。僕もそういう意識で投げているので、そこを伸ばしていきたいですね」

 大学時代よりも右足をダイナミックに上げる躍動感のある投球フォームと、指にかかったストレートのキレは目を見張った。とくにブルペンではストレートを重点的に投げ込み、強化しているように見えた。

【プロは弱点を見つけるのが難しい】

 練習を終えた隅田を直撃すると、「(ストレートの強化は)今日だけじゃないですね」と言って、こんな狙いを明かした。

「バッターにも相性はありますけど、このバッターには(ストレートで)差し込めるけど、このバッターには差し込めない......ではいけないので。

どのバッターでも差し込めるようなボールを投げたいんです。まあ、究極ですけどね」

 大学時代の隅田が高く評価されたポイントは、ウイニングショットとして使える球種の多さにあった。ストレート、スライダー、カットボール、フォーク、チェンジアップ、ツーシーム、カーブ。7球種を決め球として操れる大学生左腕など、どこを探してもいない。

 だが、プロの世界では通用する球とそうではない球があった。「大学野球の打者とプロの打者は何が違いましたか?」と尋ねると、隅田は少し考えてからこう答えた。

「プロのバッターは一人ひとり、軸があります。たとえば、選手によってどのボールを打つか『目付け』をしている。そこは大学生ではやっていない部分ですね。やっぱり弱点を見つけるのが難しいです」

 隅田の言う「目付け」とは、プロの打者がよく使う用語である。打者はボールの軌道を予測するために、投手がボールをリリースする前後に着目するポイントを決めている。このポイントが「目付け」になる。

 プロ初勝利のあと10連敗と苦しんだプロ1年目。隅田は「プロのバッターは飛びついてこないな......」と感じたという。

「最初はいいコースに投げようとしすぎて、手を出してもらえないことが続きました。そこで飛びついてこないのがプロのすごさだと思います。大学生なら、手を出してもらえないなら簡単にストライクをとりにいけますけど、プロならカチンと持っていかれる。その難しさがありましたね」

 とくにプロの打者に見極められたのが、スライダーだった。隅田は「プロはピッチトンネルから外れた球は飛びついてこないんです」と解説する。

 ストレートの軌道を基本線とすると、変化球を基本線になぞってから動かしていくと打者が手を出しやすくなる。逆に基本線をなぞることなく大きく外れる変化球は、打者が判別しやすく見極められやすい。そうした考え方を「ピッチトンネル」という。隅田のスライダーは曲がり幅が大きく、ピッチトンネルから外れやすい球質だったのだ。

 プロ2年目に入り、隅田の絶対的な決め球になったのはチェンジアップだった。

「チェンジアップの手応えはもともとありましたし、大学時代と同じように三振がとれました」

 チェンジアップを右打者だけでなく、左打者にも決め球として使える左投手は意外と少ない。その効力をアジアプロ野球チャンピオンシップで実感した野球ファンも多かったに違いない。

【オールドスタイルのワケ】

 最後にどうしても聞きたいことがあった。キャンプの練習中、西武の投手陣はロングパンツ型のユニホームを着こなすなか、隅田だけストッキングを露出する「オールドスタイル」だった。大学時代もオールドスタイルだっただけに、この点も「周囲に影響されたくない」という意思が反映されているのではないか。

 だが、隅田の返答は予想外のものだった。

「あんまりこだわっていないです。別に狙いがあるわけではなくて。こっちのほうが動きやすいというのはありますけどね」

 惑わず、こだわらず。それもまた、隅田らしいと言えるのかもしれない。

 隅田の取材を終えたあと、恩師である西日本工業大の武田啓監督にも話を聞いてみた。武田監督に取材の様子を伝えると、「いい意味で何にも変わってないですよ」と笑った。その口ぶりは、どこか誇らしげでもあった。

「大学時代から周りに左右されず、自分を持っている男です。それでいて、人から吸収する柔軟性もあるし、違うと感じたら『僕はこう思います』と言える。プロでもいろんなものを吸収して、マウンド姿に成長を感じますね」

 そして、武田監督は思いを込めてこう続けた。

「隅田によく言うんですよ。『16勝くらい勝て』って」

 今の隅田の力量と進化スピードを考えると、「16勝」はじつにリアリティのある目標数値に感じられる。

 武田監督の期待どおりの成績を収めたその時、隅田は名実ともに日本を代表するにふさわしい左投手になっているはずだ。