夏の甲子園は高校球児が日本一を争う大会であると同時に、プロ志望の選手にとってはプロスカウトにアピールする「ラストオーディション」でもある。

 しかし、スカウト陣が集まる今夏のバックネット裏は、例年と比べて熱が低いように感じられた。

今夏の甲子園に出場する有望選手の多くが、すでにプロ志望届を提出しない意志を固めていたからだ。

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【大学進学予定の高校屈指の強打者】

 残念がるスカウトが多かったのは、阿部葉太(横浜)である。走攻守にハイレベルな実力者で、高校2年5月から名門の主将を務めるリーダーシップを持つ。今夏の神奈川大会準々決勝(平塚学園戦)では、敗色濃厚の9回二死から逆転サヨナラ打を放ったのも記憶に新しい。

 プロ志望届を提出していれば、ドラフト指名は確実だっただろう。しかし、今春のセンバツ前には、阿部が名門大学への進学を決めたという情報がスカウト間で広まっていた。あるスカウトは「阿部くんにはプロを選んでほしかった」と惜しんだ。

「投手は自分主導だから、どんな環境でも伸びる選手は伸びます。でも、打者は投手が投げてくるボールに対応する受身の形になります。阿部くんくらい力のある選手なら、早くプロに入って、ハイレベルな投手のボールをたくさん経験したほうがいいと思いました。でも、すばらしい選手なのは間違いないので、大学でも代表クラスで活躍してくれるでしょう」

 田西称(たさい・とな/小松大谷)も、すでに大学進学を表明している有望選手だ。身長180センチ、体重90キロのたくましい体躯の持ち主で、高校通算25本塁打を放っている。今春4月に実施された高校日本代表候補強化合宿では、左打席から快打を連発。

スイングの迫力と飛距離は、参加選手のなかでも図抜けていた。

 創成館との甲子園初戦に1対3で敗れた試合後、田西はあらためて自身の進路について言及した。

「大学へ行きます。本当に日本を代表するバッターになりたいと思っています。まだ通過点なので、試合に負けた悔しさを忘れず、上のステージでも頑張りたいです」

 日本を代表する打者になるには、プロのほうが近道なのではないか。そう尋ねると、田西はこう答えた。

「目標はプロですけど、そこで活躍するために『本物』になってから勝負したいんです。今は全部の部分で力が足りていません。とくに大一番で活躍できるような、精神力をもっと高めていきたいです」

【夏の甲子園2025】「プロを選んでほしかった」とスカウトが惜しんだ逸材たち なぜ彼らはプロ志望届を出さないのか
天理の好打者・赤埴幸輝 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【この体ではまだプロで活躍できない】

 赤埴幸輝(あかはに・こうき/天理)も、遊撃手の好素材としてプロスカウトがマークする存在だった。躍動感のあるフィールディングはグラウンドで映え、自分の間合いでとらえられる打撃も光る。

 しかし、赤埴は春先の時点で、誘いを受けた強豪社会人への入社を決めている。なぜ、社会人だったのか。赤埴はこんな事情を明かした。

「プロの世界に行けたとしても、この体ではまだ活躍できないと判断しました」

 赤埴の身長は181センチあるが、体重は74キロに留まっている。いかにも細身に見えるシルエットだ。この冬場にフィジカル強化に励んだが、思うように体重が増えなかったという。

「この体では、プロで活躍できるまでに何年もかかってしまうと思いました。それなら社会人に行かせてもらって、もっと体をゴツくして、プロ1年目から活躍できる力をつけたいなと。技術的にも、まだまだ下手くそなので」

 天理の藤原忠理監督は、高校指導者の立場から赤埴の進路決定について語った。

「赤埴は身体能力が高く、野球選手としていいものを持っています。勉強との両立もできる子ですが、本人が野球に集中したいという希望が強く、社会人という決断になりました。プロ側には申し訳ないのですが、社会勉強をしっかりしたうえで、力があればプロを目指せばいいというのが私の考えです。そのほうが、プロに行けた時も、社会人としてしっかりとした生活ができると思うんです」

【スカウトたちの感想は?】

 一方、プロ志望の選手が少ない現状について、スカウト側はどう感じているのか。DeNAの河原隆一スカウトはこんな見方を示した。

「ドラフト上位レベルの力があれば、プロ志望届を提出するはずです。

ただ、突き抜けた存在ではない場合は、大学などでワンクッションを入れて『4年後に上位でプロに行きたい』と考える選手が多いのでしょう。高校側もそうした進路指導をしているケースが多い印象です」

 また、日本ハムの大渕隆スカウト部長は今夏の甲子園にプロ注目選手が少なかった背景について、このように考察する。

「今年の高校生は、ドラフト候補と呼べる母数が少なかった印象があります。また、甲子園にたどり着く前に敗れてしまった有望選手も多かった。『大学・社会人に進むドラフト候補が多い』といっても、その点を見落としてはいけないと感じます」

 たとえ数は少なくても、本気で高卒でのプロを狙う選手がいるのも確かだ。石山愛輝(中越)のように、「いい選手が(プロに)行かないということは、枠が増えるので。むしろありがたい」と語るプロ志望選手もいる。

 プロを目指すルートは、ひとつだけではない。それぞれの道を突き進み、いずれ最高峰で輝く選手がひとりでも多く現れることを祈りたい。

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