小笠原道大が語る「DH制導入の是非」(前編)

 高校野球では2026年春からDH(指名打者)制が導入されることになり、プロ野球でも2027年からセ・リーグのDH制の採用も決定した。現役時代は両リーグでMVPを経験し、引退後は中日の二軍監督を務めた経験のある小笠原道大氏に、DH制導入によりどんな影響が考えられるのか聞いた。

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【DH制導入のメリットとデメリット】

── 小笠原さんは中日の二軍監督時代に采配を経験されています。DH制の導入についてはどのようにお考えでしょうか。まず、メリットからお聞かせください。

小笠原 これまではビハインドの展開になると、たとえ先発投手の球数が少なくても、代打を送らざるを得ない状況がありましたが、DH制が導入されると投手をギリギリまで引っ張れます。その分、先発投手が完投するなどして育っていきますし、規定投球回にも到達しやすくなります。それに粘って投げ続ければ、打線の援護で勝ち星も増えやすくなります。余計にほかの投手を登板させる必要もなくなります。

── それ以外にもメリットはありそうですね。

小笠原 最近は、バントが苦手な投手が多い印象があります。そのため、DH制で打者を打線に組み込むことで、得点の確率が高まると思います。投手は不慣れなバントや打撃をしなくても済む分、投球に専念できますし、打撃や走塁の際に起こりがちなケガのリスクも減ります。

── デメリットについてはいかがですか。

小笠原 先発投手が長いイニングを投げるとなると、その分、中継ぎ投手の出番は減ってしまいます。

── 采配で一番難しいと言われる継投ですが、それに伴うベンチワークも見られなくなるかもしれないですね。

小笠原 ネクストバッターズサークルに代打を立たせて、相手が投手を交代するのか続投させるのかを探る"駆け引き"。あるいは延長12回を見据えた選手起用のやりくりなど、いわゆる"采配の妙"を発揮する場面は少なくなります。目の肥えたファンにとっては、野球の醍醐味のひとつが失われ、面白さが薄れる面もあるでしょう。賛否が分かれるところだと思います。

── ベンチ内のホワイトボードに選手名が書いてありますものね。

小笠原 相手チームと自チームの残ったベンチ入りメンバーを見極めながら、投手・打撃・守備それぞれの担当コーチの意見を聞いて采配を振るうわけですから、監督にとっては負担が減ってラクになりますよ(笑)。ただその一方で、「力対力」の勝負は増えてきますね。

【投高打低の傾向は緩和される⁉︎】

── 小笠原さんが二軍監督を務められていた当時、DH制における投手起用はどのようにされていましたか。

小笠原 ご存じない方もいらっしゃるかと思いますが、プロ野球のファーム(イースタン・リーグ、ウエスタン・リーグ)ではDH制が採用されています。ただ、中日はセ・リーグ所属のため、一軍昇格後をイメージして、育成目的であえて投手を打席に立たせることもありました。バントを経験させたり、チーム打撃をさせたりすることもありました。

── DH制導入に伴い、野手側の影響についてはいかがですか。

小笠原 単純に「出場枠」がひとつ増えるため、チャンスは広がります。守備が苦手な選手も出場できるようになり、守備力が衰えてきたベテラン選手の現役寿命も延びます。また、打者がひとり増えることで、「投高打低」の傾向がやや緩和され、「打高投低」に近づく可能性はあります。

── 今のプロ野球で、「打てる投手」として名前の挙がる選手は誰ですか。

小笠原 中日の藤嶋健人選手はいいバッティングをしています。また、プロ入り時に「二刀流」として注目された日本ハムの矢澤宏太選手については、ほとんど野手での出場ですよね。

── かつては、400勝を挙げた金田正一さん(元国鉄ほか)は実働20年で通算38本塁打を記録し、堀内恒夫さん(元巨人)や江夏豊さん(元阪神ほか)は、いずれも自身のノーヒットノーランの試合で本塁打を放っています。

小笠原 最近は「投手に打たれたら......」と警戒するピッチャーは少なくなりましたね。桑田真澄さん(元巨人ほか)のバッティングはほんとにすばらしかったですし、川上憲伸(元中日ほか)も弾丸ライナーのホームランを打っていました。そんな「強打の投手」を見られなくなるのは寂しいですね。

【野球をつづけるチャンスが増える】

── 高校野球でも2026年春からのDH制が導入されます。アマチュア野球への影響はいかがでしょうか?

小笠原 メリットとしては、守備が苦手な選手や足の遅い選手でも、野球をつづけるチャンスが増えます。

その結果、野球人口の増加にもつながります。一方で、「エースで4番」のいわゆる二刀流の選手は減るかもしれません。ただ、中学の段階で「自分はDHだけでいい」と打撃に特化する選手が出てくる可能性もあり、自ら選択肢を狭めてしまうのはもったいないですね。

── どうすればいいのでしょう。

小笠原 いい面があれば、その反対の面もあるものです。両方を見極めたうえで、いい面を伸ばしていけばチャンスにつなげられる、という方向に持っていくことが大切ではないでしょうか。いずれにせよ、チャンスは自分でつかみ取らなければなりません。

── 選手層が厚い強豪校であれば問題ありませんが、普通のチームでは依然として「エースで4番」が多くいます。

小笠原 ただし、「球数制限」や「暑さ対策」もあり、投手を複数起用するチームは増えています。それでも、投球に専念しながら速球を投げ、守備も優れ、機転も利き、さらに打撃もできるという選手になるのは難しいでしょう。

つづく>>


小笠原道大(おがさはら・みちひろ)/1973年10月25日、千葉県生まれ。暁星国際高からNTT関東を経て、1996年のドラフトで日本ハムから3位で指名され入団。

99年に「バントをしない2番打者」としてレギュラーに定着。2002、03年には2年連続して首位打者に輝いた。06年には本塁打王、打点王の二冠に輝き、MVPを獲得。チームも日本一を達成した。同年オフにFAで巨人に移籍。巨人1年目の07年に打率.313、31本塁打、88打点の活躍で優勝に貢献。史上初めてリーグをまたいでの2年連続MVPに輝いた。13年オフに中日に移籍し、おもに代打として活躍。15年に現役を引退した。引退後は中日二軍監督、日本ハムのヘッド兼打撃コーチ、巨人二軍コーチ、三軍コーチを歴任。23年オフに巨人を退任し、現在は解説者として活躍中

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