「翔平は翔平」──走る姿に表れていた大谷翔平の異変 ドジャー...の画像はこちら >>

 ロサンゼルス・ドジャースが14年連続のポストシーズン進出を決めた。9月14日(日本時間15日)、敵地でシンシナティ・レッズを4対1で破り、メジャー最長記録に並ぶ14年連続のプレーオフ進出。

試合後には選手たちがスパークリングワインで乾杯し、10月への切符を手にした喜びを分かち合った。

 だが、そのフィールドに大谷翔平はいなかった。左ひざと右上腕二頭筋に問題を抱え、ドジャース移籍後初めて15日間の負傷者リスト(IL)に入っている。遠征にも同行せず、ロサンゼルスに残った。

 15日にはIL入り後、初めてティー打撃を再開したが、最短で復帰できる23日(日本時間24日)の時点でレギュラーシーズンは残り5試合しかない。デーブ・ロバーツ監督はシーズン中の復帰を見込んでいるものの、具体的な日はまだ決まっていない。ポストシーズンでも100%の状態に戻らない可能性がある。なぜ、ここまで来てしまったのか。

【一塁コーチから見た「感覚と現実のズレ」】

 その兆候は1カ月前、野球で最も基本的な動作である「走る」ことに、すでに表れていた。

 8月、大谷は左ひざについて興味深い話をしていた。痛みそのものはそれほど強くない。しかし、トップスピードまで上げることが難しく、ベースを回る際には普段より外側に膨らんでしまう。また、自分では間に合うと思って走ったのに予想以上に際どいプレーになったり、アウトになったりする。

自分の感覚と実際のスピードとの間に「ズレ」が生じているというのだ。

 そこで、その走りを最も近い場所から観察しているふたりのコーチに聞いた。一塁ベースコーチのクリス・ウッドワードと、三塁ベースコーチのディノ・イベルである。

 ウッドワードは、大谷の変化をはっきり認識していた。

「トップスピードが少し落ちていることには、間違いなく気づいています。この前、数字も確認しました。正確な数値は覚えていませんが、以前より落ちているのは確かです」

 ただし、原因をひざだけに求めることには慎重だった。投打の二刀流を続け、長いシーズンを戦ってきた蓄積疲労かもしれない。32歳という年齢もある。複数の要因が考えられるとしたうえで、「ひざを痛めたことがプラスに働かなかったのは確かでしょう」と話した。特に目についたのは、減速する時だった。

「最も難しいのは止まることです。

どんな故障でも、止まる動作が一番難しい」

 走塁は単に速く走ればいいわけではない。加速し、ベースへ向かい、角度を変え、再び加速し、最後には止まる。その一連の動きのなかで、大谷の左膝は100%ではなかった。それによってもうひとつの問題も生じていた。

「今の彼は、自分が実際よりも速いと思っているところがある」

 大谷は長年、自分ならどこまで行けるのかを身体で覚えてきた。投手のモーション、捕手の送球、外野手の位置を見れば、盗塁できるのか、一塁から三塁へ行けるのかを瞬時に判断できる。

 しかし、トップスピードがわずかに落ちれば、その体内時計にも狂いが生じる。実際、本人はセーフになったと思った盗塁がわずかな差でアウトになり、驚く場面があった。ウッドワード自身も「これはセーフになっていないとおかしい」と感じたプレーがあったという。それでも、大谷はプレーを続けた。そしてウッドワードは、今振り返ると非常に重い言葉を口にしていた。

「もし試合に出ず、リハビリに専念し、スピードをイチから作り直すことができていれば、以前に近いスピードまで戻っていたかもしれません。

でも、彼は打線に残ることを望みました」

 これは9月に大谷がIL入りしたあとの話ではない。8月中旬時点での証言である。

【三塁コーチは上向きと分析】

 一方、三塁側から大谷を見ていたイベルの見方は少し違った。8月10日の本拠地でのカンザスシティ・ロイヤルズ戦では、フレディ・フリーマンの安打で二塁走者の大谷が二度生還した。いずれも本塁へ回したのがイベルだった。

「彼の状態がよくなっているのはわかります。実際、走りもよくなっています」

 大谷がベースを以前より大きく回っていることも、悪化の兆候とは捉えていなかった。

「ひざを再び痛めず、いい状態に保つために慎重になっている」という見方だった。走る角度もタイムもよく、三塁へ向かってくる表情からも、本人の感覚が戻りつつあるように感じたという。つまり、一塁側ではスピード低下と身体感覚のズレが見え、三塁側からは回復の兆しが見えていた。

 どちらかが間違っていたわけではないのだろう。大谷は回復しながら、同時に100%ではなかったのである。そしてイベルは、ポストシーズンを前に走塁を修正する必要性を問われ、印象的な言葉を残した。

「彼は翔平です。翔平は翔平なんです」

 ミスばかりを考えれば、積極的な走塁はできなくなる。大谷は非常に頭のいい選手で、自分の状態も状況も理解している。だから一塁から三塁へ、二塁から本塁へ、行けると判断したら積極的に走ってほしい。それがイベルの考えだった。

 その後、大谷の身体は思うようには回復しなかった。投手復帰を目指して8月8日に投球プログラムを再開して以降、打撃成績も下降した。

 直近24試合では96打数19安打、打率.198、OPS.690、34三振。9月2日のセントルイス・カージナルス戦では4三振を喫し、最後の打席では右腕を気にする様子を見せた。その後4試合を休み、7日に復帰したものの、状態は再び悪化。最終的に球団はIL入りを決めた。投手としての復帰は来季へ持ち越された。

 もっと早く休ませるべきだったのではないか。当然、そんな疑問が生まれる。地元紙『ロサンゼルス・タイムズ』も「彼は超自然的な存在ではない」と題した記事で、7月や8月にILに入れず、投球プログラムの開始と中断を繰り返した球団の故障管理に疑問を投げかけた。ロバーツ監督自身も9月になって、現在の状況がわかっていたならもっと早くILに入れたかったという趣旨の発言をしている。

 結果だけを見れば、そう考えるのは簡単だ。だが、本当に判断を間違えたと言いきれるだろうか。

 8月の時点で、イベルには大谷がよくなっているように見えていた。ウッドワードもスピード低下を認識しながら、走る姿を見て「飛ぶように走っている」と驚く瞬間があった。そして何より、大谷自身が打線に残ることを望んだ。9月に入ってから本人も「もちろん完全にプレーしないことが一番の回復方法」と認めている。それでも「今はプレーし、いいプレーをすることに集中したい」と話していた。

【大谷のIL入りは誰のミスでもない】

 大谷はこれまで、野球界の常識を覆すことで「大谷翔平」になった。

投手か打者かを選ぶのではなく、両方をやった。手術から復帰する過程でも、打者として試合に出ながら投手として身体を作った。「普通の選手なら」という物差しを当てはめれば、現在の大谷は存在していなかった。だからこそ、今回も本人は自分の身体を信じ、ドジャースもその可能性を信じたのだろう。

「翔平は翔平なんです」

 イベルの言葉には、大谷を扱う難しさも凝縮されているように思える。今回は、その「翔平ならできる」が通用しなかったのかもしれない。32歳になった身体、左ひざの炎症、長年の二刀流による負荷、さらに投手復帰へ向けた調整。それらが重なったのである。

 それでも、こうなったことを単純な判断ミスとして片づけることには違和感がある。大谷自身も球団も、ただ突き進んだわけではない。回復と出場を両立させようとしながら、その時々の身体の状態を見て前へ進んだ。そして最終的に、身体がそれを許さなくなった。

 ポストシーズン進出を決めた夜、大谷はフィールドにいなかった。今はようやく完全に立ち止まり、再び走り出すための時間を過ごしている。10月、大谷翔平はどんな身体でフィールドに戻ってくるのか。その答えは、まだ出ていない。

奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda

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