山口アタル インタビュー(後編)

 少年から青年へと成長した山口は、アメリカの大学で野球を続けた。そして2022年夏、日本のプロ野球への挑戦を決意した。

ところが、日本球界にはほとんどつながりがなかった。そこで山口が取ったのは、極めてシンプルな方法だった。

【プロ野球】日本球界との接点ゼロ→12球団に自ら動画を送付 ...の画像はこちら >>

【伝説になった入団テストの一発】

 自ら12球団に売り込む。各球団の公式サイトを調べ、問い合わせ窓口を探し、自身の打撃や走塁、ウエートトレーニングなどを収めた動画を送った。しかし、ほとんど返事はなかった。

 それでもあきらめなかった。再び12球団へ動画を送ると、その熱意がようやく届いたのか、日本ハム、西武、DeNAの3球団から「入団テストを受けないか」という連絡が来たのだ。

 テストを受けるための準備を進め、日本に渡った山口は、大阪の祖母の家に身を寄せた。本格的な練習拠点があったわけではない。

「入団テストの1カ月くらい前から、おばあちゃんの大阪の家に泊めてもらっていました。ラウンドワンのスポッチャでトレーニングしたり、公園でランニングやキャッチボールをしたりして準備していました」

 最初に受けたのはDeNAの入団テストだった。1打席目は、3ボールから3球続けて空振りして三振。2打席目も、2ストライクに追い込まれるまでまともにバットに当たらなかった。

窮地に追い込まれた山口は思いきった。

「2ストライクになった時点で、ファウルも含めて一度もボールに当たっていなかったんです。それで次はもう、目をつぶるくらいの気持ちで思いきり振った。そうしたら、まさかの逆方向へのホームランになりました」

 その一発が、山口の知らないところで"ひとり歩き"を始めた。

「次に西武の入団テストへ行ったら、スカウトの方から『詰まりながら逆方向にすごいホームランを打ったらしいね』と言われたんです。さらにファイターズのテストに行ったら、『おまえ、詰まりながらライトの柵を越えるホームランを打ったらしいな』って(笑)。どんどん伝説みたいになって......僕の実力以上に話が大きくなっていました」

 ただ、テストを受けたからといって、合格が約束されたわけではない。運命の日まで、結果はわからなかった。

【目の前が真っ暗になったドラフト当日】

 2022年10月20日、ドラフト会議当日。山口は大阪の祖母の家で、育成ドラフトの行方をスマートフォンで見守っていた。指名が進むにつれ、「自分の可能性がなくなっていく」と感じたという。

「西武が、僕と一緒に入団テストを受けた選手を指名した時はショックでした。

その選手も外野手だったので、『まさか育成で外野手をふたりも獲らないだろう』と思って、落ち込み始めました。そのあとDeNAも育成選手の指名を終えた。目の前が突然、真っ暗になりました」

 もうダメかもしれない──そう思った時だった。

「あきらめかけたところで、自分の名前が呼ばれたんです。『えっ!?』って。本当に信じられませんでした」

 北海道日本ハムファイターズ、育成ドラフト3位。山口アタル。

 しばらくして、球団から電話が入った。

「ファイターズの荻田(圭)さんから電話をいただきました。現在はスカウトをされていますが、当時、僕が送った売り込みのメールに返信してくれた方だったんです。『おめでとう』と言ってくれて、『日本での実績がないから、使える写真がない。写真を送ってくれないか』と(笑)。

それで、その場で写真を撮って送りました」

 祖母も父も、自分のことのように喜んでくれた。12球団の問い合わせ窓口を自分で探し、動画を送り続けた青年が、本当にNPBへの扉をこじ開けた瞬間だった。

 そして今も、山口の背中には「127」がある。日本球界で何の実績もないところからスタートし、育成選手としてプロの世界で生き残ってきた。3桁の背番号は、プロ入りを果たした証しであると同時に、「まだ支配下ではない」という現在地を示す番号でもある。

「『3桁の選手にしてはいい』じゃなくて、普通に『いい野球選手だ』と思ってもらいたい」

 いつの日か「127」が2桁の番号に変わるまで──。山口アタルの挑戦は、まだ終わらない。


山口アタル(やまぐち・あたる)/1999年5月28日生まれ。カナダ・バンクーバー出身。ブリタニア高からコルビー・コミュニティ・カレッジ、テキサス大タイラー校(中退)へ進み、大学時代は投手としてプレーしたのち外野手に転向。日本球界とのつながりがないなか、自ら12球団にプレー動画を送り、日本ハムなど3球団の入団テストを受験した。2022年育成ドラフト3位で日本ハムから指名され、翌23年に入団。

179センチ、95キロの恵まれた体格と高い身体能力を武器に、支配下登録を目指してプレーを続けている。右投右打

ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton

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