2026年のワールドシリーズで球団史上初の世界一に輝いたミルウォーキー・ブルワーズは、いわゆる「スモールマーケット」の球団だ。今季の年俸総額は30球団中19位の1億4350万ドル(約227億円)。

2位ドジャースの3億3800万ドル(約534億円)の半分にも満たない。

 そんなブルワーズが、レギュラーシーズンでは球団記録となる103勝を挙げ、ナ・リーグ優勝決定シリーズではドジャースを4連勝で撃破。ワールドシリーズでもア・リーグ王者のレイズを4勝1敗で退け、頂点へと駆け上がった。

 豊富な資金力を誇るわけではない球団が、なぜこれほどの強さを発揮できたのか。その背景には、ブルワーズ独自の選手発掘・育成システムと、組織全体に浸透した明確な理念があった。

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【世界一を生んだ1%の発掘術】

「球団の理念として『Finding our 1%』(我々の1%を見つける)というものがあります。スカウトミーティングの最初に説明される、球団の基本的な考え方です」

 そう明かすのは、2025年からブルワーズの国際スカウトを務める色川冬馬氏だ。

「自分たちはスモールマーケットだという認識のある球団です。スカウトであれば、1%の可能性を見つけてきなさい、と。スカウトが連れてきた1%の才能たちを、マイナーリーグの監督やコーチが磨き上げ、メジャーリーグへ送り出していく。その1%の集合体がメジャーリーグのチームをつくる、というのがブルワーズの基本的な考え方です」

 ここでいう「1%」とは、必ずしも完成された才能を意味するわけではない。たとえ現時点では評価が高くなくても、何かひとつ突出した長所や武器があれば、将来メジャーリーグで活躍できる可能性がある。そのわずかな可能性を見逃さず、組織の力で大きく育てていくという発想だ。

 今季、ブルワーズが見せた戦い方は「スモールベースボール」と形容された。スーパースターの圧倒的な個の力に依存するのではなく、盗塁や送りバントを絡め、堅実な守備を土台に一つひとつ勝利を積み重ねていく。

 だが、その野球は単なる戦術の積み重ねによって生まれたものではない。選手の発掘から育成、メジャーでの起用に至るまで、一貫した組織づくりがあってこそ実現できるものだと色川氏は語る。

「ブルワーズではサーバントリーダーシップが推奨されています。サーバントは『奉仕する人』という意味で、リーダー層の人たちが僕らスカウトや、データ分析、ストレングスなど、さまざまな分野の専門家の意見にしっかり耳を傾ける球団です」

 上から一方的に方針を押しつけるのではなく、各分野の専門家が持つ知識や経験を尊重し、組織全体で最適解を探していく。その姿勢が、ブルワーズの強さを支えているのだ。

【才能を開花させるブルワーズの流儀】

 ブルワーズは、メジャーでも屈指の育成力を誇る球団として知られる。MLB Pipelineが発表したファームシステムランキングでは、2026年開幕前に1位、8月16日発表の最新版でも3位と高い評価を受けていた。

 野手では、入団前から国際プロスペクトランキングで18位に評価されたベネズエラ人のジャクソン・チョーリオ、投手では2022年ドラフト2巡目(全体63位)で獲得し、今季のナ・リーグのサイ・ヤング賞有力候補に挙げられるアメリカ人右腕、ジェイコブ・ミジオロウスキーなど、好素材を獲得して育て上げている。

 その背景にあるのが、「1%」を見つけて伸ばすためのレクチャーだ。スカウトの全体ミーティングでは、球団内の各専門家によりスイング軌道や捕手のフレーミング、外野守備など詳細な講義が行なわれるという。色川氏が説明する。

「日本ではアップヒルのスイングとダウンヒルのスイングのどちらが正しいのかというように、答えをほしがりますよね。ブルワーズでは、たとえばある打者はダウンヒルでボールを捉える位置がここで、成功している選手がいるという事例を出してくれます。アップヒルの場合も同じです。答えではなく、何がその人に合うのかという考え方をします」

【MLB】「ドジャースの半分以下の年俸」で世界一! ブルワーズが証明した金満球団に勝つ方法 常識を覆す「1%の才能」の発掘術
ブルワーズの国際スカウトを務める色川冬馬氏とマット・アーノルドGM 写真は色川氏提供
 その好例が、今年9月に球団史上初のキャプテンに就任した外野手クリスチャン・イエリッチだ。

 2018年にマーリンズから移籍し、同年にナ・リーグMVPを獲得したイエリッチ。2020年3月には9年総額2億1500万ドルの大型契約を結んだが、その後は成績が低迷。それでも2023年から復調の兆しを見せた。その背景には、打撃スタイルの変化があったという。

「イエリッチはボールを捉える位置が、体にものすごく近い選手です。年齢と経験を重ね、そういうスタイルに意図的に落とし込んでいます。それを何も知らないで見ると、ボールを捉える位置が体に近いから『速いボールについていけていない』と思ってしまう。でも、データがわかっている人から論理的な説明があると、『これが彼の特徴なんだ』と見え方がものすごく変わります」

 1%の可能性を持った選手をどう探し、どう伸ばしていくのか。

ブルワーズでは、その判断基準をスカウトと育成現場が共有している。だからこそ、獲得した選手の才能を最大限に引き出すことができると色川氏は感じている。

「メジャーリーグでは、選手のどんな点をどう評価しているのか。メジャーに上がるまでのマイナーリーグでは、何をしているのか。現場のコーチたちが、我々スカウトにプレゼンをします。だから、全部が線でつながる。ブルワーズがほしくて、伸びるのはこういう選手だから、こういう選手たちを君たちが見つけてくれとなるわけです」

【データと人間をつなぐ専門部署】

 現代野球では選手獲得から育成、試合での作戦決定まで、データ活用が不可欠だ。専門家やAIによって膨大なデータが分析され、それをどう使うかが成否に大きな影響を及ぼす。そうした潮流を踏まえ、ブルワーズに置かれているのが「プレイヤーインフォメーション」という部署だ。色川氏が説明する。

「今の野球では情報やデータなど、あらゆるものが高度化しています。僕らスカウトでも、そのすべてを理解できるわけではありません。監督、コーチ、現場の選手に伝えたとき、どれくらい理解しているのか。

これはすごく大事なことです。その情報を選手たちにどのタイミングで、誰がどう伝えるべきか。簡単に言うと、それをものすごく調査している部署がプレイヤーインフォメーションです」

 つまり、データを分析するだけではなく、それを受け取る人間の特性まで考慮し、情報を最も効果的に活用できる環境を整えているということだ。その調査対象は、選手の技術や能力だけにとどまらない。

「選手のバックグラウンドや性格はもちろん、家族はこういう人だと全部調べ上げます。現場では、どのコーチや選手と仲がいいか。どのコーチがアドバイスすると聞くか。そのコーチに情報を伝えるには、どう理解してもらうのがいいか。情報を受け取る側の選手が理解できるように、プレイヤーインフォメーションの人たちがあらゆる調査を行ないます。それを監督やコーチとも話し合いながら、GMが最終的な決定をします」

 どれほどすぐれた助言でも、選手が納得しなければ実践にはつながらない。同じ内容であっても、誰が伝えるかによって受け止め方が変わることもある。ブルワーズは、そうした人間関係やコミュニケーションのあり方にまで目を向けているのだ。

【日本のスモールベースボールとの違い】

 先述したように、ブルワーズが今季実行した野球は、「スモールベースボール」と言われた。ナ・リーグ4位のシーズン162盗塁を記録し、成功率は75%。本塁打はリーグ最少の154本だが、832得点は同2位だった。

「でも、日本人の想像するスモールベースボールとは少し違います」

 色川氏がそう言うのは、アプローチや思想が異なるからだ。

 日本ではまずバットに当てることが重視される一方、ブルワーズでは打球速度やスイングスピードを大切にして強く振ることが求められる。結果、本塁打は少なくても多くの得点が生まれる。それがブルワーズのスタイルだと色川氏は語る。

「内野ゴロでも、強い打球なら相手のエラーを誘う可能性が増えます。とくにランナーがいる状況での強いゴロは、誰にとってもプレッシャーです。それをじわじわボディーブローのように毎イニング、ピッチャーたちにストレスを与えていく。

 ピッチャーがしびれを切らして真ん中にボールを投げると、強く振るのでラインドライブになって、外野の間を抜ければツーベース、スリーベースになる。スモールベースボールではありつつも、今の時代の野球選手の評価として大事なことはしっかり取り入れています」

 ブルワーズには、さまざまな経歴を持つ選手が集まっている。

 球団のアカデミーから育ったチョーリオ、ドラフト1巡目指名のブライス・チュラング、トレードで加入したイエリッチやウィリアム・コントレラス。さらに、今季メジャーデビューを果たしたルイス・ララやクーパー・プラットら、若い力も台頭している。

 そうした個性豊かな選手たちを束ねているのが、67歳のパット・マーフィー監督。このベテラン指揮官は全力疾走を徹底するなど、チームを巧みに統率している。色川氏が説明する。

「キャッチャーのコントレラスが内野ゴロで全力疾走せず、懲罰交代させられた試合がありました。その翌日、コントレラスは内野ゴロを打って一塁にヘッドスライディングしました。9割真剣で、かつエンタメ感もある関係性はアメリカっぽいです。

 そういうプレーをやらされるのではなく、それが選手たちの血液や細胞になっている。自分たちがコントロールできるものを、徹底的にコントロールするのがブルワーズという球団です。組織の理念を持って引き締め、全員で目標に向かって走るのは本当の組織論だと思います」

 1%の可能性を見つけ、その才能を磨き上げ、選手一人ひとりの個性を最大限に引き出す。決して潤沢とはいえない資金力を、組織の知恵と育成力で補ってきたブルワーズ。その積み重ねが、球団史上初の世界一という最高の結果につながった。

中島大輔●文 text by Daisuke Nakajima

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