この記事をまとめると
■いすゞの乗用車でもひと際マイナーな存在の「PAネロ」



■いすゞ車だがヤナセの専売だった



■販売面では苦戦して総生産台数は3000台弱で終わってしまった



いすゞがGMへ供給していたジオ・ストームがベース

いすゞの乗用車は名車揃い、というのはクルマ好きであれば周知の事実であるが、その中でもひと際マイナーな存在と言えるのがPAネロではないだろうか。



このモデル、じつは「いすゞ PAネロ」といすゞの社名が付いてはいるものの、輸入車ディーラーのヤナセ専売モデルとなっていた。



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その理由は、当時ゼネラルモーターズ(以下GM)傘下であったいすゞと、GMの正規輸入元であったヤナセが、それぞれ国内販売網の拡大と取り扱い車種の拡大という狙いがマッチしたためで、初代ピアッツァのころからピアッツァ・ネロという名前でヤナセ専売モデルが存在していたのだ。



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いすゞ ピアッツァ(初代)の走行写真



※写真はいすゞ ピアッツァ(初代)



しかしピアッツァ・ネロもベースのピアッツァは1981年デビューということもあって80年代後半にはさすがに古さを隠しきれなくなり、その後継車としてリリースされたのがPAネロということになる。



そんなPAネロは、当時いすゞが生産しGMへ供給して「ジオ・ストーム」(ジオはGMのブランドのひとつ)として販売されるものを日本向けに改良して販売されたもので、1990年5月に販売を開始した。



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ジオ・ストームのフロントスタイリング



このモデルはピアッツァ・ネロの後継車種というポジションではあったものの、基本的なメカニズムは3代目ジェミニと共通となっており、FRレイアウトだった初代に対し、FFレイアウトとなっていた。



また1991年8月にはこのジオ・ストームをベースとした2代目ピアッツァがいすゞから登場し、それをベースとしたヤナセ専売モデルの2代目ピアッツァ・ネロも登場しただけでなく、1990年8月には大元となった3代目にもクーペモデルが登場していたことで、同じようなスタイルのいすゞのクーペが4車種も存在するという非常にややこしい状態となっていたのもマイナーな存在となってしまったひとつの要因かもしれない。



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いすゞ ピアッツァ(2代目)のフロントスタイリング



ただ、PAネロはピアッツァとの差別化は積極的に図っており、1.8リッターエンジンを搭載するピアッツァに対してPAネロは1.6リッターとし、1991年3月には1.6リッターターボとフルタイム4WDを組み合わせた最強モデル「イルムシャー160R」を設定するなどしていたのだ。



とはいえ、PAネロ自体が当初から月販販売目標300台と積極的に販売しようとしていなかったこともあり、総生産台数は3000台弱とかなり少ないままその生涯を閉じてしまった。

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