秋田県はいま、全国を上回るスピードで「深刻な人口減少」に直面している。2020年からのわずか4年半で約6万人の人口が減り、今後25年間でさらに4割減ると予測されるなか、地域の生活インフラである「医療」は存続の危機にある。

医師の偏在や病院経営の赤字、さらには電気代高騰や円安による医療コストの増大――。これまでの体制では医療サービスを維持できない限界が近づいている。こうした事態を受け、県内では病院の役割分担や集約化といった、効率化への舵切りが急務となっている。
一方で、病院の集約は「通院の困難さ」という新たな課題を生んでいる。その解決策として期待される、デジタル技術を活用した移動診療車(医療MaaS)の最前線など、秋田の医療現場が挑む「持続可能な仕組みづくり」の現状を伝える。
※この記事は、毎日新聞記者で、2020年から秋田支局で勤務する工藤 哲氏の著書『ルポ 人が減る社会で起こること──秋田「少子高齢課題県」はいま』(岩波書店、2025年4月)より一部抜粋・構成しています。

広域化など見直しを迫られる医療現場

人口減少や秋田県内各地の人口バランスの変化から、少しずつ進められている対策の一つが医療サービスの見直しだ。人が減ればこれまでのようには医療サービスを提供できなくなり、病院経営が逼迫して存続が危うくなる可能性もある。医師の診断を受けるにも時間がよりかかる状態になることを懸念する声もある。
「医師数は限られているのに、現状は効率的に活用しているとは言えません。医師にとって大変な負担で、住民にとっても医療を支える負担が大きくなります」
23年春、秋田市で開かれた講座で、秋田県の幹部はこう強調した。
さらに、学校や公民館、金融機関、農協などと同様に「医療機関も広域化を迫られています」と指摘した。似た機能を持つ病院が地域に複数あると患者が分散し、病院ごとの症例数が減って、専門的な手術や治療例も少なくなる。
そうなれば医療技術の維持・向上が難しくなり、地域全体の医療機能が低下する。医師の士気も上がらず、若い医師が都市部に流出する。
そうした悪循環に加えて、「医療機関の経営にも影響を与え、安定した医療サービスが提供できなくなる恐れがあります」と語った。
その上で、一定水準の医療を維持するため「医療機関の役割分担による効率的な運用が必要」と訴えた。それぞれの医療機関があらゆる症状に対応するのには限界がある。それよりも、異なる強みを備えることで、病気やけがの症例に応じて、患者のかかる病院が決まる方式に改めざるを得ない、との考え方だ。

上がる一方の医療コスト

さらに、医療にかかるコスト面の課題を指摘する声もある。
秋田大学医学部附属病院の経営幹部は、医療の高度化で、薬剤や技術のコストも上がっているとし、「近年の電気代高騰による打撃は、大がかりな医療機器がたくさんある病院も同じです。大学病院の電気代は毎年5億円くらいでしたが、今は7億円。大学病院も赤字になります」と明かした。
「注射1回で70万円、治療1回で2億円という例もあります。医療には莫大なお金がかかりますが、病院自体の収益が高まるわけではありません」
医療費の一部を支える税収も伸び悩む。加えて、医療機器の多くは海外製で、円安に伴う輸入物価上昇の影響もあり、この幹部は「高額な医療を10年後も維持できるとは思えません」と、危機感をあらわにした。

さらに、秋田大学医学部では卒業生の多くは首都圏などに流出しているという。県内でも、秋田市周辺とそれ以外の地域で医師数に大きな偏りがある。そのほか、高齢の入院患者が治療後も退院できないケースが増え、ベッド数が不足してしまう地域もあるなど、課題は山積している。
講座では、現場の医師から、こんな発言が相次いだ。
「病院を集約すれば距離が遠くなる。交通の便や救急搬送はどう考えたらいいのか」
「地域の病院の経営母体が私立や農協系などと異なっていて、緊急時に協力しにくい」
「(診察を続けるための)体力の維持が難しい。当直勤務の翌日も夕方まで仕事をしている」
「医療が高度化し、大学病院はマンパワーが必要。昔のように各地へ均等に医師を派遣するのは難しい」
「年間200件弱のお産に産科医4人で対応している。これでは医療が成り立たなくなる」
「分娩施設を集約し、周辺のホテルなどに妊婦を待機させる方法も考えざるを得ない」
県や医師会は、医療の効率化に向け、ドクターヘリなどによる広域搬送やオンライン診療、病院間の協力、さらに患者の迅速な移動や搬送につながる道路や交通網の整備を急ぎたいという。

過疎地を回る医療機器搭載車

こうした中、医療機器を搭載した車で過疎地を診療して回る車両の運用が各地で本格化してきている。実際に車に同行してみると、過疎地の現実が見えてきた。
仙北市では24年2月、医療機器搭載車「せんぼく医信電診丸」の運用が始まった。
過疎地で医療サービスの提供が限られる中、移動が困難な高齢者の医療ニーズに応えようという狙いだ。
市によると、車両はトヨタ自動車のハイエースをベースにした1台(一式価格約2400万円)で、内部には心電図や超音波診断装置、オンライン診療のための電子カルテのシステム端末、体組成計、電子聴診器などを備えている。
当面は看護師1、2人と運転手で市内を中心に1日2件ほど回り、地元診療所の医師が端末の画面越しにリモートで診察し、症状や状態を診断していく。
医療機器搭載車の導入は、医療資源が限られる地域に住む高齢者ら交通弱者を支援する「デジタル田園都市国家構想交付金」事業の一環だ。こうした車両は医療MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)とも呼ばれる。
出発式で、田口市長はこう語った。
「仙北市は高齢化率44.7%で、県内自治体で3番目に大きく1000㎢を超える。例年大変な積雪で、各市民の自宅に伺うのは時間がかかり、すべてをカバーするのはなかなか難しい。デジタル技術を活用して幸福度向上に取り組みたい」
筆者が同行した医療用車両は、最寄りの診療所から車で約20分の場所に住む一人暮らしの80代の男性の家まで出かけ、血圧や尿の状況などを検査した。女性看護師は「診療所だと別々のスペースにあるものを使った作業が、すべて車内でできる」と手応えを語った。
この診療所によると、高齢者の多い地区では1日50人ほどの外来患者があり、診療へ出向くのが難しい。しかし危篤や看取りの際は、雪の中でも各家庭に赴かねばならず「狭くて危険な道もあり、患者の家にたどり着くまでに自分たちが死んでしまうのではないだろうか」と感じることもあったという。

医療従事者の態勢も限られる中、より安全で効率的な医療サービスをいかに提供するかが大きな課題になっていた。
市によると、路線バスなどが赤字で廃線になる例が相次ぎ、市民の移動は自家用車やタクシーに限られつつある。通院するたびにガソリン代やタクシー代で経済的な負担がかさむ。そのため1カ月分の薬を2カ月かけて服用するなどして、症状を悪化させる高齢者まで出ているという。
市保健課の担当者は「この車両で通常の診療や検診にも取り組み、遠方に住む患者の受診のハードルを下げ、症状の早期発見や重症化の予防につなげたい」と期待を語った。


編集部おすすめ