ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』で知られる脚本家の野木亜紀子と演出家・監督の塚原あゆ子が再びタッグを組んだ映画『ラストマイル』。公開2週目にして累計興収21億5000万円と、2024年実写映画最高の初動成績となるなど大きな話題を呼んでいる。
野木亜紀子が描いてきた「裏テーマ」
映画『ラストマイル』の話題のひとつとして、「シェアード・ユニバース」という邦画では新鮮なアプローチが挙げられる。
「シェアード・ユニバース」とは、同じ宇宙を共有すること、すなわち複数の作品のキャラクターたちが同じ世界線の中で生きているため、作品をまたいで登場するという「MCU」シリーズなどで定番化した仕組みを指す。
『ラストマイル』を手掛けた、脚本家の野木亜紀子、監督の塚原あゆ子、プロデューサーの新井順子は、過去に連続ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』でもタッグを組んでいる。つまり、それぞれのキャラクターたちが劇中に登場するというのだ。
そのため鑑賞前には、単純に『アンナチュラル』『MIU404』のキャラクターがその作品世界を超えることはもちろんだが、なによりそれぞれの作品の「裏テーマ」性も作品世界を超える、多角多層的なユニバース作品であることを期待した。
そして、鑑賞を終え、その期待に応えたという意味で非常におもしろい作品であったと感じた。
本記事では、『ラストマイル』の内容やネタバレ的な要素には可能な限り踏み込まず、同シリーズ作である『アンナチュラル』や『MIU404』のシーンを用いて、脚本家である野木亜紀子が描こうと試みた2つの「裏テーマ」について考えてみたい。
さて、冒頭で提示した「裏テーマ」という表現であるが、これは野木自身の言葉からの引用である。
『アンナチュラル』の放送中に刊行された雑誌『美術手帖』(2018年2月号 特集:テレビドラマをつくる 物語の生まれる場所)に収録されている、野木の語りを引用したい。少し長いが、非常に重要な発言なので、以下に抜粋する。
「テレビドラマを書くこと、見ること 野木亜紀子×古沢良太」(『美術手帖』 2018年2月 特集 テレビドラマをつくる 物語が生まれる場所)より
*ここからは『アンナチュラル』『MIU404』の結末の示唆を含みます。
『アンナチュラル』で描かれた「情報社会における“強者”への対抗」
野木が本作で描きたかった「裏テーマ」とはなにであったのか。まず、1つ目としてあげられるのは「情報社会における“強者”への対抗」である。
例えば、『アンナチュラル』においては、倫理的にグレーな方法で世論をあおり、情報の拡散を狙う週刊誌記者が最大の敵となっている。
以下に野木の「裏テーマ」がわかりやすく示されたシーンを引用する。『アンナチュラル』の最終話にて、中堂(井浦新)の恋人を殺害した犯人・高瀬(尾上寛之)が法廷にてその犯行を自白した直後、高瀬の凶行を犯行現場で取材した週刊誌記者の宍戸(北村有起哉)を刑事である毛利(大倉孝二)とその部下の向島(吉田ウーロン太)が逮捕するシーンだ。
(略)
宍戸:私は撮影をしていただけです。
毛利:おい向島、ここはサバンナだったか?
向島:東京ですよ?
毛利:だから、そういうことを言ってるんじゃないんだよ。ここは野生動物の世界であったかどうかって聞いてんだよ。
向島:人間の世界。
毛利:人間界には刑法ってもんがあんだ。
『アンナチュラル』#10「旅の終わり」より
このシーンでは「言った/やったもん勝ち」な世の中で、それでも非倫理的な「勝ち方」の一線は超えない(でいてほしい)「人間らしさ」を信じる様子が見て取れる。そこにドラマ性を見出したのが野木の作家としての才能だろう。その才能は、情報化社会となって久しい現代だからこそ広く受け入れられているといえる。
『アンナチュラル』に見られたこの「情報社会における“強者”への対抗」は『ラストマイル』でも引き継がれるのではないかと予想していた。某外資系ショッピングサイトが明らかに下敷きにされている設定や、新自由主義的な思考を体現した五十嵐(ディーン・フジオカ)の登場がその所以だ。
加えて、『ラストマイル』の主人公である舟渡(満島ひかり)は、これまでの作品とは異なり「情報社会における“強者”=プラットフォーマー」側にいる。ゆえに、『アンナチュラル』では描かれなかった、また別の「人間らしさ」を掬い取る挑戦であるといえるはずだ。
『MIU404』における「(言葉上の)“善意の空虚さ”」
続いて、2つ目の「裏テーマ」はなにか。それは、「(言葉上の)善意の空虚さを暴く」ことである。この「裏テーマ」が描かれていた『MIU404』のシーンを以下に引用したい。伊吹(綾野剛)と志摩(星野源)の刑事コンビが護衛する羽野(黒川智花)を追うため、成川(鈴鹿央士)が特派員REC(渡邉圭祐)に、その行方を捜す方法を相談するシーンである。
成川:どうやって探すんですか?特派員REC:人の善意に頼る
成川:善意?
特派員REC:「娘と孫を探しています」(筆者注:SNS上に)送信
『MIU404』#9「或る一人の死」より
余談だが、『アンナチュラル』における毛利と向島同様、「裏テーマ」を込めたとされるセリフを主人公に言わせていない点が、それを「自然に出せる」野木の巧みさだろう。
引用のシーンのあと、本当に「娘と孫を探している」投稿であると信じた他者の「善意」ある返信によって、成川は羽野の居場所を突き止めてしまう。そして、「羽野が詐欺師である」と聞かされその行方を追っていた成川だったが、彼もまたその「善意」を逆手に取られていたことが後の展開で示されることとなる。
この「(言葉上の)善意」を逆手に取る構造は、『ラストマイル』では舟渡をはじめ、登場人物たちが物流を止めまいと奔走することの動機付けに引き継がれている。この動機付けにどのように抗うかが、本作の最も大きな「バトル」だろう。
さて、ここまで「(言葉上の)善意」に続き、その「空虚さを暴く」ことについても以下に書きたい。
『MIU404』作品内においては「空虚さ」についての演出がリフレインされる。例えば、「404 NOT FOUND」=「存在しないページというエラーメッセージ」(第10話におけるセリフより)や、伊吹と志摩がその製造者を追っていた、中心に穴が空くよう形どられた薬物「ドーナッツEP」が象徴だ。
そして、極めつけは物語の最大の敵となる久住(菅田将暉)のキャラクター性であろう。
伊吹:むじぃよ。なに語?メケメケフェレットって?
志摩:メフィストフェレス!って、もういいよ!
伊吹:メケメケフェレット、久住。
『MIU404』#10「Not found」より
と、久住を分析しようとするが、奥多摩で長い時間を過ごした伊吹の「言葉よりも行動」という性格の前に、深く考えることをやめる。伊吹と志摩は上記のように、「空虚さ」という相手が仕掛ける戦略に対し、乗らな/乗れなかったがゆえに結果的に久住を逮捕することができたのではないか。
『ラストマイル』にはなにが引き継がれているのか
以上を踏まえると、『ラストマイル』における重要なファクターとなるショッピングサイトおよびその物流も、巨大すぎるがゆえに絶対的な像が定まらない「空虚さ」の象徴といえるのではないか。
映画の主な舞台となる物流倉庫だが、その中心が吹き抜けになっている建物構造は、どこか巨大な「ドーナッツ」のように見える。そして、その「穴」が物語上で大きな役目を担うことになるが、これ以上はネタバレになるので避けたい。
以上の通り、「情報社会における“強者”への対抗」と「(言葉上の)善意の空虚さを暴く」という、『アンナチュラル』と『MIU404』における「裏テーマ」は、『ラストマイル』にも引き継がれていた。
文/米澤直史
〈作品詳細〉
『ラストマイル』
■出演:満島ひかり 岡田将生
ディーン・フジオカ/大倉孝二 酒向芳 宇野祥平 安藤玉恵 丸山智己
火野正平 阿部サダヲ
「アンナチュラル」:石原さとみ/井浦新 窪田正孝 市川実日子 竜星涼 飯尾和樹(ずん)/薬師丸ひろ子 松重豊
「MIU404」:綾野剛 星野源/橋本じゅん 前田旺志郎/麻生久美子
■監督:塚原あゆ子(映画『わたしの幸せな結婚』/TVドラマ「下剋上球児」「MIU404」「アンナチュラル」)
■脚本:野木亜紀子(映画『罪の声(塩田武士原作)』/TVドラマ「MIU404」「アンナチュラル」)
■主題歌:米津玄師「がらくた」
■撮影時期:2022年12月~2023年1月(クランクアップ済)
■制作プロダクション:TBSスパークル
■配給:東宝
■公開日:2024年8月23日(金)
■コピーライト :©2024 映画『ラストマイル』製作委員会 ※2024と映画の間は、半角スペース
■公式サイト: https://last-mile-movie.jp/
■公式X(@last_mile_movie): https://twitter.com/last_mile_movie
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