
サプライチェーンの機能不全が招いた米価の異常高騰を抑えようと、政府による備蓄米放出が始まった。初回15万トンという放出が、米価安定のカンフル剤になる可能性には各界から疑問符が投げかけられ、期待値は早くもダダ下がり。
33歳で役所を辞めて就農
茨城県行方市で「田宮農園」を経営する田宮竜平さん(42)は、大学卒業後は地元の行方市役所で勤務していたが、コメ農家だった父親の高齢化にともない2016年に市役所を退職し就農。
2020年には経営も引き継ぎ、父親が取り入れたアイガモ農法をはじめ、農薬・化学肥料を使わない環境保全型農業に取り組んでいる。作付面積は19ヘクタールと広大だ。
「市役所で一般事務として働いていました。実家はもともと農家でしたが、父親の代からコメ専業農家になりました。そんな父親が年齢とともに身体がきつくなり、長男の私が33歳で役所を辞めて就農しました。
家族経営なので当初は給料というより、必要な時に小遣い程度もらう形でした。コメ農家は厳しいという声もありましたが、父親を見ていると頑張ってやれば将来的には生活は心配ないかなと思えたので。
ただ、公務員時代と変わらない生活ができるかどうかは、一長一短あるので一概には言えないところではあるのですが……」
いつかは農業を継ぐつもりというわけでもなく、腰掛けで公務員をやっていたわけでもなかった。
「それでも、公務員を辞めて飛び込むこと自体に怖さはありませんでした。現在はトラクターや田植えなどメインの作業は私1人でやっていますが、父親や家族に手伝ってもらうこともあります。
約19ヘクタールの田んぼは1人でやる面積としては限界ですが、父親の基盤をそのまま継げたのは大きかったと思います。個人の相対販売やふるさと納税などのネット販売、直売など固定のお客さんがついていたし、農機具も揃っていましたから。農機具を1からすべて揃えたら数千万円はかかりますからね。
また、父親が珍しいものが好きで、近所の方を参考にアイガモ農法を始め、そのノウハウを持っていたのも大きかったですね」
野菜に例えたら有機農法のような感じ
アイガモ農法とは、農薬や化学肥料を使わずに、アイガモの「生きる力」を借りて栽培する自然農法だ。
「アイガモは田んぼの中で動き回るので水は濁って光合成が鈍り、雑草の成育を抑制してくれます。アイガモは田んぼにいる害虫を食べてくれるし、基本的に稲にはイタズラはしません。ウチでは毎年200羽くらいのアイガモを田んぼの一部に入れて、コメを作っています。1羽600円程度のヒナを孵化業者などから買い取ってやるんです。
イノシシやカラスなどの外敵からアイガモを守るために、田んぼの周りを囲ったりもします。アイガモを田んぼに入れるのは5月下旬くらいで、8月のお盆前に田んぼから引き揚げますが、その間は飼育面でも手間暇がかかります。害虫だけではお腹いっぱいにはならないので、クズ米をあげたりしています」
アイガモ農法でできたコメは味も違うのだろうか。
「よく聞かれるんですが、味が違うということではなくて、野菜に例えたら有機農法のような感じです。ウチがアイガモ農法で作っているのはコシヒカリとミルキークイーンがメインで、もち米もやっています。
稲の穂が実る前に引き上げたアイガモは、別の場所でしばらく飼ってから最終的には食肉加工して販売します。ヒナから育てるのでエサ代もお金がかかりますし、食肉加工して売っても利益は出ません。マイナス分を圧縮するために売るという感じですね。ですから手間暇や経費もかかる分、通常に作ったお米よりは価格も少し乗せさせてもらってはいます。
アイガモ農法は全国でもおそらく数百名しかいないと思うし、ウチの強みでもあるので、できる限りは続けていきたいですね。若い方も興味を持ってくれるし、ウチにも去年、千葉の高校生がアイガモ農法の見学に来てくれました。ただ、私が知る限りはコメ農家に若い方が新規参入する例は少ないですね」
コメの高騰に「今後も農業を続けていけるとホッとした」
昨年から続くコメ価格高騰については、こう話す。
「農協相場から大きく逸脱しない範囲で相場が上昇したので、昨年よりは販売価格を上げています。ウチではアイガモ農法のコメが30キロで2万2000円くらい、普通に作ったコメが1万3000円くらいです。
私はコメ作りを始めてまだ10年も経たないけど、これまではずっと安いままで相場が安定していました。正直、コメ専業はそれなりに面積をやらないと生活も大変です。とはいえ、去年はいくらなんでも一気に上がりすぎだし、消費者にこの金額で提示するのにはすごく葛藤がありました。
ただ、生産者側からすれば、やっとまともな価格になったなってぐらいで、生活が豊かになるというより、これで今後も農業を続けていけるとホッとしたという感じです。
正直、農機具を買うために仕事してるみたいなところがあるんです。農地の広さや使い方にもよりますけど、うちは5年くらいで買い替えなきゃといった感じで今年新調しないといけなかったんで、本当少しホッとしました。トラクターやコンバインなどは1000万円を超えますからね」
今後の米価やコメ農家については、どう考えているのか。
「今の価格は高すぎるので、もう少し落ち着いてくれればと思いますが、数年前みたいに下落しすぎる事の方がよっぽど怖いです。コロナの時など会食需要がなくなり、家庭だけでは消費しきれなくてコメが余り、コメの相場は30キロ5000円でしたから。
それから収穫量も去年は思ったほどありませんでした。暑さとカメムシの大量発生でウチもひどい目にあいました。殺虫剤を使わないことが裏目に出て、加工用米に作っていた品種がやられていました。これも正直、収穫が始まってから『ひどいな』ってわかった感じでした。カメムシの発生時期の草丈は、アイガモが届く高さではないので、カメムシを食べてもらうことができないんです」
コメ農家はやりがいもあるが、やはり一筋縄ではいかない大変さがある。
「生産者としてはお客様から『おいしい』と自分のおコメを評価していただくのは励みにもなるので、コメ農家に新規参入してくれる人が増えれば嬉しいとは思います。
それもあってか、この辺だと新規参入者は畑の方が多い気がします。行方市はさつまいもをブランド化しているので、脱サラしてさつまいもを始める人が多いですね。コメに比べれば設備投資は少ないでしょうし、ブランド力が強ければ頑張った分売れるんだと思います。
コメの場合はやっぱり新潟県魚沼産のようにブランドイメージが固まっているので、この辺の地域をあげてブランド化するというのも難しいんですよね。もちろんこの辺で作っているおコメが他と比べて劣るなんてことはないんですけどね」
諸条件に恵まれた田宮さんをして、ようやく「今後も農業を続けられる」という感触しか得られない米作を「絶望産業」にしたのは誰のせいなのかは、もはや衆目の一致するところだろう。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班