家賃は手取りの50%超、あるいは定年目前で毎月10万円の赤字。いくら一定の収入があっても、一度決めた「住まい」の見直しができないばかりに、生活が容易に転落していく。
人生の基盤であるはずの“マイホーム”や“愛着のある街”が、なぜ彼らを底なしの困窮へと引きずり込むのか。脳のバグがまねく住居破綻のリアルに迫った。

貧乏の大きな原因は住居費

手取り16万円で家賃は8万円…世田谷の1Kアパートに“30年...の画像はこちら >>
家賃は手取りの50%越え。友達と趣味を捨ててなお離れられずに30年経った人は過去から逃れることはできず、時に思い出も貧乏の原因になる。氷河期世代の佐伯洋介さん(仮名・51歳)は、ECサイトのデザイン会社に勤める正社員。彼もまた、収入がありながらも「貧乏」の渦中にいる。その大きな原因となっているのが住居費だ。

「世田谷区のアパートに住み始めたのは大学生の頃からです。もう人生の半分以上をここで過ごしていますね」

佐伯さんが入居した当初の間取りは風呂なし・トイレ付きの6畳1K。家賃は4万5000円と格安だった。しかし彼が30歳の頃、建物が大規模改修されたことで、部屋は風呂付きにアップグレード。いくばくか広くなったものの、家賃は8万円に跳ね上がった。

「当時の年収は350万円ほど。
ボーナスはないけど、残業が当たり前だったので毎月23万円くらいの手取りはあったから家賃が上がっても耐えてこられた。でも、コロナ禍での在宅勤務の導入をきっかけに、会社が残業削減の方針に変わったことで、ほぼ基本給だけの状態に。今の手取りは16万円いかないくらいです。役職もつかないし、この先も昇進のめどはありません。収入増は見込めませんね」

収入の半分以上が古びた部屋へと吸い込まれていく。30年来の“相棒”が佐伯さんから奪ったものは大きかった。

「昔は登山やボランティアが生きがいで、友人もたくさんいました。ただ、道具にはお金がかかるしボランティアに参加する人は一流企業勤めの人も多く、食事ひとつ取っても割り勘すら正直しんどい。常に“支払い”という文字が頭にチラついて、次第に疎遠になっていきました」

今より家賃の安い部屋へ引っ越せない

それでもなお佐伯さんは、今より家賃の安い部屋への引っ越しを決断できないという。

「この街にいると素の自分でいられるし、落ち着くから離れたくないんです。氷河期世代の私は、新卒の入社試験を150社くらい受けて全滅。アルバイトで入った印刷会社では10年ほど働きましたが、契約社員止まりで正社員にはなれなかった。今の会社は業績も給料も良くないから、『何かあったときのために』と消防設備士の資格を取ってみたんですが、資格を使って積極的に転職活動する気にはなれません。
今まで自分から環境を変えようと外に踏み出すたびに、つらい思いをしてきました。だから環境を変える気になれないんです」

佐伯さんのように引っ越しや転職に踏み切れない心理を、明治大学教授の堀田秀吾氏はこう分析する。

「損失バイアスや不確実性回避が強く働いています。郊外への引っ越しは合理的でも、“今の生活を失う”という痛みが勝ってしまうように、人は慣れ親しんだものほど、価値を過大評価して手放せなくなります。また、今の低収入でも、正社員という立場と転職という不確実性の高い未来を天秤にかけると、人は不確実な後者を嫌がる傾向にあります。資格を取ったけど、転職のためではなく万一の保険と考えるのはそのためです」

昨今の物価高を受け、次の更新では家賃がさらに上がる可能性がある。それでも佐伯さんは築40年超の古いアパートから離れられないのだ。

手取り16万円で家賃は8万円…世田谷の1Kアパートに“30年住み続ける”51歳氷河期男性の孤独。引っ越しを決断できない理由は
最近、下北沢の古着屋とメルカリで買い集めた100円と300円のTシャツ。「固定費で収入がほとんどなくなるので、食事も値引きシールが貼られているものばかりを狙っています。ライブや舞台など、趣味にかけるお金はほとんどない」と佐伯さんは嘆く


フルローンで家購入も「売ればいいと思ってた」

手取り16万円で家賃は8万円…世田谷の1Kアパートに“30年住み続ける”51歳氷河期男性の孤独。引っ越しを決断できない理由は
「上司からのパワハラでうつ病を発症して1年休職し、昇進にも影響がありました。現在も処方薬を飲み続けています。悔いが残るのは、回らないお寿司とか、いい料亭とか、子供に人生経験を積ませてあげたかったですね」(吉田さん)
家を買えば人生は安定する。かつては、それが普通の幸せだった。吉田雅幸さん(仮名・58歳)は今から28年前、3か所から借り入れを行い、頭金ゼロの“フルローン”で、都内近郊に3LDKの新築マンションを購入した。当時の年収は740万円。諸経費を含め5000万円を超える価格は、適正とされる借入額である年収の5~6倍を遥かに超えていたが、最初の数年は金利を抑える「ゆとりローン」を活用。夢のマイホームプランに死角はないはずだった。


「国も金融機関も住宅購入を後押しし“借りられるだけ借りて買ったほうが得”みたいな空気が社会全体にありました。最初の10年は返済額も低く、住宅ローン減税もあったので家賃より安いくらいでしたね。15年くらいで売ればいいとも思っていたし、“何とかなるだろう”って、正直、深く考えていませんでした」

そのツケは、定年を前にした今になって重くのしかかる。

「修繕積立金を含めると、住居費は月18万円に上ります。役職定年で年収は下がり、今は550万円ほどです。大学生になる子供の教育費も重く、家計は毎月10万円近くの赤字。かつて低金利の際に借り換えも考えましたが、上司のパワハラで体を壊して住宅ローン団信(団体信用生命保険)に入れずできなかった。周りが低金利で借り換えていくのを、指をくわえて見ているしかなかったですね。これから基本給も年齢とともに下がっていくし、ローンもあと8年残っています。国も金融機関も最初だけ都合がよくて、助け舟なんて出してくれない。正直、“こんなはずじゃなかった”という気持ちは、そりゃあ、ありますよ」

昼時は散歩してお腹をごまかす日々

老後の生活不安も拍車をかけ、お昼時は職場が入る都内の高層ビル周辺をうろつく日々を送っているという。

「ランチ1000円以内の店はないし、コンビニもこの物価高で馬鹿にならない。
気を抜けば月3万~4万円なんてすぐ飛ぶから、とてもじゃないけど食べられません。でもデスクに座っていると、同僚が『なんで食べないのか』と尋ねてくるんですよ。ばつが悪いから昼時は毎日散歩してお腹をごまかしています」

吉田さんのようなケースを、堀田氏は「楽観バイアス」と「正常性バイアス」が重なった典型例だと分析する。

「金利が上がることはわかっていたのに『なんとかなる』という根拠のない楽観と、『自分は大丈夫』という正常性バイアスが当時の判断を鈍らせてしまったのでしょう。また、将来の痛みを小さく見積もってしまう『双曲割引』という認知の歪みも働いています。一つひとつのバイアスは誰もが持つ些細なものばかり。ただ、それらが特定の状況下で塊となって作用すると、生活破綻リスクが高くなるわけです。一見、頭で考えていることは整理されているように思いがちですが、脳のワーキングメモリは意外と小さく限界がある。そのことをまずは理解し、見える形で紙に書き出す(ジャーナリング)ことが現状打破への第一歩です」

頭で考えればわかる。その感覚が、人を“貧乏の穴”へと足を踏み入れさせるのだ。

手取り16万円で家賃は8万円…世田谷の1Kアパートに“30年住み続ける”51歳氷河期男性の孤独。引っ越しを決断できない理由は
吉田さんが現在も飲み続けている処方薬
【明治大学法学部教授 堀田秀吾氏】
言語学者。専門は法言語学。
56万部のベストセラー『科学的に証明された すごい習慣大百科』(SBクリエイティブ)ほか著著多数
手取り16万円で家賃は8万円…世田谷の1Kアパートに“30年住み続ける”51歳氷河期男性の孤独。引っ越しを決断できない理由は
明治大学法学部教授の堀田秀吾氏
※2026年5月26日号より

取材・文/週刊SPA!編集部 

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