馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。日本ダービーは特別編で、武豊騎手=栗東・フリー=のダービー6勝を【ダービー武豊伝】として取り上げる取り上げる。

第3回は2002年のタニノギムレット。この年は欧州中心の騎乗だったが、1998年の初勝利から早々と史上最多の3勝目を挙げた。

 本当に強い馬は、1頭しかいなかった。残り400㍍。直線で大外に持ち出した瞬間、勝負は決まった。不利もなく“我が道”を爆走した武豊とタニノギムレットが、計ったように楽々と突き抜ける。天才は三たび、最高のサラブレッドを誕生させた。

 「2コーナーでスペースがあったので、外に出した。前走で挟まれて、負けているからね」。混雑を極めるポジション争いの真っ最中に、名手は冷静にタニノギムレットをセーフティーゾーンへと導く。「少し流れが速かったし、シンボリ(クリスエス)が気持ちよさそうに走っていたのも気になった」。前哨戦で自らが騎乗し、圧勝したライバルが前にいる。

狙いを定めた。

 「長い直線があれば差し切れる」。名手が自信を持って追い出した坂の頂上。ギムレットは不完全燃焼に終わった皐月賞、NHKマイルCの悔しさを吹き飛ばすように末脚を爆発させる。シンボリクリスエスを並ぶ間もなく差し切った。「乗るごとに強くなっている。最高の状態だった。厩舎スタッフに感謝したい」。自然と左手が高々と上がった。

 3度目となる祭典のお立ち台。「偉大な先輩でも達成できなかった記録。まだ若いので、4つ5つと重ねていきたい」。

こん身の騎乗でつかんだ大記録にも、さらなる高みを見据える。しかし、ファンの大歓声もしっかりと耳に届いていた。「今日はギムレット(カクテル)で乾杯してください」とユタカスマイルで大観衆に呼びかけた。

 レース2日前に滞在しているフランスから帰国。また一つ、新たな記録を打ち立てた天才は、翌日には再び渡仏する。「秋まではフランスを中心にあちこちで騎乗する予定。まだまだ、自分を磨いていきたい」。夏には昨年の年度代表馬ジャングルポケットで、英国の「キングジョージ」にも挑戦する。「強い馬は強い。どんどん遠征してきてほしい」。世界中を飛び回る第一人者は、今度は海外から朗報を届けるつもりでいる。

〈小泉純一郎首相が来た!〉

 当日は小泉純一郎首相が東京競馬場で初めてダービーを観戦。

馬券も的中させて大喜びだった。

 自ら窓口に並び、「1―8、2―6を5000円ずつ、枠と馬連と両方。合計2万円だよね」と財布から1万円札(ピン札)を2枚出した。首相によると「自分の誕生日の1月8日と、今日が26日だから」たが、枠連の〈2〉―〈6〉(800円)が大当たり。「2着が写真判定で危なかったな。たまたま当たったんだよ。8倍で4万円? フフッ、GOOD LUCK!」と笑った。

 レース終了直後から降り出した雨の中で行われた表彰式にも、傘もささずに出席。ぬれても、終始上機嫌だった。「イギリスの(首相だった)チャーチルが『一国の宰相になるよりダービーのオーナーになる方が難しい』と言ったそんなレースに、3度も勝つなんて大変なことだね」と武豊に感服したあと、「何事も夢と希望とロマン、これが大事だ』」と競馬ファンにメッセージ。現職首相のダービー観戦は1958年の岸信介首相(当時)以来、44年ぶり2人目だった。

〈2002年の日本ダービー〉

  皐月賞、NHKマイルCで負けて強しの競馬を演じてきたタニノギムレット。

春のG1・3連戦という異例のローテながら1番人気に支持された。いつものように後方待機から直線で脚を伸ばし、最後は青葉賞の勝ち馬で3番人気のシンボリクリスエスをしっかりと差し切る完勝。初のタイトルをつかんだ。皐月賞馬のノーリーズンは伸びを欠き、8着だった。

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