「飲むと気持ちがラクになるんだよね」15年以上オーバードーズする33歳の娘を救えなかった母親「行政も警察も助けてはくれない」…過量服用に人生を奪われた家族の現実
「飲むと気持ちがラクになるんだよね」15年以上オーバードーズする33歳の娘を救えなかった母親「行政も警察も助けてはくれない」…過量服用に人生を奪われた家族の現実

トー横キッズをはじめとした未成年による市販薬や処方薬の乱用(オーバードーズ、以下OD)が全国的に問題になっている。厚生労働省は昨年11月11日、新たに2成分を「指定濫用防止医薬品」として規制をかけると発表した。

ODは専門的な治療が必要となるうえ、克服には時間がかかるものだ。そして家族や周囲だけでなく専門的な支援がないことには解決が難しい問題でもある。娘のODに長年悩み続けたある母親の選択について聞いた。

娘のトラブルに15年以上悩まされてきたAさん

娘が幼いころに夫と離婚したAさん(55)は一人娘のBさん(33)の処方薬のODと、それに付随したトラブルに15年以上悩まされている。

Bさんが処方薬を規定量を超えて服用するようになったのは中学生の頃だという。

「もともと小学校までは問題なく登校できていましたが、中学に上がると新しい環境に馴染めなかったのか不登校になりがちでした。学校に行ける日は疲れ果てて帰ってくることが多く『何かあったの』と聞いても『べつに』『大丈夫』しか言わず、部屋にこもる時間が長くなりました。

深夜になっても娘の部屋の電気がつけっぱなしの時ほど、このまま電気を消して私も寝たら取り返しのつかないことが起きるのではないかと眠れない日々を過ごしていました。

当時の私は娘のその状態はもちろん、とはいえ眠らないことには日中に仕事をする体力が持たないと感じたことから心療内科から催眠作用を持つ薬を服用していました。後から知ったことですが、娘も私が薬を飲むのを見て『これで楽になるのかも』と思って私のその薬を隠れて飲んでいたようです」

Aさんが服用していた薬はいったいどんなものなのか。取材した薬剤師はこう解説する。

「Aさんが服用していた抗不安薬は、日本では2016年10月より『第三種向精神薬』に指定されており、流通や処方に規制が設けられました。高い依存性のリスクがあるにもかかわらず多くの診療科で安易に処方されていたため、乱用を防ぐ目的で指定されたのです」

当時はまさか娘が自分の薬を隠れて飲んでいるとは気づかなかったAさんだったが、「なにかを隠している」という思いはあった。

しかし仕事の忙しさに追われ娘の心の奥底に踏み込む術もなければ余裕もなかった。

現在では「児童思春期外来」の認知も広まっているものの、当時はまだ数も少なく、Aさんもそんな存在は知らなかった。

それでも「娘はなんとか高校に合格でき、本人も『心機一転がんばる』と意欲を見せていました」という。

「しかしやはり環境に馴染めず、いい友人関係も築けなかったのか自主退学しました。そこからは完全に昼夜逆転の生活に。アルバイトなどもせず、私が朝起きて仕事に行くときに寝て、私が帰宅した後に外出するようになりました。

何度も話をしようと試みましたが叶わず、娘に拒絶されていることに胸が痛みました。でもそれも娘も『どう助けを求めたらいいかわからない』というサインだったということが今ならわかります。

あの時は、娘にお金を渡さないと暴れたりする状態でしたので、それを避けるために数万円のお金を渡していました。今思えば、そのお金でいろんな病院に行き、『不眠だから薬がほしい』などと言って、処方を受けていたようです」

Bさんが25歳の時に「ダルク」の家族会に繋がる

Bさんは20歳ごろからバイトを始めるようになる。娘が働き始めたことにAさんはホッとしたものの、掃除のために娘の部屋に入ると、抗不安薬の空き容器のゴミが落ちていたのを発見した。

「娘に『薬を飲んでいるのか』と問うと、『飲むとハイになるんだよね』とあっさり認めました。20代になってからは酒と薬を併用するようになり、明らかに暴言や暴力的な行為が増えました。

娘のODは悪化し、毎晩のようにリストカットするようになりました。福祉の窓口や精神科などにも相談しましたが、『成人なので本人の意思がないと強制入院はさせられない』と言われ、なす術がありませんでした」

さらにBさんの奇行はエスカレートしていく。

「呂律の回らない声で電話をかけてきて、マンションに駆けつけると屋上の柵の外側に立っていたこともありました」

娘の生命の危機を感じ、警察に相談したというAさん。娘の暴力のことも相談しました。しかし、「ご家族のことはご家族で解決してください」「今は暴れていないし強制入院などはできない」「僕らは事件にならないと動けない」と言われ、対応はしてくれなかった。

結局、教育関係の知人から薬物依存症からの回復を支援するNPO法人「ダルク」の存在を教えてもらいました。その家族会に繋がったのは、Bさんが25歳の頃だった。

「『ダルク』の家族会の個別カウンセリングを初めて受けました。これまで私は自身の母親も含めいろんな人から『仕事ばかりして娘のSOSを見逃した』『育て方が悪かった』『愛情不足だった』と散々言われ、自分を責めてきました。

でもダルクのカウンセラーさんに『あなたのご家庭は機能不全だったわけではないし、お母さんのせいではありません』『娘さんとはこのまま適度な距離を保ちダルクの費用と病院の費用以外の金銭的な援助は一切しないように』と言われて救われました」

Aさんはもう1年以上、Bさんと会っていない。

「娘は16歳で病院で処方される薬物を規定と違った量で飲み始め、薬物依存となり、33歳になった今も回復はできていません。いま私が娘にできることはダルクの費用を支払うことと、娘の命が今日も無事にあることを祈ることだけです」

薬の乱用は行政も警察も緊急の対応をしてくれない

しかし、第三者としてはどうしても「どうすればよかったか」を問うてしまいたくなる。

Aさんは答える。

「私が服用していた薬を娘の手が届かないところに置いていればよかったのかもしれない。でも16歳の娘の手が届かない所ってどこでしょうか。まさか私に隠れて飲むだなんて思いもしませんでした。

なんと言っても私は当時、孤立していました。行政や医療機関や学校、どこに行っても一時しのぎ的な対応だけで、根本的にじっくりと対応してくれるところはどこにもありませんでした。

若者に薬が処方されやすかった当時の時代背景もあり、家庭で薬が手に入りやすい環境もあったし、薬の依存性への認知不足など複数の要因が絡み合い、問題が深刻化しやすい構造があったのだと思います。

何より、未成年の若者が一人で受診した時に、本人の希望があるからと多量の睡眠剤や抗不安剤を処方していた医師が、一人ではなく、何人もいたことも問題です。今では何か所もの病院で薬を処方してもらいにくくなりましたが、娘が高校生の時は、何か所も病院で処方してもらってたくさんの薬を手にすることができたのです」

Aさんが薬物依存に陥った娘を振り返って、社会が「もっとこうなればいいのに」と思うことはいくつかある。

「警察の方が処方薬乱用など家族の問題に立ち入れないことはわかります。でも、一言『ダルクのような自助グループもある』と教えてくださったり、あるいは精神科病院においても、本人の同意がなくても事情に応じて入院できるような制度ができれば、もう少し低い依存度の段階で娘の回復を促すことができたかもしれない、とは思います」

同じような悩みを持つ家族に対して、Aさんはこんな声をかけたいと言う。

「娘は酔っている時やOD直後は傍若無人に振る舞います。

でもODで意識が混濁すると『自分はクズだ』『生きててごめんなさい』などと言うときもあり、娘自身も本当につらくて苦しい思いをしているんだということがわかります。本人もやめたいのにやめれない自分のことが嫌になるのでしょう。

依存症は本人の意志だけでどうにかなるものではないですし、家族の愛情だけで治るものでもありません。必要なのは、理解してくれる専門家、寄り添う支援者、安心して弱さを見せられる場所で、それが社会の標準になればと…今もその環境は整ってはいないと思います」

ODは依存期間が長くなるほど、Bさんのように成人以降もやめられずに乱用し続けてしまうケースがある。

現在、市販薬の乱用に対してはドラッグストアの薬剤師向けに乱用防止の研修プログラムが実施されたり、客に対して過剰摂取の兆候がないかなどの声かけを行なったりするなど、意識は高まっている。また処方薬については、重複投薬のチェックを強化するなど、対策が徐々に講じられるようになっている。

しかし、何より私たちひとりひとりが家族やパートナー、周囲に注意の目を向けることが大切なのかもしれない。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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