◎1971年5月3日 東京スタジアム
東映 0 0 0 0 1 0 0 0 5 8 = 14
ロッテ 0 0 0 3 0 1 0 2 0 2 = 8
HR (東映) 萩原3号 大杉5号・6号 作道1号 大下2号 大橋5号 張本6号
(ロッテ)得津2号 江藤2号・3号・4号 ロペス4号
プロ野球の長い歴史の中で「複数の打者による連続ホームラン」のプロ野球記録は、いったい何者連続かご存じだろうか?
答えは「5者連続」。北海道日本ハムファイターズの前身にあたる東映フライヤーズが1971年に達成したもので、半世紀以上経った今でもこの記録は破られていない。
なにぶん古い話なので、まずは当時の東映がどんなチームだったかについて触れておこう。張本勲、大杉勝男ら血の気の多い選手が多かったので「暴れん坊軍団」の異名をとり、強打を武器にした豪快な野球が売り物だった。1962年には名将・水原茂監督のもとパ・リーグ制覇+日本一を果たしたが、この頃は成績が低迷。1971年はこの試合を迎えるまで9連敗中で、2勝14敗1分と最下位に沈んでいた。
5月3日、大型連休中に行われたロッテ-東映戦。当時、東京・荒川区にあったロッテの本拠地・東京スタジアムで“伝説のゲーム”は幕を開けた。東映としては何としても10連敗を阻止したいところだが、この年史上初の両リーグ首位打者に輝くロッテの主砲・江藤慎一に2打席連続ホームランを打たれ、8回を終えて1-6と敗色濃厚だった。
しかし、東映は必死で食い下がる。9回、1点を返し、なおも2死一・二塁。ここで代打・末永吉幸がショートゴロに倒れゲームセット……と思いきや、東映・田宮謙次郎監督がベンチから飛び出し審判に猛抗議を始めた。
まだビデオ判定がない時代。ロッテ・濃人渉監督は「審判がアウトと言ったんだから試合終了だ!」と突っぱねることもできたはずなのに、そうしなかった。「まだ4点差なんだし、どうせ勝つからいいか」と思ったのだろう。ところが、これが裏目に出る。息を吹き返した東映は連続タイムリーで1点差に迫ると、ショートゴロ野選+捕手の悪送球でついに6-6の同点に追いついた。その裏、ロッテは無得点に終わり、試合はまさかの延長戦にもつれ込む。
10回、東映はこの回から登板したロッテ・佐藤元彦を攻め、2死満塁のチャンス。ここで打順が投手に回り、田宮監督が代打に送ったのが作道烝(さくどう・すすむ)だった。実はその時点で、野手が彼しか残っていなかったのだ。作道は10年間のプロ生活で、通算本塁打はわずか5本という選手。
ただ、この満塁弾はほんの“序章”に過ぎなかった。打順が上位に返ると、1番・大下剛史、2番・大橋穣が左翼席に連続でソロアーチを放ち、続く3番・張本も「俺で終わったらカッコがつかない」と、代わったロッテ・佐藤政夫から左翼席に一発。さらに前年44発を打って本塁打王に輝いた4番・大杉が「ああなったら狙いますよ。(チームが)ノッてるときですから」と同じく左翼席に叩き込み、こうして不滅の大記録「5者連続本塁打」は達成された。大杉はこの年も41発を放って、2年連続で本塁打王のタイトルを獲得している。
その裏、ロッテも江藤の3打席連続本塁打で反撃したが及ばず。両軍合わせて12本のアーチが乱れ飛ぶ空中戦の末、東映はついに連敗を止めた。ドン底の状態にあったチームが崖っ縁で「何くそ!」と意地を見せたことで空前絶後の快挙が生まれたのだから、まったく野球というスポーツは何が起こるかわからない。
なお東映はこの年5位に終わり、翌1972年も4位に沈むと、東映本社は球団を日拓ホームに売却。球団経営から手を引いた。
<チャッピー加藤>

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