最愛のパートナーを失った夫の中村雅俊(75)の悲しみは計り知れない。


 中村雅俊の妻で女優の五十嵐淳子さんが4月28日、急病のため死去したことが2日、発表された。

五十嵐さんは73歳だった。葬儀は近親者のみで執り行われたという。


 五十嵐さんは1952年、埼玉県生まれ。高校在学中からモデルを始め、70年、五十嵐じゅん名義で「日曜8時、笑っていただきます」(TBS系)でデビュー。その後、1977年2月「俺たちの勲章」での共演を機に交際が始まった中村と結婚。当時、すでに妊娠5カ月だった。


「今は“授かり婚”と言いますが、まあ、“デキちゃった婚”の走りで、当時には大いに話題となりました。中村は7月に長男が誕生した際、『確かに早すぎるといえば早いんですが…』としきりに汗を拭きながらも喜んでいたものです」(スポーツ紙芸能記者)


 後に中村は、五十嵐さんに一目惚れだったことを明かしているが、中村を一瞬にして虜にした五十嵐さんは、デビュー前、芸能人の卵やモデルが多数在籍していた銀座のクラブ「ミニクラブ徳大寺」で働いていた伝説的美女だったことが週刊誌によって暴かれたこともあった。


「当初、彼女は“清純派”のイメージで売っていたため、週刊誌にその一件が書かれた時は、一時、活動休止状態に陥りました。しかし、その後、五十嵐淳子に改名し、1975年、映画『阿寒に果つ』で主演するなど復活し、その後、すぐに中村と出会うことになるのです」(前同)


 結婚後は、長男に続き、3人の娘にも恵まれ、自身は、長年の夢だったいうフラワーショップをオープン。2004年には、「JAL銀婚旅行ベストカップル2004」に選ばれるなど、芸能界屈指の“おしどり夫婦”と呼ばれるようになっていった。


 しかし、仲良し夫婦にトラブルが降りかかる。

2009年、芸能人として活動していた長男の中村俊太が大麻所持の現行犯で逮捕。当時、中村は、「俳優を辞めてもらおうと思っています」と厳しい表情で語った。


 そんな長男は、現在はゴルフインストラクターとして活動中。三女・中村里砂も母譲りの美貌でモデルとして活動中だ。


 中村は、「俺の人生最大のラッキーは妻と出会ったことでした。その妻を亡くすことなど考えたことがなくて、今はその現実を受け止めることができません。これから少しずつ前を向いて生きて行こうと思っているので、今はただ静かに見守ってください。」とコメントしているが、紆余曲折を経て、半世紀に渡って連れ添った最愛のパートナーを突如失った中村の胸中は察するに余りある。


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