ロスアンジェルスにある日本人街「リトルトーキョー(小東京)」をご存じでしょうか。この街を舞台に、日系アメリカ人の歴史をこれまでにない視点から描いた『リトルトーキョーは語る』がこのたび刊行されました。
◆存続の危機にある歴史地区「小東京」の知られざる歴史
私が初めて当地を訪れたのは1997年の1月だった。当時は日本からの観光客の勢いが衰えはじめた頃で、留学生や企業駐在員が利用する店もどこか寂しい雰囲気があった。それでも、行き交う人が少ないJVP内のベンチで、日系人の高齢者の方々が語りあっていた風景に心が安らいだのを覚えている。その頃に比べれば現在の活況は喜ぶべきなのかもしれないが、この町に積み重なってきた歴史が見えにくくなっていることには危機感も覚える。私には、ミヤコ・ホテルの壁面に大きく描かれた大谷選手の像が、現代の消費文化が地域の歴史を上書きする象徴のように見える。壁画が完成した直後に、歴史保護団体がリトルトーキョーを「存続の危機にある歴史地区」の一つに挙げたのは、決して偶然ではないだろう。
本書は、いままでの自分の著作のなかでも、長い時間をかけて出版までたどりついた。久々にリトルトーキョーを訪れた日、その変貌を目の当たりにしながら、地域に積み重なった豊かな歴史にあらためて向きあいたいと考えた。最初の単著『「日系アメリカ人」の歴史社会学――エスニシティ、人種、ナショナリズム』(彩流社、2007年)をまとめて以降、20年にわたって進めてきたアメリカ日系人に関する自身の研究を再読し、未整理だった史料を検討し直し、新たに行った調査の成果を加え、あるエスニック・コミュニティの歴史として再編成した。そこで見えてきたのは、排日運動、強制収容から補償運動へ、という日系アメリカ史の「メインライン」と交わりながらも、そのそばを流れてきた人びとの歴史である。20世紀を通したアメリカ社会の変化のなかで、リトルトーキョーという場は、「ジャパニーズと呼ばれた」多様な人びとと「ジャパニーズではない」多様な人びとの接点であり続けてきた。コミュニティがもつ強靱さとは、均質性や自己完結性よりも、境界をすり抜ける柔軟なつながりと、異質な人びとを包みこむ懐の深さに認められるものではないか。
[書き手]南川文里(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)
【書誌情報】
リトルトーキョーは語る―凝集・越境・包摂の日系アメリカ史―著者:南川 文里
出版社:名古屋大学出版会
装丁:単行本(328ページ)
発売日:2025-11-11
ISBN-10:4815812152
ISBN-13:978-4815812157