『修羅場の王 企業の死と再生を司る「倒産弁護士」142日の記録』(ダイヤモンド社)著者:大西 康之Amazon |honto |その他の書店

◆負債2兆3200億円、再生へのドキュメント
書名の「修羅場」とは会社の倒産現場。会社側はできる限り財産を少なく装い、貸主は一銭でも多く回収しようとして、利己心が剥(む)き出しになる。
「王」とは破産が裁判所に申請された際、任命を受けて財産の管理処分を差配する「破産管財人」のこと。会社更生法の「更生管財人」であれば、会社の再生計画を立案し、遂行する権限をも併せ持つ。

そうした管財の達人が、弁護士の瀬戸英雄だ。債権者・債務者を含むすべてのステークホルダーに粘り強く納得を求め、「法的整理の鬼」の渾名(あだな)を持つ。本書は日本航空(JAL)が空前絶後の2兆3200億円超の債務を負い2010年1月19日に会社更生法を申請するまで、民主党政権誕生時から142日間の瀬戸を追うドキュメンタリーである。

2年8カ月後、JALは再上場を果たし、3000億円が国庫に戻った。この「奇跡」は会長を務めた稲盛和夫(京セラ、KDDI創業者)の最後の業績と讃(たた)えられる。ところが当の稲盛は、「わしがやったのは仕上げや。面倒な実務は、わしが行く前に終わっとった」と語った。その面倒な実務をなし遂げたのが、国からの依頼で「企業再生支援委員会」委員長となり管財に当たった瀬戸だった。3メガバンクと財務省、私的整理(債権者・債務者の話し合い)の潮流から激烈な抵抗を受けつつも、法的整理を貫き、銀行の債権放棄と政府の公的資金注入、会社更生法の適用申請を実現した。2500億円の債権放棄、1800億円のつなぎ融資、3000億円の出資がその成果だった。


本書からは、国策会社だったJALの再生がいかに困難だったかが伝わる。路線、機材、人材の「3つの過剰」を解消しようにも、路線を減らせば政治家が怒鳴り込み、人材削減には労組が反対の狼煙(のろし)を上げ、機材を減らせば米国からの輸入が減ると官僚が口出しする。JALは「面倒な人たち」が蠢(うごめ)く伏魔殿であった。そのうえ退職者への年金の積み立て不足が簿外債務となっていた。対象となる9700人から、年金3割カットの合意を得なければならない。

会社更生法の最大の難点は、申請後、更生計画がまとまるまでの約半年間、取引先との掛け売りに対する弁済が原則として禁じられることだ。申請以前に使ったジェット燃料や空港使用料を支払えないなら、申請後は給油や離着陸を拒否され、業務を継続できない。キャッシュが毎月200億円流失し、いつ資金ショートが起きても不思議がないなかで、例外的に弁済が認められるのか模索が続く。時間との闘いを描く著者の筆は冴(さ)え渡り、年表や人名のまとめもあって、ページを繰る手が止まらなくなる。見直したのが当時国交副大臣だった辻元清美。民主党の大勢はJALの破綻を自民党支配の負の遺産とみなし尻拭いに冷淡だったが、2万社の下請けが血の海に沈むのを見過ごせず、法的整理に奔走している。

本書に鳴り響くのが「失敗したらケジメつけてやり直すのが健全な資本主義」というメッセージだ。
2023年、アメリカでは642社が大型倒産、日本では上場企業1社に止(とど)まる。個別には猛烈に生まれて猛烈に死に、全体では成長するのが資本主義の本質だ。倒産を先送りする上場企業の悲観主義が、再生と成長を妨げている。

【書き手】
松原 隆一郎
1956年兵庫県神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。 東京大学大学院総合文化研究科教授を経て、2018年4月より放送大学教授、東京大学名誉教授。武道家としても知られる。著書に『ケインズとハイエク』『日本経済論』『分断された経済』『経済学の名著30』『消費資本主義のゆくえ』『失われた景観』『武道を生きる』『経済政策―不確実性に取り組む』『森山威男 スイングの核心』など。

【初出メディア】
毎日新聞 2025年11月22日

【書誌情報】
修羅場の王 企業の死と再生を司る「倒産弁護士」142日の記録著者:大西 康之
出版社:ダイヤモンド社
装丁:単行本(ソフトカバー)(416ページ)
発売日:2025-10-08
ISBN-10:4478115761
ISBN-13:978-4478115763
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