◆圧政と内戦に追い回された人々
2024年12月、シリアのアサド政権が崩壊した。長く続いた内戦で、国民の4人に1人が難民になった。
簡潔な書名だが、そこには複数の意味が読み取れる。登山家からドキュメンタリー写真家に転じた著者は、取材で知り合ったシリア人男性と恋に落ち、2013年に結婚した。シリア人と家族になったのだ。夫は16人兄弟姉妹の末っ子。シリアで半遊牧民的な生活を送ってきた夫の家族は70人近い大所帯だった。
1970年に軍事クーデターで権力を握ったアサドは、民主化を求める声を徹底的に弾圧した。少しでも政治に不満を持っていると疑われれば秘密警察に連行された。人びとの間では密告が横行し、愚痴ひとつこぼせなかった。誰も信じられない社会のなかで、唯一頼りにできるのは家族だ。
実際、夫の兄(六男)は民主化運動に身を投じていたが、幼い我が子をひと目見るためひそかに実家に戻ったところを秘密警察に捕まった。
夫の家族の内側についても細かく描かれている。男性の世界と女性の世界がはっきり分かれている。ベドウィン(遊牧民)の文化とイスラム教スンナ派の影響が強く残っているのだ。家族であり外国人でもある著者だからこそ、両方の世界を見ることができた。
著者の夫は政府軍に徴兵されたが脱走して難民となった。日本で暮らし、子供も2人いるのに、「アラブの男にとって、家事や育児を積極的に引き受けることは文化的に恥ずかしいことだ」と公言してはばからない。心と時間のゆとりを大切にして、月に10万円以上は働かないことにしているのだという。そのしわ寄せは著者にいく。これもシリアの家族か。
その夫が第二夫人を娶(めと)りたいと言い出したので一騒動が持ち上がる。
大きな山場がふたつある。夫の家族は内戦を逃れて避難生活を送っているのだが、実家があった中部の都市、パルミラを著者は単身、訪れる。美しかったオアシス都市が無残な姿になっているだけではない。著者は秘密警察につきまとわれ、軟禁状態に置かれてしまう。
ふたつめはアサド政権崩壊直後のシリア再訪。
これからシリアの人びとはどうなるのだろう。アサド政権や秘密警察に協力した人びとは、今度は追われる身となった。彼らにも家族がいる。
【書き手】
永江 朗
フリーライター。1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍中。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年1月10日
【書誌情報】
シリアの家族著者:小松 由佳
出版社:集英社
装丁:単行本(328ページ)
発売日:2025-11-26
ISBN-10:4087817733
ISBN-13:978-4087817737