◆人を常時見つめる世界
生物学者のライアル・ワトソンは、一九七六年に発表した『未知の贈りもの』で、衝撃的な体験を報告している。インドネシアのヌス・タリアンの海で、彼の乗った小舟は、巨大な光の輪に取り囲まれる。
港千尋の秀作『写真論』は、視覚をめぐる関係性の変動が、現実を揺るがしていると告げている。デジタル・カメラの出荷数が激減するのと反比例するように、スマートフォンなどで撮られる写真の数は、飛躍的に増大した。さらに街頭の監視カメラのように、常時接続されている映像が世界を見つめている。さらには、人間が撮る写真は、人間の営みを記録する映像によって乗り越えられつつある。港は「写真圏」が地球を覆っていると考える。
本書は二百年の写真の歴史を、メディアの劇的な変化を踏まえて、更新しようとする。距離、他者、歴史の視点によって、現在から過去へさかのぼり再構築していく。
注目すべきは、アフリカ系アメリカ人撮影の写真群の歴史である。ゴードン・パークスの「アメリカン・ゴシック、合衆国政府のために掃除婦として働くエラ・ワトソン、ワシントンDC」(一九四二年)は、今も緊迫力を失わない。写真の奥から見つめ返す黒人の視線が、鑑賞者を揺さぶり、覚醒させる。誠実な写真の力を明らかにしていた。
【書き手】
長谷部 浩
1956 年生まれ。慶應義塾大学卒。演劇評論家、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで幅広く評論活動を展開。
【初出メディア】
東京新聞 2022年3月26日/中日新聞 2022年3月27日
【書誌情報】
写真論――距離・他者・歴史著者:港 千尋
出版社:中央公論新社
装丁:単行本(282ページ)
発売日:2022-01-07
ISBN-10:4121101235
ISBN-13:978-4121101235