◆秘蔵するための営為
映画『オーシャンズ11』を例にとるまでもなく、スマートで機智(きち)に富んだ盗賊は、人を惹(ひ)きつける。本書は実在するカップルが、美術品をかすめていく様子を、細部まで活写したノンフィクションである。
スイスのアーミーナイフ1本で、監視員や防犯カメラの目をかいくぐる爽快さ。主犯のステファヌ・ブライトヴィーザーの目的は、盗品を売りさばき、金銭を得るところにはない。肉親にも出入りを禁じた屋根裏部屋の自室をプライベートな美術館として、自らの審美眼にかなったコレクションを続けるところにあった。彼の強迫観念は、窃盗ではなく、蒐集(しゅうしゅう)にあるというのである。
大英博物館をはじめ植民地をかつて持った国の所蔵品には、少なからず略奪品が含まれている。かつては国家が行えば犯罪ではなかった。個人ならば…と問いを投げかける。
かくして、私たちは稀代(きだい)の盗賊の生涯を賭けた営為を、悪徳と知りつつ愉悦を感じてしまうのだった。
【書き手】
長谷部 浩
1956 年生まれ。慶應義塾大学卒。演劇評論家、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで幅広く評論活動を展開。
【初出メディア】
東京新聞 2023年11月12日
【書誌情報】
美術泥棒著者:マイケル・フィンケル
翻訳:古屋 美登里
出版社:亜紀書房
装丁:単行本(ソフトカバー)(304ページ)
発売日:2023-09-29
ISBN-10:4750518166
ISBN-13:978-4750518169