『シン・モディリアーニ』(青土社)著者:岡田温司Amazon |honto |その他の書店
黒く塗りつぶされた両目に細長く傾げた首、静寂かつダイナミックな構図で描かれた肖像画でその名を知られる画家アメデオ・モディリアーニ。没後100年以上を経た今もなお、観る者を惹きつけてやまないその魅力の源泉はどこにあるのでしょうか。
このたび刊行される『シン・モディリアーニ』では、博覧強記の美術史家・岡田温司さんがその核心に鋭く迫ります。本記事では刊行に先立ち、冒頭「はじめに」を特別に公開いたします。


皆さんすでにお察しのように、この本のタイトルはさるヒット映画のタイトルから拝借されたものである。その「シン」には、「新」や「真」、「神」や「心」、さらに「進」や「深」などきわめて多義的な意味が込められているようだが、この拙著にそこまでの含蓄があると自負するつもりは毛頭ない。とはいえ、五つの切り口を組み合わせることで、これまでとは少し異なる画家像とその芸術に迫ることができたのではないかと思う。

第1章の「ムード」では、主に「気分」という観点から画家の肖像画の特異性や人気の秘密を探ろうと試みている。人間の実存——「現存在(ダーザイン)」——の根源的なあり方を、理性や意志にではなくて「気分」に求めたのは、二〇世紀を代表するドイツの哲学者マルティン・ハイデガー(一八八九—一九七六)であったが、アメデオ・モディリアーニ(一八八四—一九二〇)はそれより一〇年以上も前に、そのことを文字どおり肌で直感していて、数々の肖像画のなかで表現したのではないだろうか。その作品が一世紀以上を経たこんにちもなお色あせることがないどころか、ますますわたしたちに訴えかけてくるとしたら、その理由はまさにそこにあるのではないだろうか。

第2章の「ヌード」では、そのスキャンダルが神話ともなってきた画家の裸婦像の数々を、アカデミックなヌードはもちろんとして、マネに象徴されるようなモダニズムのヌードとも異なる、もうひとつ別の系譜として跡づけていく。ここで親和性をもつのは、トゥールーズ゠ロートレック(一八六四—一九〇一)の隠れた裸婦像や、シュザンヌ・ヴァラドン(一八六五—一九三八)らこれまで美術史の表舞台から葬られてきた女性画家たちの裸婦像である。モディリアーニの裸婦像は、もっぱら見られる対象として受け身の地位に甘んじているのではなくて、みずからその剝き出しの存在をあるがままに主張しているのだ。

第3章「ボヘミアン」は、すでに人口に膾炙した観点であるとはいえ、これまで少なくとも日本では論じられることのほとんどなかった、「レザパッシュ(アパッチたち)」や「リラとパレット」といった、(第一次世界大戦前後の)社会のはみ出し者たちの芸術サークルや活動に焦点を当てることで、そのなかにわたしたちの画家の活動を位置づけていく。
ここから浮かび上がってくるのは、抑圧的な現実のなかで芸術が果たしうるささやかな抵抗の潜勢力である。女性のアーティストやギャラリストもそこに欠かすことはできない。

第4章「モード」で提起されるのは、モディリアーニの芸術が、時代のモードあるいはファッションをむしろ先取りするという側面があったのではないか、あるいは少なくとも互いに刺激しあっていたのではないかという、やや大胆な仮説である。彼の制作時期は、近代的ファッションの誕生期ともほぼ重なり、たとえばその立役者のひとりココ・シャネル(一八八三—一九七一)は、クチュリエとしてそのキャリアをスタートさせる前、モデルとして歌手として、モンマルトルやモンパルナスの画家たちとも交流があった。固定されたジェンダーの枠組みを揺さぶり乗り越えようとするモードの新たな試みもここから生まれてくる。

最後に、第5章「フェイク」では、ここのところ日本でもマスコミ等を騒がせている「贋作」という視点からモディリアーニにアプローチしていく。しばしば早描き(数時間で仕上げたタブローもあるといわれる)で、来歴も不確かなものが多い彼の作品は、その死後にわかに脚光を浴びて市場価値が上がったことも手伝って、贋作のいわば温床となってきた。ドローイング類に至っては、モンパルナスのカフェで鉛筆をとってはばらまくこともあったとされるから、推して知るべしである。このことを象徴しているのが、複数——少なくとも四種——のカタログ・レゾネ(総作品目録)の存在で、それらのいずれもがみずからの正当性を主張している。どうしてこんな事態になったのか。モディリアーニの絵画を語るうえで、贋作を隠蔽したり排除したりすることはできない(というより、美術史そのものがまた贋作の歴史とも重なっているとさえいえるのだ)。

以上の五つの切り口によって、皆さんに、なにがしかの「シン」を感じ取っていただけるなら、著者冥利に尽きるところである。



[書き手]
岡田温司(おかだ あつし)

【書誌情報】
シン・モディリアーニ著者:岡田温司
出版社:青土社
装丁:単行本(208ページ)
発売日:2026-03-25
ISBN-10:4791777751
ISBN-13:978-4791777754
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