子どもの頃から、本が好きだという自覚はある。だが、ずいぶん長い間近くで働いているうちに、その気持ちはもはや喉が渇いたら水を飲むのと同じくらい当たり前のことになっていて、今は意識することすらあまりなくなっている。
主人公のまふみは図書館司書である。といっても、希望してそうなったわけではない。大学を卒業してから5年間、非常勤の派遣司書としてあちこちの図書館で働きながら、司法書士を目指して勉強をしてきた。ある出来事をきっかけにその目標を断念することに決めたのだが、気持ちは全く切り替えられておらず、親にもそのことを打ち明けられずにいる。偶然にも母校の小学校図書館への派遣が決まるのだが、実家に住みたくないまふみは、懐かしい釣り堀のそばにある古びたアパートに住むことに決める。隣には大家さんの家がある。2階は住居、1階は『ルリユール工房』という名の製本工房である。
まずは、描かれる工房の光景にうっとりしてしまった。生まれたばかりの紙の匂い、重々しい金属の装置、無造作に置かれている使い込まれた道具たち、棚に並んださまざまな紙、布、糸、そして革......。この工房では、人々が持ち込んできた思い入れのある本を針と糸で仕立て直したり、革装の上製本を製作したりしているのだという。大家で製本職人の瀧子親方も魅力的な人物だ。
工房内にあるたくさんの美しい本の中で、特にまふみの心を捉えたのはスミレの香りがする函入りの本だ。それを作ったのは親方ではなく、高校を中退して以来10年以上家から出ることなく製本をしているという孫の由良子である。人前にはほとんど出てこようとしない由良子だが、休みの日を工房で過ごすようになったまふみの前に、ある日姿を現す。スミレのピンバッヂをまふみに手渡し、工房に来るときには必ずつけてきてほしいという。その不思議な頼みには、由良子のある秘密が関係しているのだが......。
工房で開かれる製本教室に集う人々や、図書室にやってくる子どもたちとの交流、そして、由良子や瀧子親方とともに工房で過ごす時間は、夢を諦めて先が見えなくなっていたまふみの日常に、光をもたらしてくれる。そして、同じ本はたくさんあるけれど、読む人がそれに寄せる思いは一つ一つ違っていて、唯一無二のものであるということの尊さを、改めて教えてくれた。
読み終わると、さまざまな製本技術への興味と、思い出深い本に対する愛しさで、胸がいっぱいになっていた。
(高頭佐和子)