カラオケボックスを舞台にした連作小説集である。主人公となるのは、そこにやってくる客と働いている従業員たちだ。
一話目の主人公・池田さんは、小さなスーパーマーケットでアルバイトをしている。東北の小さな町から上京して東京の大学に進学したが、最初の親睦会から雰囲気に馴染めなかった。卒業後はどうにか小さな会社に就職したが、ほどなく辞めてしまった。きっかけはどちらも「カラオケのイメージ映像に出ていそうな女」と言われたことだ。決して意地悪な感じで言われたわけではないのだが「ださいし、何者にもなれない」と指摘されたような気がして、自分を追い詰めてしまったのだ。元々はひとりカラオケ好きだったのに、そんなこんなでカラオケ恐怖症になってしまった。
そんなの気にしすぎだよ。ださくたって別にいいじゃん。
100%のオレンジジュースを水道水で薄めながら「東京は水がおいしくないでしょう」と言うお母さん。「どうして東京にいるの?」と悪意なく質問してくる会社の先輩。ひとりカラオケでかけた「東京」の歌。昭一さんが選ぶ愛・勇気・夢などポジティブワードがたっぷり入った歌のモニター映像を見ているうちに、さまざまな負の記憶が呼び起こされてくる。妄想と現実が混ざり合った脳内世界の描写がすばらしくて、切ない。苦しくなって部屋を出た池田さんは、溢れ出る感情のままにおかしな行動をしてしまう。
人は、例えば悲しい時に「悲しい!」とストレートに言ったりするかというとそういうわけではない。泣くというわかりやすい表現をするとも限らない。感情につきまとっているいろいろな記憶や経験は、はたから見たら意味不明な言動を引き起こして、人々を困惑させたり誤解を招いたりすることもある。
次々に登場する冴えない人たちに、人生が大きく変わる奇跡みたいなものは訪れない。だけど、しょっぱいことが次々起こる人生だって、捨てたもんじゃないなあと素直に思える小さな出来事や、誰かのひとことが最後に待っている。
特に二話目の「加賀はとっても頭がいい」がいい。近年読んだ失恋小説の中で一番好きだ。筋肉少女帯ファンの皆様にも、ぜひ読んでいただきたい一篇である。
(高頭佐和子)