女流作家。
その言葉を初めて聞いた時のことを覚えている。
女性で初めて「夏目賞」の選考委員となり、若い才能を見つけ出すことに尽力してきた河合理智子。同じく女性初の「夏目賞」選考委員で、周囲を翻弄する性格の高柳るり子。華やかな人柄と波瀾万丈の人生で、世間の注目を集めてきた森羅万里。強い個性を持った三人の女流作家の人生が、それぞれの葬式から始まる三つの章で描かれていく。同年代で親しく付き合ってきたように見える彼女たちだが、その関係は一筋縄ではいかないものだった。作家、編集者、秘書、親族などさまざまな立場の人々(こちらもすごい迫力)が、自分の目に映っていた彼女たちのことを回想し、思い出を語り合う。
山田詠美氏の作品にはいつもハッと目が覚めるような言葉がいくつも出てくるのだけれど、この小説にも冒頭から鋭く刺さる言葉が次々に登場する。まずは「作家とは嘘八百を文字にして生きる糧を得ている人種」という言葉にビクッとした。そう、今私が読んでいるのはフィクションだ。実在する作家名も出てくるのだけれど、物語の中心にいる一癖も二癖もある三人の女流作家も彼女たちを語る人々も、皆この世に存在しない。嘘の人々のはずなのに、笑ったり眉を顰めたりする表情の変化や、原稿用紙に向かう凛とした背中が目の前に現れてくるようだ。尊敬と嫉妬が入り混じった関係。ライバルや後進に対する愛情や牽制。強靭な精神力と自尊心。子供染みた振る舞い。文学に対する強い思い。その全てはフィクションであっても、著者が見てきた真実が入っているのだろう。
作家たちが身を削って生み出した「嘘八百」に支えられて、今まで生きてきた。「女流」という呼ばれ方を当たり前のように背負って書き続けてきた作家たちの小説を読んでこられたこと、遺されたものをこれからも読めるのだということを、改めて幸福に思う。
(高頭佐和子)